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ベーリンジア

 私が生まれた晩はひどい台風だったらしい。「らしい」というのは、母はその日のことを部分的にしか語らないからだ。
「看護婦さんがさ〜、外はひどい風らっけ赤ちゃんは私たちに任せてベッドの下に避難してくんねかねって言うっけさ〜」
 母はその度ごと嬉々として語るが、結局ベッドの下に隠れて台風をやり過ごした母は、その風の強さを知らない。
 その時、私はどうしていたのか? 保育器の中で泣いていたのか、看護婦さんに抱きかかえられていたのか、いくら聞いても母は答えられない。
この人ってこういう人だよな、私について肝心なことは何も知らないんだから。

  この間、夢を見た。夢の中で私はおくるみに包まれたまま病院の窓から吹き飛ばされ、風に乗って空を飛んでいた。看護婦さんたちは真っ青な顔で私の名前を呼ぶ。私は気まぐれな風に乗って、くるくる回りそのまま世界を一周した、らしい。
 単なる夢かもしれないけど、実を言うと私の背中にはその時の名残がある、らしい。この間、彼氏が私の背の体毛をなで「あれ、アリューシャン列島だ」とささやいた。彼の指はちょうどベーリング海峡を渡るところだった。

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