20cmとクッキー

人が死ぬということは、

例えばあなたの友達があなたにクッキーを手渡してくれるとしよう。

あなたの友達はあなたの前に立つ。
あなたとあなたの友達の距離は20cmくらい。
あなたの友達がクッキーをあなたに差し出す。
クッキーを持つ、友達の手を見る。
いつもある、親指の付け根のやけどの跡が見える。

あなたは受け取る。
クッキーはあなたの手に渡った。
顔を上げると、あなたの友達はほほえんで、そして消えてしまう。

クッキーだけがあなたの手に残り、あなたの前にはもう、誰もいない。
いきなり広がった空間を前に、ぼう然とする。

このクッキーを食べたって、その感想も言えないと気づく。
今自分の前に差し出された、あの子の手も消えたことを不思議に思う。
その手のやけどの跡だって、この世のどこにもいなくなってしまった。
根性焼きだよ!なんてね、うそうそ。料理中にやっちゃったんだ、あはは。
そう言うあなたの明るい声もすべて。

すべて消え、残るのは20cm前にゆらぐ空気と、クッキー。そして30秒前に過去となった、あの子のほほ笑みの記憶。

あなたはこのことをしばらく思い出し続ける。
だんだん時折思い出す程度になったとしても、死ぬまで忘れることはない。

雨の夕方、電車の中で。わたしの中のあの子を思い出した今日みたいに。

この世界の空間から消えても、あの子はあなたの中のクローゼットにいつづける。