見出し画像

観光の楽しさ、オモシロさ

観光の楽しみ

 観光は、楽しみを目的とした旅行と定義されます(岡本, 2001; 前田・橋本, 2015)。では、ここでの「楽しみ」とは、具体的に何を指すのでしょう。人によって楽しみはさまざまですよね。今回は観光の楽しみは人によってどう違うのかについて考えてみたいと思います。
 楽しみを目的とするということは、心理学では、内発的に動機づけられている状態です。内発的に動機づけられているとは、興味や好奇心が行動の推進力であったり、その活動を行うことで内的報酬(楽しさや満足感)がもたらされたりするということです。

2つの楽しみ

 Csikszentmihalyi(1990)は、「楽しみ」とは、「快楽(pleasure)」と「喜び(enjoyment)」という2つのポジティブな感情であると述べています。「快楽」とは、期待がかなった時に生じる満足の感情であり、一方の「喜び」は、新しい感覚や挑戦によってもたらされる達成の感覚によって特徴づけられます。これは、予期しなかったこと、おそらく事前には想像さえしなかったことを達成した時に生じるものです。観光に当てはめるならば、休息や食に関する欲求を充足するための行動や、リゾート地での優雅なバカンスによって「快楽」という感情が得られるでしょう。その一方、言葉も通じない未知の場所に行って、その土地の人々と交流し、その土地の自然や文化を知るような行動は、「喜び」の感情をもたらすでしょう。

異なる楽しみをどう味わうのか

 期待がかなった時に生じる「快楽」と、新しい感覚や挑戦によってもたらされる「喜び」、これら2種類の楽しみを観光者はどう味わっているのでしょう。
 Csikszentmihalyi(1975, 1990)は、ある活動に対するスキルが未熟なうちは、挑戦レベルの低い活動によって楽しみや満足を感じるが、スキルを習熟することによって、より挑戦レベルの高い活動によって楽しさや満足を感じるようになることを示しています。観光者としてのスキルについては、別の稿で述べた通りですが、観光における挑戦レベルとは、どのように捉えればよいのでしょうか。
 これについては、いくつかの軸を想定することができそうです。1つは、「同行旅↔一人旅」の軸です。一人旅であれば、旅行中のすべてを自分で決めて行動することが求められます。まして初めての一人旅であれば、そこに不安や緊張が伴うため、同行者を伴う旅行よりも挑戦レベルは高いといえるでしょう。2つめは、「予測可能↔不確実」の軸です。これは、できる限り事前予約を入れることで、予測可能な旅行を行うのか、行き当たりばったりの不確実な旅行を行うのかという軸です。3つめは、「熟知↔未知」の軸です。これは、旅行先が日本国内なのか外国なのかや、そこが再訪の地なのか初訪の地なのか、といった違いで説明できます。私たちは、それぞれのスキルに応じて、これらの軸をチューニングするかのように調整し、「快楽」と「喜び」という楽しみを味わい分けているのだと考えられます。

観光者のスキルからみた「よい旅」

 林・岡本(2022)は、観光者のスキルを測定する尺度を開発し、尺度の得点によって、個人が思い浮かべる「よい旅」が異なるのかについて調査しました。
 その結果、スキルが低~中程度の観光者においては、誰かと一緒の旅行で、リフレッシュすることや、いい宿に泊まって、美味しいものを食べることが「よい旅」と認識されていることが分かりました。その一方で、スキルが高い観光者は、旅行先で人とのふれあいを感じる出会いがあったり、新しい発見や感動があることを「よい旅」と認識しているようでした。のんびりして、リフレッシュすることを求める旅行においては、想定外の出来事は不要で、当初の計画どおりに旅行が進むことが大事になるでしょう。つまり、低スキルの観光者は、事前の期待に沿った旅行や当初の予定通りの旅行を実現、達成できたことに対して満足を感じるのですが、スキルが向上することによって、想定外の出来事や偶発的な出来事が生じた旅行に対して満足を感じるようになると考えられるのです。

経験価値から捉えた4つの楽しみ

 内的報酬としての「楽しみ」を、観光者の心理的な経験価値(佐々木, 2007)として捉えると、観光の楽しさ、オモシロさは下の図のように整理できるでしょう。佐々木(2007)は、観光者の心理的な経験価値として、気楽さ、面白さ、新しさ、危うさという4つの心理特性を指摘しています。

① 気楽さ
 
休養、逃避、退屈緩和など、緊張を解消し「解放感」を経験すること
② 面白さ
 愉快、爽快、悦楽など、感覚的快感や感情的快楽である「娯楽感」を経験すること
③ 新しさ
 驚き、意外、変化、珍奇など、日常性を離れた「異質感」を経験すること
④ 危うさ
 スリル、冒険、危機など、めったにない「緊張感」を経験すること

佐々木土師二(2007) 観光旅行の心理学 北大路書房

 一人旅や、不確実性、未知性が高い旅行の場合は、挑戦レベルが高いため、新しい感覚や挑戦によってもたらされる「喜び」の感情との関わりが強いといえます。高スキルの観光者にとっては、新奇性や変化、スリルや冒険といった体験は、「新しさ」というポジティブな経験価値を生み出すでしょう。一方、低スキルの観光者にとっては、同じ体験であっても、自身のスキルが不足しているために「危うさ」というどちらかというとネガティブな経験価値を生み出します。しかし、旅行中に経験した「危うさ」は、喉元過ぎれば熱さを忘れるかのごとく、旅行後は「新しさ」の記憶として書き換えられることも考えられます。

 同行旅や、予測可能性、熟知性が高い旅行の場合は、挑戦レベルが低いため、期待がかなった時に生じる満足である「快楽」の感情との関わりが強いといえます。低スキルの観光者にとっては、逃避、リラックス、グルメなどの娯楽の体験は、さほどスキルを必要としないために、挑戦レベルとスキルが一致し、やや覚醒度の高い「面白さ」という経験価値を生み出すことになるでしょう。一方、高スキルの観光者にとっては、挑戦レベルよりもスキルが上回るために、同様の体験であっても、覚醒度の低い「気楽さ」という経験価値につながるのだと考えられるのです。



引用文献

前田勇・橋本俊哉(2015) 「観光」の概念(前田勇編著『新現代観光総論〈第3版〉,学文社),pp5-15.

岡本伸之(2001) 観光と観光学(岡本伸之編『観光学入門』,有斐閣),pp1-22.

Csikszentmihalyi, M. (1975) Beyond boredom and anxiety: Experiencing flow in work and play. San Francisco, CA: Jossey-Bass. (チクセントミハイ, M. 今村浩明(訳) (2000) 『楽しみの社会学』,新思索社)

Csikszentmihalyi, M. (1990) Flow: The Psychology of Optimal Experience, New York, Harper & Row(チクセントミハイ, M. 今村浩明(訳) (1996)『フロー体験 喜びの現象学』,世界思想社)

林幸史・岡本卓也(2022)観光者の知識と技能からみた「よい旅」の条件 国際研究論叢(大阪国際大学・大阪国際大学短期大学部紀要),36(1), 69-84.

佐々木土師二(2007) 観光旅行の心理学 北大路書房