R6司法試験 再現 刑事訴訟法

第1 設問1
1 本件の鑑定書は、鑑定人の公判廷外の供述を内容とする証拠であって、その内容の真実性が問題となる伝聞証拠(刑事訴訟法(以下法名省略)320条)であるから証拠能力が否定されるのが原則であるが、鑑定人によるその名義及び内容にかかる真正作成供述がされれば、例外的に証拠能力が認められる(321条4項)。
2 ポリ袋内の結晶の鑑定に先行する手続きに違法があり、鑑定書の証拠能力は認められないのではないか。
3 まず、Pは甲に対し職務質問(警察官職務執行法(以下「警職法」という)2条1項)を行っている。Pは、覚醒剤の密売拠点となっているとの情報のある本件アパートの201号室(以下「201号室」という)から出てきた人物が甲に本件封筒を手渡すのを目撃し、これに覚醒剤が入っている疑いを持った。そのため、甲に不審事由(同項)があり、本件の職務質問は適法である。
4 次に、Pは本件かばんの中に手を差し入れ、その中を探っており、これは所持品検査にあたるが、適法か。
(1) 所持品検査は、口頭による質問と密接に関連し、職務質問の効果をあげる上で、必要性有効性が認められる。そのため、所持品検査は、職務質問に付随して行われる限り、警職法2条1項を根拠に許されうる。そして、所持品検査は相手方の承諾を得て行うのが原則であるが、承諾なき場合でも、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り(同法2条3項)、必要性、緊急性、これにより侵害される個人の法益と保護される公益の権衡等を考慮して具体的状況のもと相当なときには許容される(警察比例の原則 同1条2項)。
(2) 本件の所持品検査は、上記適法な職務質問に付随して行われている。
 Pはいきなり本件かばんのチャックを開け、その中に手を差し入れた。それにとどまらず、Pは、その中を覗き込みながら在中物を手で探り、同かばん内の書類を手で持ち上げており、それによって、その下の注射器という、本件かばんを開け中を覗いただけでは視認することのできない物品を発見し、取り出している。そのため、確かに、かかる行為は、外部から認識できない本件かばんの中身を他者に見られないという甲のプライバシーの利益(憲法13条後段)を制約している。しかし、Pは、甲が覚醒剤の入っている疑いのある本件封筒を本件かばんに入れるのを目撃しており、同封筒が同かばん内に存在することを認識していた。それなのに、Pは、その場でさらに本件かばんの中を探って本件封筒を取り出すことをあえてしていない。そして、Pが本件かばんから取り出したのは、上記注射器1点のみである。そうだとすれば、上記行為は、捜索に至ったとまではいえない。また、プライバシー以外の点において、上記行為により甲の重要な権利利益は制約されておらず、上記行為は強制にわたらない。
 甲は、覚醒剤密売の拠点である可能性のある201号室から出てきた者から覚醒剤の入っている疑いのある本件封筒を受け取っており、覚醒剤所持罪という、法定刑が懲役10年以下の重大犯罪を犯している疑いがある。そして、201号室を拠点とする覚醒剤の密売は組織的に大規模に行われている恐れがあり、その真相を解明する必要性が大きいところ、甲はその手がかりを有する可能性が高い。また、甲には覚醒剤使用罪の前科があり、覚醒剤事件の再犯率の高さに鑑みれば、甲への上記疑いは強まっていた。そのうえ、甲は、異常に汗をかく等の覚醒剤常用者の特徴を示していたし、封筒の中を見せるようPが求めたのに対し、いきなり走って逃げ出すという不審な素振りを見せており、甲への上記疑いは極めて強くなっていた。また、覚醒剤事件は密行性が高く、被害者のいない犯罪であるから証拠収集が困難であり、甲の有する疑いのある本件封筒内の覚醒剤は重要な証拠である。覚醒剤は水に流す等によって隠滅するのが容易であるから、甲が覚醒剤をその発見前に隠滅してしまう恐れもあり、その場で覚醒剤という証拠を確保する緊急性もあった。そして、上述の通り、組織的に行われている恐れのある覚醒剤密売事件を解決するというPの行為により達成される公益は大きい。
 しかし、Pの上記行為は、捜索には至っていないとしても、外部からは認識できない本件かばん内の注射器を取り出す行為である。これにより、かばんの中を他者に見られないという甲のプライバシーの利益は大きく侵害され、上記行為は捜索に類する行為といえる。また、Pは、いきなり本件かばんの中を探るのではなく、甲をその場に留め置いて本件かばんについての捜索差押許可状を請求、取得し、令状に基づいてこれを捜索するという手段も取り得た。そうすると、Pの上記行為は相当性を欠く。
(3) よって、Pの上記行為は違法である。
5 上記違法により、鑑定書の証拠能力が否定されるか。
(1) 証拠収集手続の先行手続に違法がある場合、司法の廉潔性維持、適正手続の保障(憲法31条)、将来における違法捜査の抑止の観点から証拠能力を否定すべきである。しかし、かかる場合もその証拠価値自体は変わらない。そこで、①証拠収集手続の先行手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、かつ、②それを証拠として許容することが将来における違法捜査抑止の観点から相当でない場合には、証拠能力が否定される。
(2) Pの行った所持品検査について上記違法がある。確かに、同所持品検査は、捜索差押許可状を得て行うべき捜索には至っておらず、任意の手段としての相当性を欠いたにとどまる。しかし、上述の通り、同所持品検査による甲のプライバシー制約の程度は、捜索に類するまでに達していた。そして、Pは何らの令状なく同所持品検査を行った。そうすると、上記違法は令状主義の精神を没却するような重大な違法といえる(①)。
 また、確かに、被疑事実は覚醒剤所持という密行性の高く、証拠確保の困難な犯罪であるから、鑑定書の証拠価値は高い。さらに、Pは、上記所持品検査を経て作成された捜査報告書①、②を疎明資料として本件かばん等に対する捜索差押許可状を取得し、その捜索差押えを実行した結果、本件封筒及びそれに入った覚醒剤の結晶入りのポリ袋を発見し、その鑑定にかかる鑑定書を取得している。本件かばんにかかる捜索差押えは捜索差押許可状に基づき行われており、その発付に際し裁判官による令状審査を経ているから、上記所持品検査の違法性は希釈化されているとも思える。しかし、疎明資料となった注射器発見の経緯に関する捜査報告書②には、Pが本件かばんの中に手を入れて探り、書類の下から同注射器を発見して取り出したという上記違法な事実が記載されていなかった。そのため、令状裁判官は十分な資料のもと令状審査を行えておらず、上記違法性の希釈化は認められない。そして、上記違法な所持品検査が行われたからこそ、注射器が発見され、上記捜索差押えが実現し、鑑定書が作成されることとなったから、上記所持品検査と鑑定書は密接に関連している。以上からすれば、鑑定書を証拠として許容することは相当でない(②)。
(3) よって、鑑定書の証拠能力は認められない。
第2 設問2
1 捜査①
(1) 捜査①は強制処分(197条1項但書)にあたり、令状なく行われている点で令状主義(憲法35条1項、法218条1項)に反し違法ではないか。
ア 強制処分とは、①相手方の明示又は黙示の意思に反して行われ、②その重要な権利利益の制約を伴う処分をいう。
イ 捜査①は、喫茶店店長の承諾を得て行われているから同店長の意思には反しないが、乙はこれを拒むと考えられるから。乙の黙示の意思に反する(①)。
 捜査①は、喫茶店において、乙の首右側やその椅子に座って飲食する姿を撮影するものである。喫茶店は、誰でも自由に出入りすることのできる場であって、喫茶店における姿は何人からも観察されうるものである。確かに、単に姿を他者に見られるよりも撮影される方がそのプライバシー制約の程度は大きい。しかし、上記の性格を有する喫茶店においては、自己の姿を他者に撮影されないというプライバシーの利益に対する期待は相当程度減少している。また、撮影対象となった乙の身体の部位も、首右側という、着衣によって隠されることのない、外部から容易に観察しうる箇所である。そうすると、捜査①によって制約される乙の自己の姿を他者に撮影されないというプライバシーの利益は重要な権利利益とはいえない(②不充足)。
ウ したがって、捜査①は強制処分にあたらず、令状主義に反しない。
(2) もっとも、捜査①は任意捜査の限界を越え違法ではないか。
ア 捜査比例の原則(197条1項本文)から、任意捜査は、必要性、緊急性等を考慮して具体的状況のもと相当といえる場合に許容される。
イ 201号室は覚醒剤密売の拠点である疑いがあるところ、同室の賃貸借契約の名義人は乙であった。さらに、乙には覚醒剤所持罪の前科があり、その再犯可能性もある。そうすると、乙が201号室での覚醒剤密売に関与している疑いが強い。また、上述の通り、同室での覚醒剤密売は重大犯罪である上、組織的に大規模に行われているおそれもあり、真相解明の必要性が高度に認められる。そのため、乙が誰であるか特定する捜査上の要請が強い。そして、Pが本件アパートの張り込みにおいて確認した、201号室に入って行った3名の男性のうち1名の顔が乙の顔と極めて酷似していた。乙の首右側には小さな蛇のタトゥーという特徴的なタトゥーが入っていることが判明していたから、同男性の首右側にタトゥーが入っているか否か及びその形状を確認できれば、同男性が乙であると確認することができた。そのため、乙の首右側を撮影する必要性が高かった。
 捜査①は喫茶店の店長の承諾の上行われている。撮影時間も約20秒間と短時間であって、乙の首右側を撮影するための必要最小限度にとどめられている。また、確かに、捜査①の映像には、乙の後方の客という本事件とは無関係の者の姿も映っているが、Pがかかる者をあえて撮影したものではなく、乙を撮影する上で不可避的に映像に入り込んだにすぎない。そして、上述の通り、乙の喫茶店において姿態を撮影されない利益に対する期待は相当程度減少している。
ウ よって、捜査①は相当といえ、任意捜査として適法である。
2 捜査②
(1) 捜査②は強制処分にあたり、令状なく行われている点で令状主義に反し違法ではないか。
ア 強制処分該当性は上述の基準で判断する。
イ 捜査②はビルの所有者及び管理会社の承諾を得て行われているから、これらの者の意思には反しない。しかし、乙らは捜査②を拒むと考えられるから、捜査②は乙らの黙示の意思に反する(①)。
 捜査②の撮影対象は、201号室の玄関ドアやその付近の共用通路である。同室の玄関ドアは公道側に向かって設置されていたから、上記撮影対象は公道から容易に観察しうるものである。そのため、これを撮影されないプライバシーの利益に対する期待は減少しており、重要な権利利益の制約はないとも思える。
 もっとも、捜査②で撮影された映像には、同室玄関ドアが開けられるたびに玄関内側や奥の部屋に通じる廊下(以下「内側」と総称する)が映り込んでいた。確かに、内側が一度映像に写り込んだとしても、それだけでは、内側の様子にかかる詳細な情報が取得されることはない。しかし、捜査②は、令和5年10月3日から同年12月3日までの2ヶ月もの長期間の間、毎日24時間にわたって201号室の玄関ドアを撮影し続けるものである。乙らは捜査②の撮影中に幾度となく201号室を出入りし同玄関ドアを開けるのである。そうすると、捜査②によって、その出入りのたびに、反復継続的に内側が撮影され、内側の様子に関する情報が累積する。これにより、Pは内側の様子に関し相当具体的に認識することが可能になる。内側は、外部からは観察されることのない場であって、乙らは内側の様子を他者により認識されないことを期待しうる地位に立つ。そうだとすれば、捜査②は乙らの私的領域の相当深い部分にまで侵入するものといえる。そのため、捜査②は、乙らの内側の様子を他者に認識されないプライバシーの利益という重要な権利利益の制約を伴う(②)といえる。
ウ したがって、捜査②は強制処分にあたる。
(2) 捜査②は、捜査員の五感の作用を通じて物、場所、人の性状を認識する処分として検証の性質を有するから、強制処分法定主義(197条1項但書)には反しない。しかし、検証令状なく行われているので、令状主義(憲法35条1項、法218条1項)に反し違法である。
                                         以上

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