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村田陽一2021年オフィシャルインタビュー(Interviewer:内田正樹)

このテキストは村田陽一ビッグバンドの最新アルバム『Crawling Forward』リリースに際して行った村田陽一2021年オフィシャルインタビューである。長期化するコロナ禍、自身の近況と現在の率直な心境について語ってもらった。なお『Crawling Forward』の内容については、別途、前後編のロングインタビューが設けられている。また村田の音楽的ルーツや過去の活動履歴については2019年に実施したオフィシャルインタビューで詳細に語られているので、そちらも併せて御一読頂きたい。(内田正樹)


 ── このインタビューは2021年2月初旬に行っています。まず村田さん自身、コロナ禍の影響については?

「不幸中の幸いと言うのも何ですが、僕自身は甚大な損害は被りませんでした。近年参加させて頂いてきた椎名林檎さんや福山雅治君もたまたまツアーの予定は無かったし」

 ── そうですね。ざっと見渡してもご自身のパフォーマンスではソロ、SOLID BRASS、アブストラクトリオ、村田陽一オーケストラにシートベルツのライブがあり、サポートとしては未唯mieさん、渡辺貞夫さん、福山雅治さんのNHK紅白歌合戦出演があった。さらにはKing & Prince、安斉かれんさん(※京都橘高校マーチングアレンジ指導)、羽毛田丈史さんの作品への参加と、コロナ禍に突入してからも多忙なご様子でした。

「有り難い限りです。もちろん、暫くの間、全ての有観客ライブもレコーディングも無くなりました。でも、日頃から時間が空けば自分のことをやろうとする回路が働く習性なので、暇を持て余すようなこともありませんでした」

 ── Twitterでも言及されていましたが、例えば20時で店を閉めないと店舗への給付金が下りない。店を20時に閉めるということは、当然、通常のセットリストの半分にも満たない長さの演奏しか出来なくなる。エンタテイメント関連の全般にも関わる問題ですが、飲食店の苦労とホールやライブハウスの苦労やリスクはもっと細分化されるべきものでしょう。しかし現状はほとんど対処が行われていないように感じられます。

「そうですね。例えば新宿PIT INNなんて本来は20時開店ですからね(筆者注※緊急事態宣言中は開演が18時。公演は19時50分までと告知されている)。19時45分までにステージを終えるのはやはり無理がある。ソロ配信ライブをやらせてもらっている調布GINZもそうだし、高円寺JOROKICHIだってそうだし、どこも大変ですよ。また配信は配信で様々な手数料の問題も生じます。特に僕のようなインストゥルメンタル主体の演奏者にとって致命傷なのは、海外の曲がやれなくなること。海外曲を有料配信に乗せて、しかもアーカイブで残そうとすると、桁が違う使用料がかかる。この点は今回の村田陽一ビッグバンドの新作『Crawling forward』を全曲オリジナル曲にした理由にも繋がっています」

 ── 『Crawling forward』については別途アルバムインタビューを設けているのでそちらに任せますが、同作は目黒のブルースアレイジャパンで収録されました。ブルースアレイジャパンについてもお話しいただけますか。

「ブルースアレイジャパンは社長を中心にコロナ禍においての意識も高く、とても頑張っているライブハウスの一つだと思います。僕は昨年、元々コロナ禍前から村田陽一ビッグバンドとSOLID BRASSの両方でブッキングをされていたのですが、コロナ禍になってしまった。他の公演もどんどん中止もしくは延期になるなか、ビッグバンドの公演一ヶ月前を切るぐらいのタイミングで『どうしますか?』という話になった。その時点では有観客は無理だったので、無観客ライブの収録と配信を決めました」

 ── その他、昨年の大きな環境の変化としては、音大の授業が全てリモートになった点が挙げられるでしょうか。

「その通りですね」

 ── 村田さんは現在、洗足学園音楽大学のジャズコースで講義を担当されています。加えて、昨年は京都橘高校吹奏楽アレンジ/指導(※同年7月21日リリースの安斉かれん「僕らは強くなれる。」)や東京音楽大学(11月20日)で90分の単発アンサンブル講義を行い、その他のリモートアンサンブルやレッスンも手掛けられていました。

「東京音大については、生徒の皆さんのやる気が強く感じられて、とても良い時間になりました。僕自身についてコロナ禍によって激変した一つは、洗足音大の授業がリモートになったことでした。僕はリモートを逆手に取って、Zoomを通して、全員参加型の画面共有によるデジタルレコーディングを提案しました。それぞれがトラックを作って、例えばドラムの人にはドラム抜きのトラックを渡して、合わせて叩いておいてもらう。そうして各々が録ったソロ音源を上手くまとめて一曲仕上げて、最後はミックスまで行う。すると自分の演奏が可視化されるので、『君、ここが速いよね』とか『ここのタイミングが悪いよね』とか、一人一人に対して重箱の隅を突くような指導が可能になった。これはリアルな授業の時間ではなかなか行き届かない事でして」

 ── なるほど。

「彼らは職業演奏家を目指して学校に通っているわけなので、演奏が上手くならなければならない。そのためには、まず自分の演奏のクオリティを客観的に知る必要があるのですが、アンサンブルの熱量と爆音のなかだと、何となく演奏が合っている風に感じられて、最後はつい気持ち良さだけが残ってしまいがちになる。でも実際にレコーディングのクオリティで録音してみると、『おや?』となる。そこで『翌週は違う曲をやりましょう』では問題が解消されないままだし、ちゃんと一曲を演奏し切ったという証も達成感も感じられない。それでは授業の意味が無い」

 ── たしかにそうですね。

「僕は音源のエディットも自分で出来るので、極端な話、彼らの演奏を全て修正した音源を渡して『これだけ美容整形するとこういう音になるんだよ?』と提示する事も可能です。もちろんそこまで嫌味な直し方はしませんけどね(笑)。前期の授業で手応えが感じられたので、後期はビッグバンドをやりました。リアルの授業だと人数が足らなくても、リモートなら同じ人が四人分を吹けばいい。他の課の生徒がヘルプで来るよりも、生徒のモチベーションも上がります。カウント・ベイシー楽団の音源を課題にして、最終的には生徒だけのビッグバンドの演奏で完成させました」

 ── とかくマスコミのニュースではリモート授業のネガティブな面だけが話題にされがちですが、リモートの特性を生かしたアプローチもあるということですね。

「そうですね。リテイクを重ねることで曲の完成度が上がっていく過程もよく分かるし。僕はZoomの授業中、基本的には生徒全員にミュートを外させています。喋りたい時にちゃんと喋らないと意味が無いし、人数も大体十人程度なので、一方的な講義にならないよう、なるべく一人一人の意見を聞くようにしています。洗足音大の講師はもう十年ぐらいになりますが、仮にコロナ禍が終息しても、今回のリモート講義のようなアプローチは一つの手段として続けていきたい。本来は自発的にそうする子たちがもっといても良いわけですし、彼らにも『学びの選択肢が増えてラッキーだと思って、今後も自宅レコーディングは続けてほしい』と伝えています」

 ── 自分もインタビューの場で『今回のコロナ禍で宅録のスキルが上がった』という声を多くのプロのアーティストやミュージシャンから耳にしました。

「そうでしょうね。コロナ禍が明けた後、現場に出るようになってそれをやらなくなるのはプロでも勿体ない話なので、学生なら尚更だと思います」

 ── もちろんケース・バイ・ケースだと思いますが、ここ十年の洗足音大の講師やその他の講義、レッスンやクリニックなどを手掛けられて、その時々の生徒について感じられることは?

「自分から何かを獲りに行かない生徒が多いかもしれませんね。自分はかつてプロになりたくて、上京するための手段として大学に通ったので、すごくガツガツしていた。目の前には何もないという状態からのスタートでしたから、チャンスも、人との関係性も、全て自分から獲りに行かなければならなかった。そのせいか、近年はどうしてもハングリー精神に欠ける生徒が多いような気がしてしまいます。他にも、ソロは秀でているのに基礎的なリズムがイマイチな生徒がいたり。やっぱりいろんな生徒がいます」

 ── かつての教え子のなかで、現在、プロで活躍されている方は?

「います。しかも面白い事に、ワインじゃないけどその年だけほぼ全員プロになったという“当たり年”もあった。でもプロになれたのは本当にひと握りですね。自分のビジョンに欠けているとか、ビジョンを持っていたとしても、それを維持し続けることが出来ない生徒のほうが多いものです。その時の思い付きを言葉に出して、次の週になるとまた全く違うことを口にするような一貫性の無さではなかなか難しい。現代はYouTubeをはじめ、発信や表現の場所は幾らでも確保出来るんだから、何かを志していても、行動に移さないようでは勿体ないと思います」

 ── 無欲だからこその機会に恵まれる場面もあるのでしょうが、大抵はまず自分からアクションを起こさなければ何も始まらない。

「そう思います。少し乱暴かもしれないけど、よく『もっと煩悩だらけでいいのに』と思います。自分が何かを成し得るためには誰かを味方にしなければならない。その意識が強ければ強いほど、自分がその人たちにとって慕われる存在になるための態度って、頭で考えなくても自然と取れるようになるものですから。深々と礼をするとかね。大人になっても『あまり愛がないのかな?』とか『責任を負いたくないのかな?』という人というのは、結構、態度で分かるものじゃないですか(苦笑)」

 ── そうですね。僕も気を付けます(苦笑)。村田さんはご自身の作品を主に通販と会場販売で販売されていますが、コロナ禍によって現状はほとんど通販のみとなっています。その辺りについてはいかがでしょうか?

「注文を頂いてから自分でCDを梱包/発送して、それが先方に届く。この一往復に、より重みが感じられる様になりました。到着後、御礼のメールを頂くこともあるのですが、それを読んでもグッときてしまいます」

 ── 発送も相変わらずご自身でやられていますね。僕も、今回も『Crawling forward』を直接お送り頂きました。

「そこは全く苦じゃないというか、発送作業は僕の大きな楽しみ。誰かにこんな楽しみを取られてたまるものかというくらいですよ(笑)。だって僕の作品を『聴きたい』と思ってくれている方への手間暇ですからね。こちらもわくわくした気持ちでポストに投函しますよ。やっぱり本来はライブ会場で販売して、終演後、手に取って頂くという形が理想ですが、暫くは難しい。ただ、それでも音楽配信に切り替えようとは未だに思えない。演奏者、楽曲、エンジニアのクレジットが入ったパッケージを残せないことが自分としてはどうしても引っかかる。『CDはもうオワコン』という声もありますが、やはり自分はアイコンとしてのパッケージも込みでアルバムを持っていてほしい」

 ── 既出作品の出荷について何か傾向はありますか?

「『Janeiro』も村田陽一ビッグバンドの前作『LIVE』もじわじわと売れ続けてくれています。特に『LIVE』はかなりじわじわじわじわと出ていきます(笑)。流行り物ではないし、そういう動き方をしてくれるのはうれしい。ある意味古びないと言うか普遍的な作品を作れた気がして誇らしいです」

 ── SNSについては2008年から綴られてきたブログは過去ログを残し、その役割をnoteに移行されました。日々の心情や活動のインフォメーションをTwitterに、同じく活動のインフォメーションと本稿のような長めのテキストをnoteにアップされています。

「ブログにはいろいろな想いを綴ってきて、時には自問自答もあったのですが、いつの頃からか、ややマスターベーション気味に思えてきたので、もう少し開けた形にしようと。このインタビューのように、こうして第三者の方に自分について訊いてもらうことで、自分の中にも新しい気付きが生まれるし、健全な気がしまして」

 ── そう仰って頂けると続けて質問し易くなります(笑)。

「僕のライブに来て下さる方、アルバムを買って下さる方、このnoteを読んで下さる方が仮に二千人いてくれるとしたら、その二千人にしっかりと届けば、自分の音楽が道楽の域を越えてビジネスとしてもどうにか成立する。もちろん数が多いに越したことはありませんが、ネガティブではなくポジティブな意味で、僕はそれで十分だし、それが何よりうれしい。そこにあまり音楽を愛してくれないディストリビューターやメーカーの担当者が介入することで責任の所在が希薄になっても楽しくないし。無論、コロナ禍は厳しいですが、制作/流通体制はその前から自分で始めたものだし、精神的にも極めて健全です」

 ── 素晴らしい事だと思います。そう言えば、最近ではオンラインショップの体制も整いましたね。

「それも周囲の方からの薦めで始めてみました。コロナ禍になってTシャツやトートバッグを販売するライブハウスも増えたので、そうしたフォーマットも参考になりました。まだCDとTシャツぐらいですが、是非覗いて頂けたらうれしいです」

 ── ではアレンジやプレイの傾向についてはいかがでしょうか? 例えば村田陽一ビッグバンドの前作『LIVE』と今作『Crawling forward』を聴き比べると、“クライアント向けにスコアを書いたカバー曲”と“オリジナル曲のリアレンジ”という根本的な前提の違いはあるにせよ、アレンジも、プレイも、より音数を削ぎ落とす方向に向かわれているように感じたのですが。

「そう思います。特に『Crawling forward』は難易度の高い箇所とそうでもない箇所の差がかなり激しいアルバムですが、やっぱり自分の好きな先人たちの話を読み聞きしていても、徐々に音数が減っていく方向に向かわれているようですし、自分も年々、少しずつそうなっていると思います。なかでもジャズミュージシャンの多くは、より音を抜くスタイルへ移行すると耳にしたこともある。とても共感する話です。特に学生さん向けのスコアは音数も人数も少ないとどうしても曲が成立し辛くなるし、マス向けという意味においても、音数も人数もある程度の数がある方が成立し易い。スティーヴ・ガッドやリチャード・ティーが参加していたスタッフというバンドはご存知ですか?」

 ── 1970年代後半のフュージョンバンドで、たしかコーネル・デュプリーも在籍していましたね。

「彼らの曲と演奏って、ほとんどカラオケみたいにスカスカな音数じゃないですか」

 ── で、無茶苦茶演奏が上手い(笑)。

「そう。しかもドラムが二人いるのにあの無駄の無い音数の少なさ。以前、大貫妙子さんもバンドがツインドラムだった時に『名人が何人も集まるとかえって音数が減る』という話をされていましたが、スタッフはその見本みたいなバンドだと思います」

 ── 間の取り方や文章で言う行間的な表現の力量も含めて卓越した手腕ですよね。

「そう。そして何よりもメンバーのキャスティングとバンド全体を俯瞰で見る視点とセンスの有無が問われる」

 ── やはりクライアントやバンド毎の違いはあると思いますが、ご自身のスコアライティングについてもそうした変化は感じられますか?

「そうですね。ベタベタと貼り付けていくというよりも、ポイントを絞って、より柔軟な流れに向かっている気がするし、実際、自分でもそう心掛けていますね。音の情報が増えれば増えるほど、逆にメロディがのっぺりとしてしまい起伏が見え辛くなる。キャンバスに絵の具を塗りたくるのも上書きし過ぎるのも良くないという点においては、もしかすると絵画と似ているのかもしれませんね」

 ── そう言えば後期のマイルス・デイヴィスは絵画にも精を出していましたね。あと、これは個人的な疑問ですが、村田さん、これだけ多方面の仕事があるのに、CMやら劇伴(サウンドトラック)が無い。一ファンとして「もっとやってくれたらいいのに」と思うのですが。

「僕もすごく書きたいですよ!(笑)。今、映像に音を当てたい欲求が高まっているので、本当にCMや劇伴を書きたい」

 ── ……とのことですので、関係各位、是非お問い合わせ下さい。最後に、依然として長期化の様相を呈しているコロナ禍ですが、今後の活動についてはどのようにお考えでしょうか?

「流石にこの状況ですので、正直に言えば、年内の大きな仕事の目処はほとんど立っていません。状況も読めないので、引き続き、時間を見つけて自分の制作を続けるつもりです。そもそも僕ぐらいの年齢になると、若いアーティストがどんどん出てくるので、スタジオワークもツアーサポートも本来は減る一方だと思います。でもお陰様で忙しく働かせてもらえていますので、今後も無理はせず、自分の音楽のビジョンを等身大で考えていきたい。まだまだ面白い事がたくさん待っているはずだと信じていますので」

 ── ありがとうございました。今後のご活躍も楽しみにしています。またお話を聞かせて下さい。

「ありがとうございました」

(了)

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