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バイキンマンのロンリネス

道端に落ちているものがなんとなく気になる。
そこはかとなく、気になる。

落し物の主はどんな人だったんだろう、どんな子供だったんだろう。何をしにいく、または何をしてきたところなんだろう。なんでこれを持っていたんだろう。

自分の人生においてめちゃくちゃどうでもいい事で、めちゃくちゃ関係ないことである。
でもそれを考えるとついつい止まらなくなって、またなんとなく、落ちているものを写真に取ってしまう。
実際に落とし主と会いたいとは思わないし、余程の物でなければ交番に届けることもない。流石に財布やらパスケースやらキーケースなら最寄りの交番に届けるが。

一人暮らしをしていた時、自分の住むアパートから徒歩1分の距離にあるコインランドリーをよく使っていた。
当時の仕事を終えて帰宅し、眠気に抗いながら「まだこの時間なら…」と洗濯機を回し、寒い中ダウンを着て乾燥しに行くと、入口のすぐ横にバイキンマンのぬいぐるみが落ちていた。
正確に言うと、「落ちていたのを誰かが置き直したバイキンマン」か。
2018年12月6日、23時54分。今でも消せずに残っている。

寂しそうなバイキンマン


幼児から安定した絶大な人気を誇る国民的人気アニメの嫌われ者であるバイキンマンが、寒い冬の日にコインランドリーの前でぽつんとお行儀よく座っていた。
ここ以外にもコインランドリーはあったが、ここは真隣にコンビニがあったため乾燥中の暇潰しもしやすい。冬や雨の日は近場からでも車で来て大量に乾燥していくファミリー層もいた。
親に連れてこられて暇を持て余した子供が外でぬいぐるみで遊んでいて、何かほかに興味を引かれるものがあってそのまま置いていったのかな、とかなんとか。
この行儀の良さは誰かが置き直したんだろうな、寒空の下転がってるバイキンマンが可哀想に見えたのかな、とかなんとか。

落としてしまったことに気付いて貰えなかったバイキンマンの姿が忘れられない。
思い返してみれば、私のこの癖はこの時から始まったような気がしないでもない。
元々無機物にも感情移入してしまいやすい性格だったが、それまで落し物は別に気にならなかったはず。
バイキンマンという国民的アニメの、しかも横暴な敵役であるはずのキャラクターが、住宅街の中にあるコインランドリーの前で忘れ去られて悲しく座っているという状況があまりにもミスマッチで、哀しく見えてしまったのだろうか。

結局バイキンマンはその翌日の昼間に見掛けたのを最後にいなくなっていた。持ち主が気付いて取りに来たと信じたい。

ここまで書いて、本当になんの得にもならない癖だと思う。
落し物気になり癖。
気になったところでどうにも出来ないし自分が落とし主を見つける訳でもない。交番に届けるほど優しい人間でもない。ただ、気になる。
ひとつ得というか、いい方向に変わったことといえば、自分が落し物をした際かなり血眼になって探すようになった事。
ジャケットのポケットに入れていたハンドタオル、自転車のカゴに雨具と一緒に入れていた手袋、チノパンの尻ポケットに入れていたタバコ。

タバコのことはよく覚えている。バイキンマンと出会った翌年の春、実家に戻る直前の頃、友人と電話をしながら駅から家までの道をチャリで走っていた時にふとおしりにあるはずの違和感がないことに気付いた。

「うわ、タバコない」
「え、どうした。どこに入れてたの?」
「尻ポケット。多分落とした。まぁあと4.5本だったからいいや」

まぁいいか、と1度帰宅して新しい箱を開けようと思ったのだが、あの残り数本の箱の蓋を開けた光景が頭をよぎった。

「…やっぱ探してくるわぁ」
「なんで!?こんな時間だよ?諦めなよ」
「いや別に諦めてもいいんだけどさぁ…」

その後の感情は言ったところで理解されないような気がしたので、そのまま濁し通話を続けたまま再びチャリに乗り通った道を探したが、タバコは見つからなかった。深夜と呼べる時間で、黒いパッケージだし見えなかったのかも、しょうがないと諦めつつモヤモヤしながらアパートの駐輪場にチャリを停めようと降りた時に、自転車の荷台に目が吸い寄せられた。

「え、あった」
「え?まってまって、どこにあったの」
「自転車の荷台」
「あんたそれじゃ仕事終わりに無意味に無駄に自転車漕いだだけの人じゃん」
「私バカかもしれない」
「バカだよ絶対」

タバコの箱が自転車の荷台に丁度よく、お行儀よく挟まっていた。
一頻り友人と笑い転げた。てっきり落としたと思っていたタバコはずっとぴったりついてきていたのだ。
でも、なんだかめちゃくちゃ安心した。
私の持ち物だったタバコは寂しい思いをすることがなかった。それだけでまぁいいか、という気分だった。

大体の落し物は替えのきくものだし、落としてもまた買えばいいかと切り替えられるものだろう。
また買えばいいか、と私も思う。が、1度自分の持ち物になってしまったら変な話消費するものだとしても愛着が湧くようになった。
今の職場のある繁華街を歩いていると、毎日のように落ちている何かを見掛ける。
私はあのバイキンマンを自分の手で生み出したくないなと、落し物を見る度に思うのだ。

自分のこの落し物気になり癖のことを、実は割と気に入っている。
あぁ、なんの得にもならないというのは間違っていた。
あれ以来落し物をしたり、どこかに何かを忘れることが少なくなったから。
落とされた側に感情移入するのも悪くないかもしれない。

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