見出し画像

夜のままで

僕には好きな人がいる。
2つ上の、大学の先輩だ。

先輩と僕が所属する文学同好会では、毎週火水金曜日、部室に集まり、雑談したり、読書会をしたり、小説を書いたり、お菓子を食べたり、雑談したり雑談したり雑談したりしている。
文学同好会と言うよりは、雑談同好会の方が正しいかもしれない。
(なんて言うと、部長に叱られるので言わない。)


ある日の昼休み。次の授業の教室への移動途中。
校舎の前では、サークル部員たちが一生懸命ビラを配っている。
桜の花は散っていて、葉をつけ始めていた。
当時の僕は、サークルに入るつもりなんて無かった。
友達付き合いが面倒だと思っていたのだ。
誰と居ても正直気を遣うし、神経がすり減るので、一人で居た方が気が楽だ。
(サークルに入ればきっと楽しい。友達もできる。
でもどうにも気が乗らないな…。)
気が乗らないまま時は過ぎ、桜はいつの間にか緑色に変わっていたのだった。

けど、ビラを渡されたその時、先輩の目に射抜かれてしまった。即入部した。自分の行動力に驚いた。
僕が入学したての頃の話だ。

先輩は優しい。
後輩思いで、一言で言うと姉御肌。
後輩の書いた小説を読んでは、まず肯定の評価。
批判しない。「もっとこうしたら良くなると思うんだけど、どうかな?」と、あくまで書き手の意志を尊重する。真面目だ。
また、先輩が小説を書いた時には、後輩である僕達にも意見や感想を求めてくる。
「先輩に対して意見は言いづらくないのか?」と言うと、そうでもない。
なぜなら、先輩はいつだって、「貴重な意見をありがとう!助かった!」と言ってくるのだから。
だが、別に先輩は女神というわけではない。

先輩は男勝りで、「ガハハ」と笑う。
(なんて言うと、ものすごく怒られそうなので言ったことはない。)
女らしさに囚われていない。
髪は短く、服装もシャツやデニムが多い。
重い物も進んで運ぶので、見た感じが危なっかしくてしょうがない。
手を貸したいのだが、先輩が不機嫌になりそうで声をかけづらい。
(前に手伝おうと声をかけたら、「いらん!」「なめるな!」と言われた。)

先輩は明るく、太陽のような存在だ。
(なんて言うと、ものすごく蔑んだ目で見られ、ボソッと「キモっ」と言うと思うので言ったことはない。)
部屋の隅っこで丸まりがちな僕を、よく皆のところへ引っ張り出す。
「おい植山!雑談同好会だぞ、サボるなよー」
なんて言いながら。
(この後、「文!学!同好会だ!」と、部長が激怒するまでがお約束である。)

だけど時々、先輩は、ふと悲しそうな、寂しいような目をすることがある。
何がそうさせるのかはわからない。
でもその時、先輩がどこか遠くへ行ってしまうのではないか、その小さな背中に、何か重い荷物を背負っているのではないか、僕にその荷物を運ぶのを手伝わせてはくれないのか、……と色々考えてしまうのだ。

まるで、夜の月のように。静かな白い横顔。
笑ってほしいなと思う。

重い物くらい、少しくらい僕に手伝わせてくれたっていいのに。


少し不安になり、1度、「先輩、どうしたんですか?」と話しかけたことがある。
そうすると、先輩はまた太陽に戻って、「え?何が?」と笑うのだ。

先輩の何が決定的に僕に刺さったのか、未だによくわからない。
が、なんだかずっと目が離せないようで、なのにずっと直視できないような存在になってしまった。

気持ちは膨らんでいく。
先輩のことが頭から離れない。
脳内にこびり付く笑顔。
そのくせ、その笑顔はなんだかキラキラとしていて、霞みがかっているようではっきりしない。
僕は、先輩を好きでいて、先輩を見ているようで、顔をよく覚えていないようだ。
どんな顔で笑うんだっけ。見たい。会いたい。


ある金曜日の4限後。文学同好会が始まる時間。僕は先輩と2人きりで部室にいた。
元々、部員は6名しかいないため、2人しかいない、なんてことはザラにあった。
だけど、他でもない、「先輩」と2人でいる、という状況は初めてだ。
最初で最後のチャンスかもしれない。

「今日は2人かー。解散する?それとも本読む?雑談??」
「………そうですねー……」

先輩が冗談めかして色々行ってくるが、僕の脳内はそれどころではない。

僕は、なんとか先輩と2人で出かけられないか、予定を聞けないか、いつ都合がいいのか、そもそも僕なんかと外出してくれるのか、それはもはやデートなのではないか?等と、頭の中でまたぐるぐるぐるぐると黒い渦を発生させていた。
そうこうしているうちに、時間だけは過ぎていく。

「植山、もう解散にするか!帰ろ!」
「………そうですねー…」

玉砕。もういい、次の機会を待つか。
次の機会なんてあるのか。作るしかないのか。どうしよう。
いや、今ここで機会は作る。
僕から誘う。先輩を。なんて?
空いてますか、って。日曜日。

「先輩、今度の日曜…」

「植山、今度の日曜日空いてる?」

声が重なった。
ん?と思い、顔を上げた時、すぐ近くに先輩の顔があったので、思わず後ずさりしてしまう。

「日曜日!バイトなくて暇なの!どっか行こうよ」「え」

思考停止。

「え、え、え??僕?僕に言ってますか?」
「いや、他に誰がいるんだよ。」


心の声がダダ漏れ。カッコ悪すぎる。
まさか先輩から誘われるなんて。これは夢?

「空いてないなら…」
「いや、空いてます!」

思わず大声が出る。恥ずかしい。かっこ悪い。
ただでさえ、先輩より年下で頼もしくないのに…。
この僕が、先輩と出かけるなんて、良いんだろうか。

「じゃあ、日曜日。」



先輩から誘われた。夢かと思った。

思わずスキップしそうになる。
何となく、姉が持っていたタロットカードの「愚者」を思い出す。
僕って愚者なんじゃないか?
崖下に落ちたりしない?

弾む気持ちでいる一方、僕で良いのか、僕と居て先輩は楽しいのだろうか、リードできるのか、いや、そもそも付き合ってるわけじゃないのだから、普通にしていればいいのだ、でもこれは傍から見たらデートなのではないか、いやでも、先輩から見たら僕はただの友達、または弟のような存在なのではないか…
とまたぐるぐるぐるぐる渦を発生させていた。

きっとこの気持ちのまま、土曜日の夜まで悶々とひているのであろう。
でも、なぜたか気分は悪くない。
悪くない。



「あーーーーーーーー」

土曜日夜。
明日は日曜日。
火曜日でも水曜日でも金曜日でもない。
あの人と、初めての日曜日。

自分で良いのだろうか。
このまま。
傍から見たらデートなのではないか…
と、ぐるぐるぐるぐる渦を発生させていた。


「どうしよう。でも、すごく楽しみだ。」


窓には、薄くて白い三日月が昇り、こちらを見て微笑んでいる。
早く寝ないといけないのに、少しずつ夜は深くなってゆく。


「楽しみだな。」


緊張するな。大丈夫かな。
初めて過ごす日曜日。
このまま、夜のまま、明日が来なきゃいいな。
でも、早く明日になってほしいな。

相反する気持ちのまま眠る。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐる………

「あー…」


「どうしよう、やっぱり植山のことが好きだ。」



年上のくせに、頼りないなんて思われたらどうしよう。

なんて1人呟き、布団を被った。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?