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半分の君

 Line電話に半分の君が写っている。右目のマスカラが失敗して、と笑う。そのままいつものように話をする。君はジャージに着替えていて、画面の中でヨガをしたり、足指マッサージをしたりしている。僕は君の右側を見ることなく、会話を終える。テーブルの上のレモン酎ハイは少し残っている。

 翌日、スマホ画面には右半身の君が写っている。僕はなぜだかホッとして、グレープフルーツ酎ハイのプルタグを引く。どうしたのと聞きたかったけど、君の笑顔を見て、おしゃべりを聞いていたら時間はあっという間に過ぎる。

 免許合宿に行くと君が言った。どこまで、と尋ねたら聞いたことのない地名を言われた。安かったのよ、と君は笑う。温泉地でも観光地でもないビジネスホテルに宿泊して。三週間もいないの、と僕。三週間で取れるかしら、と君。毎晩lineするね、と僕。

 坂道発進失敗しちゃった、と画面の中で君が笑う。僕は3日ぶりに君の両目を見て安心する。でも鼻から下は見えない。食べてるとこ、見たくないでしょ。ラーメンをすする音がする。3食つきだけどお腹すいちゃって、と君。どこのカップヌードル、と僕。さりげない質問だけど、君のすべてが見たくなる。ん、ご当地限定と、君が見せてくれたカップ麺にはこおろぎの絵が描かれている。君の唇の感触しか思い出せない。

 仕事が詰まっていたのと飲み会で、君とlineができない日が続く。約束した時間に帰れなくて声だけでも聞きたくて、電話したけど通じなかった。メッセージの既読だけが溜まっていく。

やあ、と僕。車庫入れチョ〜苦手、と君。どしたの、と僕。マスカラ変かしら、と君。画面に見えるのは君の眉とまつ毛と目だけ。そして眉は目の下にある。
ヨガで逆立ちしてるの、と僕。ううん別に、と君。君はケラケラ笑い、僕のTシャツのカバがおかしいという。おかしいのは君なんだけど。

 君と連絡が取れない。Lineはずっと圏外。
誘拐されたりしてない? それとも「誘惑」? 講師とできちゃってそのまま?
 妄想だけが僕を苦しめる。
「明日から高速実習。line繋がらないかも」
 君の一言がずっとリフレイン。

 君が出かけた町の名前を見かけた。
 いつもは立ち止まらない街頭ニュース。
誘拐? それとも殺人?
 街を吹き抜ける風は、僕の心も凍らせる。
「〇〇町にてシャトル発射。初の女性飛行士」
 なんだ、関係ない。安堵して立ち去る。

君はどこへ消えたのか。
そういえば
なんの「免許」か聞いてない。 

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