令和5年予備試験論文再現 刑法

第1 設問1
1 甲が山小屋の出入り口を外側からロープできつく縛り、内側から同扉を開けられないようにした行為につき監禁罪(220条)が成立しないか。
2(1) 「監禁」とは一定の場所から移動することを不可能または困難にする行為をいう。一か所しかない出入り口扉を外側からロープできつく縛り、内側から扉を開けられないようにする行為は、これにより中にいるXは外部に移動することが不可能となるので、「監禁」にあたる。
(2) では、「不法に」といえるか。「不法に」とは本人の意思に反していることをいうと解するが、本件では、Xは熟睡しており、自身が監禁されていることに気づいていない。そこでこのような場合にも「不法に」監禁したといえるかが問題となる。
 この点につき、監禁罪の保護法益は移動の自由であると解するが、本人が監禁されていることに気づいていない以上、移動の自由は侵害されていないとして、監禁罪の成立を否定する立場も考えられる。しかし、本人が気づいていない場合でも、移動しようと思えば移動できる自由(可能的自由)は侵害されているといえるし、この場合本人の推定的意思に反しているといえる。よって、「不法に」といえる。
(3) 甲にはXを監禁する故意もある。
3 以上から、甲には監禁罪が成立する。
第2 設問2
1 眠っているXの首を両手で強く締め付け、崖下に突き落とした行為につき、甲に殺人罪(199条)が成立しないか。
2(1) 「殺した」とは、人の死という結果発生の現実的危険性を有する行為をいう。眠っているXの首を両手で強く締め付ける行為は、それにより、Xの死という結果発生の現実的危険性を有する行為である。よって実行の着手は認められるが、Xの死という結果は、直接的には甲がXを突き落とした行為によって発生している。そこで、甲のXに対する首を絞める行為と死という結果との間に因果関係が認められるかが問題となる。
(2) 因果関係は、発生した結果に対する帰責の範囲を妥当なものにするために認められる概念である。そこで、実行行為の持つ危険が結果として現実化したといえる時に因果関係を認めるべきである。そして、本件のように因果の過程に実行行為者自身の行為が介在している場合には、具体的には、①実行行為自体の持つ結果発生の危険性の大小、②介在事情の結果発生の寄与の大小、③介在事情の異常性の大小よって判断する。
 本件では、他人の首を絞めるという甲の行為はそれだけで人の死という結果発生の現実的危険性を有する行為といえ、実行行為自体の持つ結果発生への危険性は大きいといえる。一方で、Xの死の直接の原因は、甲によるXの崖下への突き落とし行為であり、介在事情の結果発生への寄与度は大きいといえる。しかし、人を殺した者が証拠隠滅のために死体を隠す行為自体は異常性の高い行為とは言えず、介在事情が異常であるとは言えない。
 よって、Xの死の結果は、甲による首を絞める行為の危険が現実化したものといえるので、Xの実行行為と発生した結果との間には因果関係が認められる。
(3) 甲にはXを殺すという事実の認識がある。では因果関係の錯誤により故意が阻却されないか。
 因果関係の認識も故意の要素であると解するが、行為者の表象した因果の経過と実際に発生した因果の経過とが相当因果関係の範囲内であれば、規範の問題は与えられていたといえ、故意責任を問えると解する。
 本件では、甲がXの首を絞める行為、そのあと崖下に突き落とす行為、Xの死という結果との間の実際の因果の経過の中に、甲がXの首を絞めて殺すという因果の経過が含まれている。よって、行為者の表象した因果の経過と実際の因果の経過とは相当因果関係の範囲内といえる。
 よって、因果関係の錯誤はなく故意は阻却されない。
(4) 以上から、甲にはXに対する殺人罪が成立する。
2(1) 甲がXの財布から現金3万円を抜き取った行為につき窃盗罪(235条)の成否が問題となる。
(2) 「窃取」とは他人の財物をその意思に反して自己の支配に移転することをいう。甲は3万円を抜き取ってポケットに入れているので、他人の財物をその意思に反して自己の支配に移転しており、「窃取」といえる。
 では窃盗の故意が認められるか。甲は、窃取の時点でXが死んだと思っているが、実際は生きており、占有離脱物横領罪の故意で、窃盗罪を犯している。そこで、行為者の表象した事実と実際に発生した結果が異なる構成要件にまたがる場合でも故意が認められるかどうかが問題となる。
 故意責任の本質は、規範の問題に直面したのにあえて実行行為に出たことに対する責任非難である。そうであれば、行為者の表象した事実と発生した結果とが異なる構成要件にまたがる場合でも、それらが行為態様や保護法益の観点から、実質的に重なっているといえる場合には、規範の問題は与えられていたといえる。よって、軽い罪の範囲内で故意を認めることができると解する。
 本件では、占有離脱物横領罪と窃盗罪は、行為態様は財物の占有移転、保護法益は他人の財物という点で共通であるので、軽い占有離脱物横領罪の範囲内で故意を認めることができると解する。
 以上から、甲には占有離脱物横領罪の故意が認められ、占有離脱物横領罪が成立する。
3 甲がXの携帯電話機を捨てた行為は、財物の効用を喪失させる行為であるので、「損壊」といえる。よって器物損壊罪(261条)が成立する。
4 携帯電話は「他人の被告事件に関する証拠」にあたらないので、証拠隠滅罪は成立しない(104条)。
5 以上から、甲には殺人罪、占有離脱物横領罪、器物損壊罪が成立し、併合罪となる。
                               以上

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