「ネガティヴィテート」第3話

ヴェルがいたのは、最初にハルが連れてこられたのと同じ白い部屋。
「アオとミドリは戻ってて」
「せちがらいなぁ」
「よるべないなぁ」
ハヤトの言葉に、とぼとぼ二人は戻っていった。

ノックをしてハヤトが部屋に入り、ハルもそれに続く。
ハルを見るなり、ヴェルの顔が引きつり、身構える。そのリアクションにハルは少しショックを受けつつ、生きていてよかったと安堵を感じるのでもあった。
「……私、なんで生きてるの?」
「外部の人間には言えない。ただ、君の存在は一度間違いなく消えている。あとは想像に任せる」
「生き返らせて、寝返らせようってこと? そんな軽くないんだけどなぁ」
「いや、君はもうネガじゃなくなっているし、協力してもらうつもりはない」
ヴェルが手のひらをパッと開くが、そこには何も起こらない。
「そういうわけで、君は自由だ」
「はぁ? ふざけないで。情けをかけてるつもり? さすがに殺すのは忍びないって? 力を奪っておいて、何が自由よ」
戦闘中の余裕綽々といった表情が嘘のように、ヴェルは必死の形相でハヤトを責めた。
「ごめん、俺のせいで」
ハルが割って入る。誰に対して、何を謝っているのか、自分でもよくわからない。
「あぁもう、気持ち悪いなぁ。自分をワルモノにしたくないヤツはこれだからさぁ」
ヴェルがまた、ハルに軽蔑の目を向ける。
ハヤトがため息をついて、何かを決めたように手を叩いた。
「いいや、もう面倒だ。君は死んだけど、こちら側の手違い……まぁ、ネガの暴走みたいなものだ。それで蘇った。こっちとしても想定外なわけ。んで、君の今後だけど、やっぱり監禁させてもらうよ。蘇生のネガが相手にバレると厄介だし、ネガを失った君が処分されるのも後味悪いしね」
「強引すぎるでしょ……そんなんじゃさすがに、誰も相手してくれないよ?」
ヴェルが以前の調子を取り戻す。
「とくに君の行動は制限しないよ。欲しいものや行きたい場所を言ってくれれば、できるだけ応じよう。離れていても、いまや君の存在を消すくらいわけないからね」
「涼しい顔して、結構サイコじゃん。嫌いじゃないな。私を撃った方は、生理的に無理だけど」
一度殺した相手とはいえ、一方的に拒絶されると、それなりにショックを受けるものだった。

「そういうわけで、ヴェルさんを監禁しまーす。ぶっちゃけよわよわで危害はないだろうから、情報漏洩にだけ気をつけよう!」
ハル、レン、アオとミドリを集め、ハヤトは高らかに宣言する。
「テンションどうしちゃったんだよ」と呟くハルに、レンが「アオとミドリの尻拭いでしょっちゅうおかしくなんだよ」と答える。
「つーか、テレパシーみたいなネガってないの? 敵にいたら、情報筒抜けじゃん」
「はい、ナイス質問! とてもネガに目覚めたばかりとは思えません! 愛してる!」
「オッサンそろそろキチィぞ」
珍しくレンの言葉が刺さったのか、ハヤトは固まり、咳払いをして姿勢を正す。
「えっとね、テレパシーみたいなネガはあります。でも、ぼくのシュピールラウムでもう対策しているので大丈夫です」
「わからん」
「えっとね、任意の対象の感情と思考を読み取る装置を仕掛けました。こちらに害のある動きをすればわかります」
「都合のいい能力だな」
「そうでもないんだって。いい機会だし、互いのネガについて知っておこうか。ぼくのシュピールラウムは、①論理的に実現可能なモノ、②現実に存在しないモノ、この条件を満たすモノを生成できる力です。
基本的に、一度生成したものは二度と作れません。ただ、任意の8つだけは、レギュラースキルとして繰り返し使うことができます。この前の空間移動や、今回の精神把握もそうだね」
「強力な兵器を無闇に出せばいいわけでもないんだな。意外とその場の対応力が必要なのか」
「そうだね、欲しいモノがイメージできても、それが現実にあったら生成できないし。イメージを言語化できなくても出てこない。言葉を声に出さなきゃいけないし、とっさに使えない力なのよ」
「私のネガは鎖鎌。刈らねばならない命、縛っておかねばならない存在がこの世に多すぎるからな。いわば私は死神」
「で、問題なのはハルくんの力だね。この前は、相手の力を吸収して、エネルギー弾として放出していた」
「オイ」
「ネガっていうのは、もともと本人が抱えていた憤りや不満、欲求なんかが反映していることが多いんだ。攻撃を跳ね返すっていうと、復讐心が思い浮かぶけど……覚醒するとき、なにか強く思っていたことはない?」
意識が途絶える前、浮かんでいたユナの「世界を否定したらダメ」という言葉。自分は励ましてくれたユナに対して、感謝を伝えたいと思った。
「借りを返さなきゃ、みたいな」
「そうなると、やっぱりカウンター系の能力っぽいね。あと、完全に変身する前、飛んできた礫をオレンジの光が打ち消していた。あれは意識してやったのかい?」
「いや、単純に『危ねぇ』と思って……」
ハルの死角から、レンが鎖を投げつける。橙の光が正面からぶつかり、鎖は勢いを殺されその場にぼとりと落ちた。
「なにすんだよ」
「オートで迎撃かよ。ヘタレカスにゃもってこいだな」
「つまり、ハルのネガは今のところ①オート迎撃、②攻撃の吸収と反射、ってことになりそうだね。覚醒時の心情からして、自発的な攻撃能力はないのかもしれない」
「チキンハートが。せいぜい私の後ろで震えてればいい」
「実際、レンの力は助かるよ。ぼくもハルも、前衛には向かない力だからね」
「ヘソに沸いた茶流し込むぞ」
「最後に、アオとミドリ……いや、それはまた今度にしようかな。ちょっと気になることがあってね、出かけてくるよ」

夜中、廊下でヴェルとすれ違う。目を伏せやり過ごそうとするハルに、ヴェルが声をかけた。
「ちょっと。私に言うこと、ない?」
「言うことって……」
「自分を殺したヤツと、同じ屋根の下で過ごすの、結構シンドイんだけどなぁ」
実際、ヴェルの目は少し怯えているように見えて、クラスメイトから向けられていた視線を思い出す。
「俺は何もしないよ。でも、君の前から消えることもできない」
「私にただ耐えろってこと? 冷たいなぁ」
「知らないよ、先に他人に危害を加えたのは、そっちだろ」
「ネガのくせに、なんで正義ヅラすんの? ほんとはこの世界が嫌で仕方ないんでしょ?」
「それは……不満はあるけど、壊そうだなんて思わない」
「イライラするなぁ。あんなに強いネガもらっといて……そうだ。今ここで、私を殺してよ。もう生きる意味もないしさ。もしまたネガを手にしたら、世界を滅ぼそうとするよ? 正義の味方でしょ? 危険因子は排除してよ」
「なんで俺に頼むんだよ」
「お前がムカつくからだよ!」
「ごめん、俺は君にそんな興味持てない」
「ふ、ふざけんな!」
激昂して殴りかかろうとするヴェルが、突然動きを止めた。四肢に絡みつく触手。
「お前は……」
ハルがイソギンチャクを認知した瞬間、ヴェルの体がドロリと溶けて、液状になって床に広がる。
「なんだよ、これ」
「彼女はクソの役にも立ちませんでしたが、最後に正しいことを言ってくれました。危険因子は排除しなければいけません。ねぇ」
その男が視線を向けた先に立っていたのは――見紛うはずもない、ユナだった。
「ユナ、無事だったのか⁉ なんでそいつと一緒にいるんだよ!」
ユナは冷たい目をしたまま答えない。
「君の同胞たちは、順調に育っていますよ。今のも、彼女のネガです。素晴らしいでしょう?」
ユナがヴェルを殺した?
「なんだよ、そんな冗談、面白くねぇよ……」
背後から轟音と、金属の擦れる音。顔の脇をレンの鎖が過る。
「突っ立ってんじゃねぇ、敵だろうが」
「待ってくれ!」
ハルが案じるまでもなく、ユナの目の前で、鎖はジュッと音を立てて溶けていった。
「まぁそう逸らないで。こちらにも準備というものがありますから。ハルくん、あなたは危険だ。あなたを排除できる体制が整いしだい、すぐに消してあげますよ。同胞たちに屠られるのも、得がたい経験ですよ?」
再び、男とユナはハルの前から姿を消した。
「クソが。逃げられちまった……オイ、このドロドロは何だよ」
「……ヴェルだ」
「……そうかよ。あの女の力だな」
「ユナは人を傷つけたりしない」
「はぁ? どう見ても死んでるだろうが」
「これは、何かの間違いで……そうだ、あの二人に頼めばまた」
「オイ。それ以上言ってみろ。コイツはなんかの被検体か? お前は何様だ? それに、アイツらの力はそんな便利なもんじゃねぇんだ」
言葉を失うハル。それでも、世界を否定したらダメ――ユナの言葉と、目の前の現実。自分は何を信じればいい?
「どうしてこんなことになるんだよ」
「おい、どういうつもりだ」
ハルの体を黒と紫の光がまとう。紫の光はハルの右腕に集まり、斬馬刀のごとく巨大な刀身をもつ剣へと変形した。
「先輩に喧嘩売るとは、いい度胸じゃねぇか。教育が必要だなぁ」
レンが鎖を現出させる。

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