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カニカマ - クモハ練習帳1

 目覚めたら手がカニカマになっていた。そういえば、そんな夢を見ていたような気がする。いっそ蟹のハサミだったらよかったのに。なんでも断ち切れる。差し出してくれる優しさも、まとわりついてくる雄弁さも。カニカマは繊維が粗い。動かすと、今にもばらけてしまいそうだ。恐る恐る手を伸ばしてみる。伸びる、ということは骨はあるのだろう。なんだ、筋肉がカニカマになっただけか。色は紅、というより着色料のオレンジ。昨夜、仕事帰りにジムに行き、バーベルをそこそこやった。いつもより少し熱を帯びた手は、心地よく痺れて私を抱きしめた。すべて世はこともなし。
 が、カニカマだ。

 洗面所で顔を洗う。洗うのに不自由はない。タオルから顔を上げて鏡を見る。いつもの顔だ。濃い目の眉。二重瞼。慢性の寝不足で少し腫れている。けれど、タオルを持つ手に目を落とすと、両手首までオレンジ色になり、発光すらしている。長袖を着るべきか。いや、こういう時こそ有給だろ。

 病欠のメールを送り、目玉焼きを作る。いつもはトーストだけで済ませるが、どうせ会社には行かない。いや、いけないのか、もしかしたら一生。そしたらどうなるのだろう。カニカマ病の発症者として一生を送るのだろうか。しかし手は動く、目玉焼きは焼けた。黄身にほんのり白い薄膜がかかるベストダン。やるじゃないかカニカマの腕。

トースターを押し、その間に出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。目玉焼きパンを食べながら、つらつら考えた。カニカマの腕だって何も困ることはない。だって、みんなカニカマ好きでしょう? オレンジ色の腕はムキムキと蠢く。そうさずっと雄の筋肉隆々の腕に憧れてきたじゃないか。もしかしてこれはコトが起こった時、襲撃者の腕を捻りあげて逃げ切れるように地道にトレーニングに励んできた私への福音かも。

 伏せたスマホにLINEの着信音。

どした 🐶

 上司だ。というか愛人、というか愛人は私か。彼は既婚者で娘もいる。

カニカマ
とだけ送る。
 彼はカニカマの腕を愛するだろうか。

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