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4. インド政府が考えるヨーガ

• インド政府AYUSH省とは
• AYUSH省が定義しているヨーガとは
• AYUSH省傘下のヨーガ検定委員会のヨーガ振興戦略
• インド政府のヨーガイメージは分裂気味?

やや抽象的な話が続いてしまったので、少し具体的なことを見てみましょう。

前節(3. 中からみるヨーガ)で、インド人の思い描くヨーガを知る方法のひとつとして、インド政府がどのような発信をしているかを確認することを挙げました。そこで、実際にインド政府のウェブサイトに書かれていることを紹介したいと思います。

まずは、インドで知られている複数の伝統医学体系を統括しているインド政府AYUSH省のサイトです。「About the Ministry(本省について)」というページを開くと、次のようにあります。

The Ministry of AYUSH was formed on 9th November 2014 to ensure the optimal development and propagation of AYUSH systems of health care. Earlier it was known as the Department of Indian System of Medicine and Homeopathy (ISM&H) which was created in March 1995 and renamed as Department of Ayurveda, Yoga and Naturopathy, Unani, Siddha and Homoeopathy (AYUSH) in November 2003, with focused attention for development of Education and Research in Ayurveda, Yoga and Naturopathy, Unani, Siddha and Homoeopathy.
AYUSH省は、AYUSHという医学体系の最適な発展と普及を目指し2014年11月9日に新設されました。その前身となるのが、1995年3月に設立されたIndian System of Medicine and Homeopathy(インド医学体系およびホメオパシー)局(ISM&H)であり、これは2003年11月にAyurveda, Yoga and Naturopathy, Unani, Siddha and Homeopathy(アーユルヴェーダ、ヨーガとナチュロパシー、ユナニ医学、シッダ医学、ホメオパシー)局(AYUSH)と改称され、アーユルヴェーダ、ヨーガとナチュロパシー、ユナニ医学、シッダ医学、ホメオパシーの教育と研究の発展に注力してきました。
(訳:コダマアキコ)

このように、インドにあるさまざまな伝統医学の教育研究と普及を行う立場にあるAYUSH省は、ヨーガをどのように定義しているのでしょうか。同じサイト内の「Definition of Yoga(ヨーガの定義)」のページを見るとそれがわかります。

Yoga is a discipline to improve or develop one's inherent power in a balanced manner. It offers the means to attain complete self-realization. The literal meaning of the Sanskrit word Yoga is 'Yoke'. Yoga can therefore be defined as a means of uniting the individual spirit with the universal spirit of God. According to Maharishi Patanjali, Yoga is the suppression of modifications of the mind.
ヨーガとは、人間が生まれつき持つ力をバランスよく向上させたり発展させたりするための実践体系であり、完全な自己実現を達成する手段を提供するものです。サンスクリットの「ヨーガ」という語を直訳すると「結合する」という意味になります。そのため、ヨーガは個々の精神を普遍的な神の霊性と結びつける手段であると定義することができます。偉大な聖者パタンジャリによれば、ヨーガとは心の変化を抑制することです。
(訳:コダマアキコ)

じっくり読んでみると、異なる複数の定義が列記されているようにも思えますが、今はこのままにして、もう一つインド政府のヨーガ政策に関連するサイトを見てみましょう。AYUSH省の下部組織であるYoga Certification Board(ヨーガ検定委員会)のサイトです。こちらの「Mission & Vision*(ミッションとビジョン)」には、少し長くなりますが、こんなことが書かれています。

* 実際のページタイトルは「Vission」となっていますが、「Vision」の誤りだと思われます。

Aim: The aim of Yoga Certification Board is to bring quality and standards in practice ofYoga and to promote Yoga as career skill.
Vision: To enable people across the globe to lead a healthy life style and to make Yoga a way of holistic Living by ensuring access to quality Yoga trainers.
Mission: To define standards for Yoga training for Yoga Institutions and Yoga Professionals and assist them in Yoga education to society.
Objectives: The objectives of the Board are :
▪︎To promote Yoga as means to promote holistic health and human values
▪︎To promote Yoga as a career skill
▪︎To develop standards and parameters, assess competencies and certify Yoga Professionals for different levels
▪︎To develop standards and parameters, assess competencies and Accreditation of Yoga Schools/Institutions/Centers
▪︎To bring uniformity and standards in Yoga courses conducted across India and Globe
▪︎To collaborate with national and international organisations for promotion of Yoga
目的:ヨーガ検定委員会の目的は、ヨーガの実践に質と基準をもたらし、キャリアスキルとしてのヨーガを促進すること。
ビジョン(指針)質の高いヨーガトレーナーにアクセスできるようにすることで、世界中の人が健康的なライフスタイルを送り、ヨーガがホリスティックな生き方の手段のひとつとなるようにする。
ミッション(役割)ヨーガ団体やヨーガ専門家向けにヨーガトレーニングの基準を定め、社会に対するヨーガ教育のサポートを行う。
目標:本委員会の目標は以下の通りである。
▪︎ホリスティックな健康と人間的価値観を促進する手段としてのヨーガの振興
▪︎キャリアスキルとしてのヨーガの振興
▪︎基準や条件を策定し、能力の評価を行い、ヨーガの専門家を複数のレベルに分けて資格認定を実施する
▪︎基準や条件を策定し、能力の評価を行い、ヨーガの教育機関、団体施設、センターなどを認可する
▪︎インドおよび世界で実施されているヨーガコースにおける一貫性と基準を実現する
▪︎ヨーガ振興のために国内外の組織団体との連携を図る
(訳:コダマアキコ)

こうして見てみると、インド政府が広めようとしているヨーガのイメージがなんとなくわかるのではないでしょうか。

そもそもAYUSH省という、伝統「医学」を扱う省の管轄下にあるということは、ヨーガも医学の一体系であるとみなしているわけです。ところが、そのAYUSH省が定義するヨーガの説明には「生まれつき持つ力」、「完全な自己実現」といった少々漠然としてわかりにくい言葉が使われているだけでなく、「普遍的な神の霊性」という、おそらく日本人の感覚からいうと医学や医療の範疇を超えているような表現も見られます。「人間の生まれつき持つ力をバランスよく向上」することが自分の「精神を普遍的な神の霊性と結びつける」ことにつながり、それが「心の変化を抑制する」ことでもあると、すっと納得できる日本人は少ないような気がします。

ヨーガ検定委員会のサイトでは、健康促進がひとつのテーマになっているようです。そして、健康促進法としてのヨーガの具体的な実践内容を統一化し、それを「ヨーガってなんだ?」に対するただ一つの正解としてインド国内だけでなく世界に広めていきたい! という意気込みを感じます。

ヨーガは医学で、自己実現の手段で、神の霊性と結びつけてくれるもので、変化しやすい心の働きを抑制して、健康をもたらす体系で、その理解度と実践する能力は一貫性のある基準で計測可能。

インド政府の描き出しているヨーガの姿は、やはり分裂気味だと言わざるを得ないような気がしますが、ここで「インド人はヨーガを中から見ている」(前節参照)、ということを思い出してみるといいのではないでしょうか。インド政府は、おそらくですが、長い歴史の中で時代によって異なる姿を見せてきたヨーガのすべての側面を、現代のヨーガが含むようにしたいのだと思います。

これは、日本人が「日本の仏教」を考えるときに起こることと似ているかもしれません。日本的な仏教のイメージを構成する要素はさまざまだと思いますが、例えば護摩行、声明、座禅、断食行といったものから、地域コミュニティー維持装置としての仏教、言葉は悪いかもしれませんが葬式仏教といったものの他、各宗派の仏教哲学、政治思想につながる仏教など、多岐にわたります。これらはどれも異なる時代背景や文脈に現れる日本仏教の姿ですが、日本人としては、どれも「日本の仏教」としてまとめてしまっても、専門家でなければそれほど違和感はないのでしょうか。

さて、インド政府が指向しているヨーガのイメージはなんとなく見えてきたような気もしますが、すべてのインド人がそのイメージを共有しているかというと、そういうわけでもなさそうです。今後政府の意向がもっと浸透していくかもしれませんし、現在ヨーガに関わっているインド人は多少なりともそれを共有しようという努力をしているかもしれませんが、いわゆる一般のインド人の抱くヨーガのイメージは、少し異なるような気がしています。

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