R6司法試験 再現答案 民法

第1 設問1(1)
1 小問ア
(1) 請求1は、所有権(民法(以下法名省略)206条)に基づく乙建物収去甲土地明渡請求である。Cは、これに対して、契約①による甲土地賃借権に基づく占有権原を有すると反論している。
(2) 契約①は甲土地の所有権を有しないBとCの間で結ばれた他人物賃貸借(559条・561条)であるから、Cの占有権原を基礎付けないのが原則である。
(3)ア また、他人物賃貸人が死亡し、当該賃貸借目的物の所有者が他人物賃貸人を相続した場合でも、両者の地位は融合せずに併存すると解されるから、当該賃貸借契約が当然に上記所有者に帰属することはない。
 そして、確かに、上記場合、相続により、賃貸借目的物所有者にその賃貸人たる地位が承継されるため、同所有者は賃貸借目的物を賃貸することを拒めないとも思える。しかし、相続という偶然の事情により当該目的物の所有者がその使用収益をすることができなくなるとすれば、どう所有者に酷である。また、同所有者が賃貸借契約を締結したのではないから、かかる者が他人物賃貸借契約の追認(116条類推適用)を拒絶しても信義則(1条2項)に反しない。そこで、上記場合にも、賃貸借契約は賃貸目的物所有者に当然に帰属せず、同所有者は追認拒絶をすることができると解する。
イ BはAの所有する甲土地をCに賃貸(契約①)した(601条)。Bが「死亡」(882条)し、その「直系尊属」(889条1項1号)たる親AがBを相続した。しかし、契約①は当然にAに帰属することはなく、Aは契約①の追認を拒絶できる。Aは甲土地をCが利用しているのに気づいて請求1を行っており、追認を少なくとも黙示的に拒絶している。
ウ したがって、契約①はAに帰属していない。
(4) よって、上記占有権原は認められず、Cはアの反論に基づき請求1を拒むことができない。
2 小問イ
(1) Cは「他人の物」たる甲土地を「占有」しており、300万円の損害賠償請求権(415条2項1号)を被担保債権とする留置権(295条1項)を反論として主張している。
ア 「その物に関して生じた」とは、被担保債権となるべき債権の発生時点において、その債務者と物の引渡請求権者とが同一である場合をいう。
イ 甲土地の使用収益はAがCに対して請求1を行った時点で不能になっており(616 条の2参照)、契約①において損害賠償額を300万円とする特約が付されているから、かかる時点で上記損害賠償請求権が発生している。これに対する損害賠償債務は、Bの死亡によりAが相続している。そして、上記損害賠償請求権発生の時点で、甲土地の明渡請求権者はAである。そのため、その債務者と物の引渡請求権者とが同一であるといえ、「その物に関して生じた」にあたる。
ウ したがって、上記反論は認められそうである。
(2) 上記留置権の主張は信義則(1条2項)に反しないか。
ア 留置権の主張が著しく不合理な特段な事情がある場合には、その主張は信義則上許されない。
イ 確かに、AがBを相続したからこそ上記牽連性要件が充足したので留置権主張を認めることは不合理とも思える。しかし、契約①締結にあたっては、CはBに対し、甲土地の所有権の登記名義人がAである理由を尋ね、Bから甲土地は父Aから贈与を受けたという一応の回答を得ている。その上で、Cはなお不安が残ったために上記損害賠償額の予定の特約を付したもので、300万円という賠償額も不当に高額とまではいえない。そうすると、上記特段の事情はない。
ウ 上記留置権の主張は信義則に反しない。
(3) よって、Cは反論イに基づき請求1を拒める。
第2 設問1(2)
1 小問ア
(1) 請求2は、不当利得返還請求(703条)として令和4年9月分の賃料の一部の返還を求める物である。
(2) 同月11日、乙建物の「一部」(611条1項)である丙室で雨漏りが発生し、同日以後丙室は「使用」することができなくなった。上記雨漏りは、契約②締結前から存在していた原因によるから、Dの「責めに帰することができない事由」による。そのため、同日以降の丙室使用分について、賃料が当然に減額される(同項)。
(3) Dはかかる雨漏りについて、修繕が必要であることをAに「通知」(607条の2第1号)していないが、611条1項の賃料減額は賃貸目的物の一部の使用収益ができないことをもって当然にされると解されるから、上記通知を欠いたことは賃料減額を妨げない。
(4) Dは9月分の賃料を全額支払っているので、上記丙室使用分の賃料相当額について、「法律上の原因」なく、Aが利得を得、これによりDに損失が生じている。
(5) よって、請求2は認められる。
2 小問イ
(1) Dは608条1項に基づき請求3を行っている。
(2) 丙室は雨漏りにより「使用」することができなくなっていたから、「賃貸人」Aは、その「修繕」を行う義務を負っていた(606条1項本文)。そして、「賃借人」Dは、Aに代わって上記雨漏りの修繕工事をEに依頼して報酬30万円を支払ったから、「賃貸人」Aの「負担に属する必要費」として30万円を「支出」した。したがって、上記請求は30万円全額について認められるとも思える。
(3) しかし、本件工事を急ぐべき「急迫の事情」(607条の2第2号)はなかったから、Dが上記修繕を行うためには、Aに修繕の必要性を「通知」(同条1号)し、Aが相当の期間が経過しても修繕を行わないことが必要であった。それなのに、Dは丙室の修繕の必要性をAに何ら「通知」していないから、Dは請求3をすることはできないとAは反論する。
ア 確かに、賃借人が賃借物の修繕を行う場合、事前に賃貸人に「通知」するのが原則である(同号参照)。しかし、かかる通知を欠いたとしても、修繕義務が賃貸人に属する(606条1項)ことには変わりがなく、賃借人が修繕を行った場合は、かかる通知義務違反に基づく責任が賃借人に生じうることは別論、賃借人の必要費償還請求は妨げられないと解する。
イ したがって、Dが上記通知を怠ったとしても、Aの上記反論は認められない。
(4) Aは請求3が20万円の範囲で認められるに過ぎないと反論する。
ア 必要費償還請求権(608条1項)の法的性質は不当利得返還請求権(703条)であると解される。そして、修繕に要した費用については、修繕に通常必要となる金額の限度でのみ「法律上の原因」なき利得が認められ、その限度で必要費償還請求権が認められると解する。
イ Dは本件工事を報酬30万円で依頼し、支出した。しかし、Aが一般の建設業者に依頼していれば20万円で足りたのであって、本件の雨漏りの修繕に通常必要となる金額は20万円である。
ウ したがって、Aの上記反論は認められる。
(5) よって、請求3は20万円の限度でのみ認められる。
第3 設問2
1 Iは丁土地の所有権(206条)に基づき、これを占有するFに対して丁土地の明渡請求をしている。
(1) 丁土地を所有するGはこれをHに財産分与として譲渡し(契約③)、HがこれをIに売った(契約④ 555条)。そのため、Iは丁土地の所有権を有すると主張する。
(2) これに対して、Fは、契約③は錯誤に基づき取り消されている(95条1項2号)から、Iは丁土地の所有権を取得していないと反論する。
ア Gは、丁土地について課税されるのは真実はGであるのに、これがGではなくHであると誤信しており、かかる錯誤「に基づ」いて(95条1項柱書き)、契約③の意思表示をした。取引当事者のいずれに課税されるかに関する上記錯誤は、土地の譲渡にかかる「取引上の社会通念」に照らして「重要」であるし、課税額は約300万円と高額であって、夫婦の共同財産の清算分配という契約③の「目的」に照らしても、上記錯誤は「重要」である。上記錯誤は、丁土地について課税されるのはHであるというGの「基礎とした事情についてのその認識が真実に反する」動機の錯誤(95条1項2号)である。
イ Hに課税されるとの事情が契約③の基礎とされていることが「表示」(95条2項)されていたか。
(ア) 「表示」とは、表意者が、意思表示の基礎とした事情にかかる認識を相手方に明示または黙示に表示し、これを相手方が認識することで当該事情が法律行為の内容となっていることをいう。
(イ) Gは丁土地以外の財産をほとんど持っておらず、また、失職中で収入がないという厳しい財産状況であったので、丁土地にかかる税金を支払うだけの経済的能力はなかった。Gは契約③締結に先立ち、かかる財産及び収入の状況をHに伝えていた。さらに、契約③締結の際には、Gは、GではなくHに課税されることを心配してそのことを気遣う発言をしていた。そうすると、Gは、Hに課税されるというGの意思表示の基礎となった事情に関するGの認識をHに対して黙示的に表示していた。そして、Hは、Gの発言に対して、「私に課税される税金は何とかするから大丈夫」という、Hに課税されることを前提とした応答をしている。現に、HはHにのみ課税されるものと理解していた。そうすると、HはGの課税先に関する上記認識を認識しており、Hに課税されることが契約③の内容となっていた。
(ウ) したがって、「表示」が認められる。
ウ 以上から、Fの反論は認められそうである。
(3) しかし、Iは、契約③が取り消されるより前にHから丁土地を買っており、取消し前に丁土地について新たに独立の法的利害関係を有するに至った「第三者」(95条4項)にあたる。Iは、Gの上記錯誤について契約④締結時において知らず、そのことにつき「過失がな」かった。
 したがって、Iが保護され、上記Fの反論は認められない。
(4) そして、Iが保護される結果、丁土地の所有権は、GからH、HからIに移転している。
(5) さらに、Fは、自己はGから丁土地を買った(契約⑤)から、丁土地について登記の欠缺を主張するにつき正当な利益を有する「第三者」(177条)にあたるところ、Iは丁土地の所有権移転登記を備えていないから、Iがその所有権者であることを認めないと反論する。
 しかし、Hが丁土地の所有権移転登記を具備したことで、Hはその所有権を確定的に取得しており、その後に丁土地を購入したFはその所有権を取得しえず、「第三者」に当たらない。そのため、上記反論も認められない。
2 よって、請求4は認められる。
                                         以上

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