運の良い人

「運気をあげるには」みたいな雑誌の記事で「あなたはどれぐらい運が良いか判断チャート」のようなものをやってみたところ、4つか5つのうちの上から2番目になってすこぶるご機嫌になった。

昔は「運なんて甘え!」「容姿や愛想のよさで良い評価をもらうのは間違っている!」という考えでゴリゴリに固まっていて、運なんて気にしなかったし、ごくたまに「かわいい」とかわいがられることがあっても「これは本当にたまたまのバグで真に受けてはいけない!」と思って握った拳に爪を食い込ませて過ごしていたが、いまや私の持てる力でなんとか頼れるのは「運」と「かわいさ(人間的な?)」しかない、とすら思っている。ただし全然育ててきていないので今のところめちゃくちゃ細い大黒柱だ。

そしてどの程度の信憑性のあるチャートかわからないが私の運の良さがBかB+ぐらいには評価されたのだ。これは嬉しい。

この、信憑性不明のチャートがある雑誌を手に取るのだって偶然なのだから、これは本当で、きっとわたしはそこそこ運が良いのだ。

そして「愛情で飯は食えん」と愛より合理性、で突っ走ってきたが、今や「愛ってなに?!もしかしてすごく大事なものなんじゃないの?これからは愛に生きよう!」とすら思っている。

私自身たいした能力は無いんだけれど、「頑張ってるから」「優秀だから」みたいな理由で愛されるのってどうなの?というこのタイミングで抱くのは良くない気がする疑問を抱き、努力と頑張りに向かいたくないこじらせとなっている。

要は器用貧乏で、けっこうなんでもある程度できてしまうが熱意や愛着が伴わないもんだから薄っぺらいのかね。どうするんだ。

いや、昔は熱意の暴走列車的なところがあったんだけど心身ともに振り回されて大変だった。そしてその熱意の暴走列車により現在の環境を勝ち取ったし、それなりに充実した人生を送っているな・・。

今はこの先何をやっていいのか具体的に全然みえてこないから、なんとなくさみしい気持ちになっている。けれど、愛情中心に生きるということは決めてあるのでそのうち見えたり、決められるといいな。今は己と周囲を全開で愛してみようとしている。

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