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羊葉文庫フェアvol.1 《海》

PASSAGE by ALL REVIEWSで一棚本屋をはじめて、およそ2ヶ月半が経ちました。自宅の蔵書からあれこれ考えつつ並べてきましたが、ある程度テーマを絞って選書したほうが本同士の関係性もみえてきて広がりがうまれるのではと思い、棚の半分をつかってフェアを組んでいくことにしました。
棚の状況と準備の具合次第なので不定期にはなりますが、大体1ヶ月くらいを目途に入れ替えていければよいかなと思います。
1回目のテーマは《海》。海洋小説や架空の航海記、海を舞台とした歴史書、博物誌など12冊の本を選びました。

ルイス・キャロル作、トーベ・ヤンソン絵『スナーク狩り』、穂村弘訳(集英社、2014年)

正体不明の生物スナークを探しに、船長ベルマンのもと集まったのは帽子屋、パン屋、肉屋、ビーバーらご一行。まっしろな海図を手に、ついにスナークと出会った乗組員たちの運命は……。ルイス・キャロルのナンセンス詩に、後年トーベ・ヤンソンが挿絵を付した冒険譚。穂村弘による七五調の訳文が心地よく、名久井直子のデザインもチャーミングな一冊。

シャマン・ラポガン『冷海深情:シャマン・ラポガンの海洋文学1』、魚住悦子訳(草風館、2014年)

台湾原住民族タオ族の作家、シャマン・ラポガンによる台湾東部の離島、蘭嶼を舞台とした小説集。台湾にいる16の先住民族のうち、タオ族は唯一の海洋民族であるとされている。本書では、台湾本島に仕事に出ることを拒み潜水漁に夢中になる男を通じ、少数民族として生きることの尊厳が語られる表題作を始めとして、タオの伝統と文化が豊かな筆致で描かれている。トビウオ、テングハギモドキ、ロウニンアジなど色とりどり大小さまざまな魚の描写も美しい。

ミシュレ『海』、加賀野井秀一訳(藤原書店、1994年)

19世紀フランスの大歴史家ジュール・ミシュレによる海をめぐる壮大な博物誌。海岸、砂浜、断崖、海原、嵐とさまざまな海の姿を交錯させる第1部。微生物、サンゴ、クラゲ、魚類、鯨、人魚(!)といった生物の発生の過程をたどる第2部。古代の狩猟から大航海時代にわたって征服の歴史に焦点をあてる第3部。水治療や温泉療法、海水療法とともに海水浴による美の復活を謳う第4部。
「海はなにを語るのか。生を。永遠のメタモルフォーズを語り、流動する存在を語るのだ。」

工作舎編『江戸博物文庫 魚の巻:水界の王族たち』(工作舎、2017年)

海水魚を中心とした江戸期の彩色魚類図版集。凛々しいサンマに、不気味なマンボウ、ひょうきんなハリセンボン……。ページをめくる度に多彩な色合い、優美な曲線、伸びやかな動きをもった魚たちに目を奪われる。後藤光生『随観写真』から収録された巻頭の人魚図にも注目。本巻のほかには鳥類、草花、野菜や果実を採録したものがあり、コンパクトで愛らしい判型も相まって大変魅力的なシリーズ。

増田義郎『大航海時代:《ビジュアル版》世界の歴史13』(講談社、1984年)

1492年、コロンブスによる西インド諸島到達。1498年、ヴァスコ・ダ・ガマによるカリカット到達。1522年、マゼラン艦隊による世界周航。ヨーロッパ人による航海と探検を契機に、海は地球規模の交流を可能にし、世界をひとつにする場となった。15世紀末から17世紀中頃にかけての航海、交易、征服の歴史を一望することのできる、ラテンアメリカ史の第一人者による入門書。図版や地図もふんだんに掲載。

布留川正博『奴隷船の世界史』(岩波新書、2019年)

「移動する監獄」の積荷となった奴隷たちは身動きひとつできず寝かされ、2ヶ月以上も海上を運ばれる。大西洋奴隷貿易は海のうえで繰り広げられたもっとも暗い歴史のひとつであろう。船長、水夫、投資家、奴隷貿易廃止論者など船を取り巻くさまざまの人々の思惑や船上の奴隷反乱に関する詳細な記述のほか、本書の重要な資料でもあり、3万5千件を超える航海データが記録されている奴隷貿易データベース(www.slavevoyages.org)の成立過程も興味深い。

ジョウゼフ・コンラッド『海の想い出』木宮直仁訳(平凡社ライブラリー、1995年)

ポーランド出身のコンラッドは17歳のとき祖国を離れ、海に出た。イギリス商船で船乗りとして過ごした体験をもとに『ナーシサス号の黒人』『闇の奥』『ノストローモ』など数々の小説を残したコンラッドが、海や船舶、船上のひとびととの想い出を厳しさと愛着を込めて綴ったエッセイ集。「もはや船乗り生活に対する幻想はなかった。それでも、その魅力は依然として残っていた。わたしはやっと本当の船乗りになったのだった。」(「船乗りとしての開眼」)

メルヴィル『ビリー・バッド』飯野友幸訳(光文社古典新訳文庫、2012年)

『白鯨』で知られるハーマン・メルヴィルも多くの海洋小説を書いており、遺作となった本作もそのひとつ。軍艦に強制徴用された青年水夫ビリー・バッドは、船上でおこした事件によって軍事法規に裁かれ苛酷な運命に導かれる。誰からも愛されるビリーは何者なのか。ビリーに適用された法は正しいのか。法、意志、倫理、セクシュアリティなどさまざまな角度から論じられてきた、可能性に満ちた中編。

春名徹『世界を見てしまった男たち:江戸の異郷体験』(ちくま文庫、1988年)

鎖国政策によって海外との交流が絶たれた江戸時代において、漂流者たちの経験はどのようなものだったのか。渡航制限下においてもっとも詳しく、具体的に外国を見たのは、漂流という事故の結果として国外に出た庶民たちであった。1年を超える海上漂流ののち外国船に救出された督乗丸、アメリカ捕鯨船に救助された鳥島の漂流民、日本人として初めてアメリカに渡った永住丸……。海難の果てに異質な文化に出会ってしまった人々の体験に迫る一冊。

和田博文『海の上の世界地図:欧州航路紀行史』(岩波書店、2016年)

19世紀後半から20世紀前半にかけて日本から欧州航路を旅した軍人や実業家、文学者や美術家の体験を追いかけることで近代日本の歩みが明らかになる。航路には諸国の権力関係や版図が反映されているだけでなく、船上や寄港地での異文化との接触によって日本の自己イメージや世界への心象地図が塗り替えられていく。そこには列強に仲間入りせんとする帝国の夢や大東亜共栄圏への野望が見え隠れする。交通の歴史から近代のあり様を解き明かすスリリングな探究。

澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫、1990年)

貞観7年、高丘親王は広州から船で天竺へ向かった。天竺、それは幼年期に宮中の寵姫・薬子から吹き込まれて以来、媚薬のような響きをもっていた悲願の地である。「むいてもむいても切りがないエクゾティシズム」が漂う旅中にあらわれるのは、ことばを覚える儒艮、鳥の下半身をした女たち、夢喰う獏、犬頭人。最晩年の澁澤龍彥が病身のもとで遺した哀しく官能的な幻想譚。近藤ようこによる漫画(ビームスコミックス)もお薦め。

北杜夫『船乗りクプクプの冒険』(集英社文庫、2009年改訂新版)

海が大好きな少年タローは宿題に嫌気がさして『船乗りクプクプ』という本を手にとった。著者はキタ・モリオとある。中身をひらくとなんとほとんどが白紙である。いつのまにか物語の世界に入り込んでしまった少年は、小説のつづきが書けず逃げ続ける作家を探して大航海へ。もう船出の時刻だ。さあ行こう、クプクプ。多種多様な物語を残した稀代の船乗り作家による遊び心に満ちたメタフィクション。

PASSAGEの棚にはリーフレットも置いています


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