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連作「帯すれば」30首 淀美 佑子 / あの頃のわたしへの挽歌として

 ※第25回NHK全国短歌大会(2024) 近藤芳美賞 入選作15首を含む

   帯すれば


 淀美 佑子

販売の仕事でならば商品を介して会話ができるコミュ障

売上に自分が肯定されているかんじがするのは一種の麻薬

贅沢を敵としているお客にも消費の正義を笑顔で語る

面倒だ着ない高いと穿たれて出発点に立つ呉服売り

羨望を抱くばかりの常套句「嫁入り道具」と「箪笥の肥やし」

帯すれば背筋に芯が通るごと和装に胸の軽やかなりし

大正の浪漫が薫る大輪の菊の小紋を羽織にすれば

柿渋で染めし絣の紬にはマサラチャイと密かに名付く

絹織りの温さを問われ大島は革のジャケット結城はダウン

仄かなる蛍光帯びし薄紅の紅花紬に袖通し春

色柄の解放感につきぬけた和装のあとの洋装の無味

眠り長き着物に命吹き込みて「再デビュー」と笑む還暦のひと

寸法の合わぬ遺品の着物から仕立てたショールに涙するひと

母親がいなくて相談できないと呟く少女に選ぶ振袖

売れ筋の小紋着付けるトルソーに趣味職業まで思い浮かべり

桔梗咲く浴衣で再会したひとと結婚しますと聞いて寿ぐ

なじみ客の結婚披露受付を加賀友禅でとお招き受けり

それなりに流行り廃りの機微見ゆる伝統衣装もファッションなれば

晴れ着とう言葉の馴染み薄くなり降っても晴れても装い自由

染色の発展ついに友禅にインクジェットの冠のつく

手仕事を支える機械の説明の難儀な伝統工芸業界

何もかも人力が良いわけもなく電卓使い金利を求む

絶えてゆく技術を繋ぐ矜持ある者ほど歩む道の険しさ

永遠に枯れぬ縁起の良き花という辻が花にも衰退の影

ふっくらと絞りの立ちて縮緬の袖にまぼろし辻が花流る

新聞の文字は読めねど絣目は見ゆると織女八十七才

大切に育てし蚕の繭茹でる仕事を十五で覚えたという

白髪の織女のその後知らぬまま廃業をせし機屋の名聞く

愛すべきものが廃れる傍らで愛し続ける痛みを覚ゆ

反物を巻き取る手つき滑らかに呉服あつかう年月滲む




*** あの頃のわたしへの挽歌として *** 淀美 佑子


 作品の鑑賞に、それほど作者情報は必要だろうか?とX(元Twitter)上で問題提起もしたNHK全国短歌大会だったが、この自作に関しては、作者として色々と言いたい矛盾をお許しください。
 わたしは新卒で全国チェーンの呉服企業に従事し、10年間を社員として過ごしました。日本文化を継承し、産地を守るためにはその良さを伝え売っていかなければならないという強い矜持とともに勤めました。マネジメント職にもついていましたが、妊娠を機に同じモチベーションを保てる自信がなかったため、産休ではなく退職の形をとりました。しかしその後もヘルプ勤務として、さらに10年間を細く長く同じ会社にお世話になりました。足かけ20年、呉服業のプロという自負もあります。定年を過ぎても嘱託で働いている女性がたくさんいる業界であり、わたしはそれなりの信頼と実績を得ていたので仕事のオファーは途切れることなく、一生呉服業をやっていくものと思っていました。コロナ禍が訪れるまでは。
 呉服業の現場では、成人式、卒業式、入学式が相次いで中止になり、振袖や袴のキャンセル電話も鳴り止みませんでした。そしてわたしが最後に勤務したのも、お祭りや花火が中止になった年の、浴衣売り場でした。自分の好きな物大切にしている物が、毎日否定されることに、心が折れそうでした。それでも、大好きな商品を前にすれば気持ちを奮い立たせることができました。しかし、コロナ禍は長引き、やがて正社員以外のスタッフは雇い止めにあいました。それも仕方がありません。わたしは個人で古着市や着付け教室を開催したりして、今後の進退をフリーランスで呉服業を続けることも含め検討しました。しかし、家族の状況もめまぐるしく不安定で、思うように身動きがとれず心身のバランスも崩し、かなり心が折れました。そして転職に舵を切り、資格の勉強と同時進行で和雑貨の販売員を経て、現在の調剤薬局事務に至ります。
 以前から、「着物のお仕事のことをもっと歌にしたら」と言われていたのですが、なぜか働いているときはそれが全く詩情につながらず、詠むことができませんでした。それが、離れてみると身近で当たり前だったことが大切な思い出となり、次第に薄れていくことが寂しくてたまらず歌にしなくてはと思いました。だからこの連作『帯すれば』は、呉服業をしていた自分への挽歌です。もともと2023年の短歌研究新人賞に応募した連作30首で、落選したあとそれを15首に絞ったものが、この度の第25回NHK全国短歌大会・近藤芳美賞で入選をいただきました。読み返すとたしかに稚拙な歌も多いのですが、このときのわたしは、このときだけのものとして、あえてこれ以上いじらずに記念碑のようにとっておきたいと思います。個人的な記録を読んでいただき、ありがとうございます。 
 つらい時期を乗り越えて今があるのも、わたしに短歌があったおかげですし、そこに仲間や先輩たちがいてくださったおかげです。
 感謝を込めて。


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