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バカマジメな私が逆ナンで結婚した話♯9

BARのカウンター横に、重そうに見えてそこまで重くはない、そして店内が見えるガラス窓のついた、扉がある。

私はこの扉がよく見えるカウンターの端がお気に入りだ。
店内がよく見渡せるし、暇な時や構ってほしくないときは目の前の壁に整列してあるウィスキーボトルを左端から銘柄を暗記していく一人遊びをしていた。

その日、私は一人でイタリアンアイスティーを飲んでいた。
「BARでお茶かよ」
と言いたくなるだろうが、立派なカクテルだ。

アマレットという杏仁の味がするリキュールと烏龍茶の組み合わせだが、私はこれがすごく気に入っている。

カウンターには私以外に男性が2人いたが、それぞれ目の前のウィスキー棚を見てる。
もしかしたら、2人もウィスキーの銘柄暗記ゲームをしているのかもなと思うとなんだかウキウキした。

扉が開く。
男性が1人で来店したようだった。
私は暗記を一旦中断して、煌めくウィスキーの瓶から締まりかけの扉に視線を移した。

誰かが言ってた。
「本当に雷に打たれたようにビビビときてね。それで結婚したの」と。

正直、雷でもなければビビビでもブブブでもないのだけれど、私の耳元で誰かがささやいた。
「ねぇさん、結婚する相手、この人でっせ!」

『あぁ、私、この人と結婚するのか』

妙に腑に落ちた感覚があった。
そして、あるのかすらわからなかった私のシックスセンスが“おめでとう!”と鐘を鳴らしていた。

何かを察したのか、たまたまだったのか、美人のマスターは私の隣へ彼を案内した。

さて、どうしたものか。
私はこの人と結婚する。

だけど、いきなり
「私たち結婚するみたいですよ!」
なんて言えない。

頭のおかしい奴だと笑われるか、ひかれるか、最悪このBARから出禁をくらってしまうかもしれない。
それは、避けたい。

そもそも、声、かけられるのか?
かけるとしたら...なんて言う?
既婚者か?指輪...してない!
彼が指輪をしない派だったとしたら?!

ちょ、ちょっと待て。
冷静になろう。
落ち着くんだアラサー。

私の好みの外見ってどんなだったかしら。

身長は私より高ければいい。
だけど、175cmくらいあるとなおよい。

顔は濃いより薄いほうがいい。
メガネフェチなのでメガネがあると嬉しい。
一見地味に見えるが、よく見ると
「あれ?あの人かっこよくなーい?」
となるような顔立ちであれば最高だ。

体型は太っていなければいい。
だけど、痩せすぎも困る。
自分で健康管理できている人のほうが好ましい。

あ、あとスーツが似合う人なら、なおよし。
スーツフェチでもあるのよね。

あれ...どんぴしゃじゃん!
隣の人、外見、理想、どんぴしゃり!
Mr.ドン・ピシャリ。

興奮しすぎて語彙力が追いつかない。
冷静でなんていられない。
恋する少女じゃいられない。

このままだと、ダメだ。
BARは、一期一会。
二度と会えないかもしれない相手だ。
興奮している場合ではない。
冷静と情熱のあいだくらいを保っていたい。

私のステータスは、そうびしてきた“行動力”と“決断力”、旅の途中で手に入れた“会話力”と“応用力”。
オーケー、オーケー、充分戦えるわ。

で、私よ。隣の人に声をかけられる?
俗に言う“ナンパ”をあなたはできるの?
と私は私に問う。

かけられそうとか、かけられないとかそんな選択はねぇ。
かけるんだよ。
今かけなくてどうする。

私は思った。その意見、ごもっともだ。

ついに、意を決して話しかける。

『ここはよく来るんですか?』

「いえ、初めてです」

『あ...そうなんですか』

「...」

『...』

終わったー!会話、終わったー!
え?勇気出したのに、これ?
会話、終わったんですけど。

言葉のキャッチボールじゃなくて、ドッヂボール、いや、私的にはデッドボール?
会話、終わっちゃってますけど?

え、私のシックスセンス間違ってた?
そもそもシックスセンスなんてなかったのか?
本当にこの人と結婚するのだろうか?

私の直感は“隣の人”だって言ってるけど、
隣の人は“ビビビ”どころか、私を認識してるかすら怪しいですけど。

ええい、こうなったら、今夜は連絡先を聞くまで帰らない。
というか、隣の人を帰さない。

意を決したナンパを不発に終わらせるわけにはいかない!いや、今はまだナンパにすらなっていない。ただの声かけだ。

こうして戦いの火蓋が切られたのである。

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