あの頃
「八木、あと10分で着くって」
左腕の腕時計をちらりと見ながら戸田は言う。
「高嶋さん、まじで美人だったよな、後にも先にもあれを越える美人はいない。」
「早弁して昼に購買まで走るとか、今じゃ考えられないな」
僕らには今の話はない。
話題に上るのは、どうしようもないほど輝いていた、同じ時間軸にいた日々のこと。
「八木はまだバンド続けてるんだっけ?」
本人には、なんとなく聞けないから代わりに戸田に聞く。
「おまたせーー!」
タイミング良く、八木が喫茶店のドアを開いた。
大きなギターを抱えて。
「じゃあなー」
現状を報告できる友人がいることのありがたみと、なんか少し、この数年でお互いの歯車が乱れた感覚が残る。
八木はヒーローだった。
文化祭のライブは体育館中に人が押し寄せて、ものすごい数の僕らの気持ちを、マイクを掴んで代弁してくれていた。
八木の曲を聞かせてもらった。
さっきの会話を思い出す。
「来週、ちょっと大きいハコでやれるんだ。よかったら聞きに来てよ。」
画面の向こうで叫ばれる歌詞と熱量に、あの頃と変わらない匂いを感じる。
「俺としては、またお前ら2人の煽り、聞きたいんだよなあ」
八木はいわゆる「屈託のない笑顔」で、そう言う。
まだそんなことを歌っているのか、
そう、一瞬思ってしまった自分に、どきり、と、体の奥が鳴る。
「俺は行くよ!お前も行くだろ?」
俺はどんな顔をしていた?
リユニオン / RADWIMPS
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?