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罪と甘さ

久々に恋をした。
同じ大学の、同じサークルの、可愛い後輩に恋をした。
まさか、と思った。
今までずっと、「弟のような後輩」としか見ていなかったから。

君だって、私のことを「姉のような先輩」として見ていただろう。

大学卒業後、君とは疎遠になるだろうと思っていた。
けど君は、「先輩、ご飯行きましょう!」と何度も誘ってくれた。

最初は焼肉。
君が「車を出す」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。

焼肉を頬張る君の笑顔。
少しドキドキしたのは間違いだと思いたかった。

君が財布を出そうとするのを制して、私はお金を全額払った。
だって先輩だから。

食事を終えたあと、お店の外で私はソワソワした。
認めたくないけど、別れるのが寂しかった。
そんな私を見かねてか、君は
「この後ドライブしましょうよ。」
と言ってきた。
仕方がないので、甘えることにした。

他愛無い会話をするだけのドライブが、こんなに楽しいなんて知らなかった。

2回目は居酒屋。
君はまた車を出してくれた。
「私だけお酒を飲むのは悪い」と言ったけど、君は優しかった。
私だけ、楽しく酔った。

君が財布を出そうとするのを制して、また私はお金を全額払った。
だって先輩だから。

帰り際、君は家の近くまで送ってくれた。
2人きりの車内。窓の外は夜。
このまま、走り出したままでいたい、そう思った。

「送ってくれてありがとう。またね!」
そう言って車から出ようとした時、君は私の手を握った。

「え?」
「なんでもないです。少し寂しくなっただけ。」
そう言って手を離した君は、本当に寂しそうな顔をしていた。

「また連絡するね。」

また手を握りたい。
その後のLINEで、君はそう言った。

「手はコンプレックスだから、触られたくない。」
「俺は先輩の手、好きですけどね。」
君がそう言ってくれたのが嬉しかった。

「わかった。いいよ」
と返したものの、何かが壊れそうで、何か間違っている気がして、何かが手から手へ伝わってしまいそうで、すごくすごく怖かった。
とても怖かった。

「君って彼女いるの?」
怖かったけど、飛び込んだ。止められなかったから。

「いないよ。」

「仲がいい女友達はいるけど。」

以降、私はネットで頻繁に
「手を握る 脈あり」
と検索するようになってしまった。

3回目は寿司。

この頃、私は君に不信感を抱き始めていた。

やたら優しいLINE。
そのくせ、「彼女いるの?」と訊くと、
「俺のことはいいよ」
「そんなことより、先輩は好きな人いないの?」
と返してくること。

でも、口では「彼女はいない」と言ってくること。

手は握ってくるくせに、「好き」とは言ってくれないこと。

何かがおかしい。怖い。
でも私は、君のことが好きだった。

なぜ手を握るの?
なぜ熱っぽい目で見てくるの?

わからなければ、わからないままでも良い。
でも、自分がこれからどうしたいか。
それだけははっきりさせたかった。

だから、これで最後にしようと。
そう思って、君と最後の食事に行くことにした。

君はまた、車で迎えてくれた。
すぐに私の手を握ってきたが、私はそれを払い除けた。

君はニヤニヤと笑っていた。
「え?何で?ダメだった?」

私はカチンときた。

なぜわざわざ手を触るの?
なぜ私の気持ちを無視して触れるの?
こんなの、電車にいる痴漢と同じじゃないか!

なんとか怒りをこらえ、私はあくまで冷静に、まるでビジネスの相手のように、もしくは、「初めて会った、もう二度と会わない人」のように、君と距離をとった。

食事中は無難な話題を選び、また私はお金を全額払った。
だってもう、会いたくないから。
君に貸しなんか作りたくないから。

「送るよ。」
君は車内でまた私の手を握ろうとする。
私はまた払いのける。

「またね」
と言う君に、私は
「さようなら。」
と返した。

「これからご飯行きましょうよー」
「はいはいわかったよ。」

同じ大学の、同じサークルの後輩。年下の女の子。
名前は真奈。

同学年ではないが、共通の趣味があるせいか、真奈とは気が合う。
大学を卒業してからは特に、2人で飲みに行ったり、出かけたりしている。

その日は真奈と2人でお寿司を食べに行くことにした。

「お寿司久しぶりですー。」
「そう?」

私は久しぶりではなかった。
少し前に君と行ったから。

どんな話の流れだったかは忘れてしまった。
なんとなく、恋人がいるかどうか、という話になった。
真奈には彼氏がいると聞いていたので、写真を見せてもらうことにした。

「先輩も知っている人ですよ。」

まるで役に立たない、5秒先を読める予知能力のようなものが発動した。
嫌な予感がする、そう思ったときにはもう写真にくぎ付けだった。

「彼氏です。1年前から付き合ってます。」

そこに写っていたのは、笑顔の真奈と、君。

数か月後、生まれて初めて彼氏ができた。
これは奇跡なのかもしれない。
「ショートヘアで、シンプルな服装をする女性が好き」という彼は、私のすべてを好きでいてくれた。
私を不安にさせることは一切しなかった。

「お疲れ様です。先輩、一人暮らし始めたって聞きました。お家行っても良いですか?」
ある日、あいつからそんなふざけたLINEがきた。

どれだけなめられているんだろう。
先輩として?いや、女として?人として。

真奈とあなたが恋人同士だと知っていること、家には来ないでくれ、ということ、すべて伝えた。
全部、全部伝えた。
私が君を好きだった、というところだけ除いて。

するとあいつは、
「彼女とは1年前から付き合ってます。」
「先輩とは友達みたいな関係でした。」
と返してきた。

「じゃあ、なぜ手を握ったの?」

「先輩とは、友達みたいな関係だったからです。」
「というか先輩、髪短いし、格好も女性らしくないし、正直男友達にしか見えませんでした。」

もう怒りすら沸かなかった。

「先輩、彼氏作ったほうが良いですとよ。」
と言われたので、
「もうできたよ。」
と返した。

「そうですか、今までありがとうございました。お幸せに。」

以降、私はあいつと連絡をとっていない。

「先輩、今度は焼肉行きましょうよー」
「焼肉は苦手だから、ラーメンにしようよ。」
「焼肉が苦手なんて、珍しいですね。」
「焼肉してる時に手をやけどしたことがあって。
トラウマになってるんだよ。」

真奈と私は相変わらず仲が良い。
そして、真奈とあいつも、相変わらず仲が良い。

真奈があいつの写真を見せる度に、真奈があいつとの思い出を語る度に、胸が痛くなる。

もちろん、嫉妬ではない。
これは怒りだ。

大切な後輩を、傷つけたくない。

私があいつの手を拒まなかったことを、未だに真奈へ伝えられずにいる。

そして、後でわかったことだが、あいつは私以外の他の女性に対しても頻繁に連絡をとったり、手を握ったり、家へ行ったりしていたらしい。

それを知った後、私は完全に彼との連絡手段を絶った。
心底気持ちが悪い。
顔も見たくない。吐きそうだ。

「先週、彼氏とお祭りに行ってきました!」
「よかったねー」

私の左側から、写真を見せられる。
真奈の目はキラキラしている。
大好きな彼氏との思い出を語るとき、彼女はまるで少女のような顔をする。

一方の私は、今にも吐きそうな嫌悪感を隠しながら、食い入るように写真を見つめていた。

彼女には幸せになってほしい。
でも、彼には不幸になってほしい。

わかっている。
彼と彼女が一緒にいること、それが真奈にとっての幸せなのだと、わかっている。

つまるところ、私が願うことは、彼女をも不幸にするのではないだろうか。

大切な後輩だから。
大切な後輩だから。

私は今日も、素敵な先輩の仮面を被る。


自身の甘さに歯ぎしりをしながら。


真奈の笑顔と、写真の中のあいつの笑顔。

罪と甘さに挟まれて、原形を失いそうだ。

でも、それでも。





あのクソ野郎にはいつか痛い目を見てほしい。


右の口角だけが上がった。



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