「合理的ヤンキー」の勃興

実際のところ、アルヴェルの流行は日本人のオラつき願望を映し出しているのだろうか。少し掘り下げて考察してみたい。

ヤンキー的な価値観とは何か

SUV人気が各メディアによって報じられているけれども、やはり全体として売上台数が多いのはN-BOXやスペーシアといった「スーパーハイト系」の軽自動車、あるいはアルヴェル、ノアボクといったミニバンであり、総じて「背が高い箱形の車」が売れている。要するに利便性に全振りした車たちが売れているわけである。

「便利な車が売れるなんて当たり前じゃないか」と思われるかもしれないが、利便性と売上とが直結するようになったのは比較的最近の話である。車の積載能力を高めるために、もっともスペース効率がいいのは箱形のデザインであるが、かつてそれらは「ヤンキー御用達」のイメージがあった。

もちろん、1996年のステップワゴン発売を皮切りに、箱形ミニバンというジャンルは早くから一般に定着していたと言っていい。しかし一方で、箱形のデザインによって広い車内空間を実現した「S-MX」や「bB」などはヤンキー層の人気を博し、あるいは軽でありながら圧倒的な積載能力を誇る「エブリィ」や「アトレー」といった車種は、商用車イメージもあってか一般層を引きつけることができなかった。要するに、「便利な箱形=売れる」という構図は絶対的なものではなかったわけである。

便利さの追求=下品という価値観

根底にあったのは、「あからさまに便利さを追求している車は下品である」という価値観だったように思う。ステータス性、走行性能、デザインと、車を選ぶ観点が複数存在するなかで、ただ「便利だから」という理由で箱形の車を選ぶのは「品がない」というわけである。

この点で、箱形の車とヤンキーの親和性が理解できるだろう。すなわち、ヤンキーとは「常識や世間のことなど関係なく我を通す人達」であり、要するに「欲望に正直な人達」である。そういう意味で、プライベート空間を拡張し、そのなかでさまざまな欲望充足活動に励むことができる箱形の自動車は、これ以上なく魅力的に映るわけである。

そのようなヤンキー的嗜好をもつ人々の間に、衝撃を走らせたのが1998年における「エルグランド」のデビューだった。三列シート車のなかでもとりわけ広い室内空間と、威圧的な面構えは、公道に堂々とパーソナルスペースを展開したいヤンキー達にとって願ってもないものだった。

時代の流れを変えたのは「軽のカスタムグレード」

エルグランドは1999年に5万台の売上を達成するが、まだこの当時は「箱形の車でオラつく人達」は一部のヤンキー層のみだった。

ミニバンカテゴリーの売上を見ても、走行性能に優れる「オデッセイ」や、流麗なデザインを特徴とする「エスティマ」など、利便性以外の部分を重視したモデルが売れていた時代だ。(2000年にはオデッセイ・エスティマの売り上げは双方とも12万台を超えている。2020年のアルヴェル合算台数より多い)

さまざまな車種で「オラつき傾向」が強くなっていったのは、2010年代からであるように思う。2008年以降のヴェルファイアのヒットもそうだけれども、流れを決定づけたのは2012年のN-BOXカスタムや2014年のタントカスタムなど、スーパーハイト系の「カスタムグレード」が爆発的にヒットしたことだ。

軽規格のなかで最大限室内空間を確保しようと思えば、必然的にボディ形状は決まってくる。デザイン面での差別化が難しい中で、軽メーカー各社が打ち出したのが「カスタムグレード」による個性の演出である。個性といっても、ボディ形状が変わらないのだから、必然的にメッキ加飾やヘッドライトの形状などで豪華さを打ち出していくしかない。

軽のかわいらしさがなくなって、むしろチープな感じがするのでぼくはカスタムグレードはあまり好みではないのだけれど、N-BOX、タント、スペーシアと、カスタムグレードはことごとくヒットする。装備面でも通常モデルより豪華だから、快適性を重視すればおのずとカスタムを選ぶしかないのである。(ちなみにぼくもスペーシアカスタムに乗っていた。デザインは普通のスペーシアの方が好きだったけれども、ターボがついていなかったのだ)

そのようにして、2010年代の中頃から街には「オラついた顔の軽自動車」が溢れはじめる。「ちょっとギラギラしすぎじゃね?」みたいな声も当然あったが、売れているのだから仕方ない。このオラつきの傾向は、とくに「ボディ形状での差別化が難しいジャンル」、すなわち箱形のミニバンにも波及していくことになる。アルヴェル以外にも、ヴォクシーやエスクァイア、ステップワゴン・スパーダなど、一様にオラつき具合を強めていくのである。

基本的に「オラオラ顔」は豪華さを演出しようとしているものであり、プラットフォームを同じくしている車種の間で比べれば、「オラつきグレード」は装備面でも充実する傾向にある。このようにして、「オラついた箱形の車=売れる」という近年の構図が成立したわけである。

なぜ箱形の車が売れるようになったのか

箱形の車が売れるようになったのも、技術面での進歩が大きい。背の高い車は当然、横方向の入力に弱く、安定性や乗り心地の面で不利になる。「ミニバンの三列目は酔っ払う」「背の高い軽は高速の横風で揺られまくる」というのがかつてのイメージであり、実際それは否定できないデメリットだった。

2010年ごろから、これらの弱点は顕著に改善されていく。先のN-BOXやタントなどは、もはや普通車のコンパクトカーと遜色ない乗り心地を手に入れた。別に峠を攻めたりしなければ、背の高い車でもとくに不都合を感じないレベルに達したのである。

そうなると、やはりスペース効率のいい車は魅力である。正直なところ、アルヴェルの二列目に座って「あぁこれ最強やん、セダンとか雑魚やん」という思いを微塵も抱かない人はいないだろう。N-BOXの後席も、普通車の大抵の車を凌駕する広さである。「あぁもうこれでええやん」となるわけである。

一般人の「オラつきたい欲望」は増しているのか

さて、ここまで述べてきた内容は、「軽自動車やミニバンの構造的条件からして、差別化のためにはオラつかざるをえなかった」という話であり、「オラついている車の方が便利で豪華だからそっち選ぶよね」という選択の合理性をめぐる話であった。それゆえに、ここまでの話からは「一般人のオラつき願望が増している」という結論は導きえない。

実際のところ、オラついた車が継続的にヒットしているなかで、人々のオラつき願望は増しているのだろうか。おそらくそうなのだろうと思う。

先に私は、ヤンキーを「自分の欲望に正直な人達」と表現した。我を通すにあたって、世間のことなど顧みないということである。「パーソナルスペースをあからさまに広げようとする態度」が、かつては下品なものとして敬遠されていた。

ところが技術の向上により、箱形の車の走行性能が向上するにつれ、「パーソナルスペースを広げられる車」は「もっとも合理的な選択肢」となった。リセールバリューを考えれば、経済面での合理性も兼ね備えている。(ちなみに私は先のスペーシアカスタムを150万で買い、1年後140万で売った。箱形の車は総じてリセールが高いのである)

ここにいたって、「一般人の感覚」と「ヤンキーの感覚」が不思議な形で符合する。すなわち、合理性を追求した際の最適解と、欲望を追求した際の最適解が重なるわけである。

つまるところ、箱形の車の性能向上は、一般人が「欲望に正直になる」ことを合理的に正当化したのだ。実際に走らせてみても、違いなんてわからないのだから、車内が広い方を選ぶ。ごくごく当然の帰結である。

根拠のあるオラつき

それでもやはり、箱形のデザインが商用バンを思い起こさせることや、操作感の乏しさなどを引き合いに、「アルヴェル=ダサい」論を展開する人々も少なからず存在する。私もアルヴェルを格好いいと思ったことは一度もない。

けれども、アルヴェル乗りにとってそんなことは些末な問題である。何しろアルヴェルを選ぶことは、日本の道を快適に走るうえで、今やもっとも合理的な最適解なのだから。

アルヴェル乗りにオラついている傾向が見られるのだとしたら、まさしくこの「合理性」という武器を手にしたことによるのだろう。さまざまな価値観が交錯するなか、それはもっとも信頼に足る根拠になる。

「これが一番合理的なのだから、一番いい車に決まってる」

その考えは、あらゆる車種に対するアルヴェルの優位性だけでなく、あらゆる価値観に対する自身の価値観の優位性を保証するだろう。「一番いい車に乗っている自分は……」となるまでは、ほんの一歩である。

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