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開幕前に旅だった仲さん

(2021/8/23 よんチャンTV放送分のこぼればなし)

東京パラリンピック、アーチェリー日本代表に内定していた仲喜嗣(なか・よしつぐ)さん。30代の頃から原因不明の難病を患い車いすを使って生活をするようになりました。

仲さんが40代の時に出会ったスポーツがアーチェリーです。

「健常者、障がい者問わずに戦えることが魅力。人生を救ってくれたスポーツ。」と、仲さんは過去のインタビューで語っていました。

還暦間近で初のパラリンピック内定を果たした仲さん。

しかし、去年11月に体調が悪化し大会開幕までおよそ半年という2021年2月にこの世を去りました。


仲さんを支え続けてきたのが奥様の奈生美さんです。国内海外、夫婦二人三脚でアーチェリーに取り組んできました。今回パラリンピック開幕直前にご自宅でお話しを聞くことができました。

仲さんとのたくさんの写真を見せて下さいました。矢を射る仲さんのそばには、いつも奈生美さんがいます。

一番好きな写真はと聞くと、アルバムから一つのページを選んでくれました。

2019年の世界選手権でブロンズメダルが決まった瞬間の仲さんの笑顔をおさめた写真。右手でガッツポーズの仲さん。やったぁという歓喜の声が表情からも伝わってきます。

奈生美さんとの会話の中で、悲しいとか悔しいとかいう言葉は出てきませんでした。仲さんがこれまで歩んできた道のりを、とにかく明るく前向きに私に話して下さるのが印象的でした。仲さんがどんな方だったのか、何を夢見て何に喜びを感じ、何を成し遂げた選手だったのか、会ったことが無い私に一つ一つ丁寧に。

仲さんには、いつも気にかけているチームメイトがいます。同じく日本代表選手の上山友裕さん(34歳)です。大会の写真を見ると二人はいつも隣同志。肩を組んだり、笑いあったり、年は離れているものの大親友や親子の様に見えました。

二人とも目立ちたがり屋で前へ行きたがるタイプ。だからいつも真ん中で一緒なのでしょう。二人は似ている。と奈生美さんは言います。

そんな上山選手は大会前に奈生美さんに一つのお願いをしました。

それは、仲さんが長年使っていた矢を入れる筒状の道具「クイバー」をパラリンピックの舞台で使わせて欲しいというものでした。仲さんが15年間愛用してきたクイバーです。

自分と一緒に、チームのメンバーと一緒に仲さんも東京パラリンピックに出場したのだということを残したい。

そこには上山さんの強い思いがありました。


奈生美さんはとても嬉しかったと言います。でも一つだけ気になることがありました。

人それぞれに身体の特徴が異なるパラリンピアン達。もちろん使う道具もその人の身体に合ったデザインに。仲さんが使うクイバーと上山さんが使うクイバーはタイプも違えば、装着する部分も違うのだそう。具体的に言うと仲さんの物は車いすの右斜め前に取り付けるのですが、上山さんのクイバーは後ろにセットするタイプ。つまり矢を放つまでの過程でルーティンが変わるのです。

気持ちは嬉しいけれども、上山選手のパフォーマンスに影響してしまってはいけない。これが奈生美さんの心配でした。

奈生美さんにお会いした数日後、私は上山選手にも話しを聞くことができました。この辺りのことを本人に聞くと、彼は笑顔で「大丈夫です。」と答えました。

実は仲さんが旅立ったあと、上山選手は早い段階で仲さんのクイバーを東京パラリンピックで使いたいと心に決めていたそうです。しかし、大切な遺品でもある道具を簡単に借りることはできないという考えもあったと言います。そこで、上山選手は仲さんが使っていたものと同じタイプのクイバーを購入し、そこから自分のルーティンを変えてその道具で練習を重ねてきたと言います。だから、奈生美さんにお願いする頃には実はもう仲さんと同じプロセスで矢を抜きセットする動きが身に付いていたのだと。


奈生美さんはこんなことも仰っていました。

主人は幸せ。アーチェリーをやることが、イコール主人にとっては生きることだった。主人に代わってみんなには楽しんで欲しい。


仲さんと共に。上山選手は2021年9月3日、決勝トーナメントに挑みます。

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