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観光心理学とその研究領域

観光心理学とは?

観光心理学とは、観光者の旅行前から旅行中、旅行後へと至る行動過程、さらには、観光者と観光事業者、受け入れ先の地域住民との相互作用とそれによってもたらされる影響について研究する心理学である。

上記の定義は、わが国でこれまで観光の心理学研究を牽引してきた偉大な先人達の記述を踏まえた上でのものです。以下では、その先人達の言葉を引用しながら、観光心理学とその研究領域について記したいと思います。

前田 勇

観光行動の心理学研究において、わが国での先駆者である前田勇は、『観光とサービスの心理学』の中で、観光に対する心理学的研究について次のように述べています。

観光の大衆化が進展するとともに、観光に対する心理学的研究の役割は急速に大きなものとなってくる。それは、観光が現代を象徴する社会事象としての位置を占めるようになり、人々が観光に何を求め、どのようにして行き先や行動形態を選択し決定しているのかを把握することが、観光関連事業運営にとっても必要不可欠なものとなってきただけではなく、人間行動一般を理解するためにも観光行動の仕組みを分析することが重要となっているからである(前田, 1995, p.63)。

つまり、観光心理学は、観光事業者のため(顧客としての旅行者を獲得するため)だけでなく、観光旅行を人間行動の一つとして捉え、それを理解するための心理学でもあるのです。

佐々木 土師二

わが国の観光心理学の礎を築いた一人である佐々木土師二は、『観光旅行の心理学』の中で、次のように述べています。

観光旅行者の行動に関する心理学的研究では、その行動を(1)選択意思決定→(2)実施行為→(3)実施後の評価・感情、というプロセスで捉えることを基本的な立場にして、このプロセスの心理的および行動的な内容を明らかにするとともに、そのプロセスの方向づけや進み方に影響する要因を分析することが課題になる(佐々木, 2007, p.39)。

佐々木自身は、数ある心理学分野の中でも、社会的状況の中での人間行動を研究対象とする社会心理学的なアプローチが有効であるとしています。佐々木の研究を受けて、社会心理学者である藤原武弘は、観光行動の心理学的研究について次のように述べています。

観光行動の心理学的研究では、「選択的意思決定→実施行為→実施後の評価・感情」という行動プロセスでとらえることを基本的な立場とする。旅行前の意思決定過程では、観光動機観光地イメージ、実施行為過程では、観光で体験する情緒的感動認知的評価観光動機や欲求の充足度、実施後過程では、観光旅行の満足度思い出や心理的効用が、心理学的立場から重要な要因となる(藤原, 2014)。


観光旅行者の行動についての外国の研究論文や専門書の内容を社会心理学の視点から体系的にまとめて紹介した『旅行者行動の心理学』という著作を2000年に発表した佐々木ですが、その中で、観光旅行者の心理学的研究の課題領域を次のように整理しています(佐々木, 2000, p.24)。

1.旅行者特性・・・ライフスタイル、社会・経済的特性、パーソナリティ(価値観、欲求)

2.旅行のモチベーション・・・旅行の一般的動機、旅行者の社会的役割、旅行経験

3.旅行の意思決定過程・・・旅行の具体的目的、具体的旅行に関する情報の収集と比較、目的地に関する知識・情報、目的地のイメージと認知的魅力、目的地や旅行手段の選択決定過程

4.旅行の実行行為・・・目的地内での行動、往路・復路での行動、他の旅行者との関係、ホストや地域住民との関係

5.旅行後の評価と関連行動・・・目的地・旅行手段に関する評価、全体的な満足・不満足、事後の派生的行動、事後のコミュニケーション行動

6.目的地・通過地への影響・・・社会的影響、経済的影響、生態・環境的影響

7.旅行者行動の類型論・・・旅行者セグメンテーション、旅行行動の分類、目的地の類型

8.旅行商品の特性・・・旅行商品の構成要素、商品コンセプト、サービス

上記の課題領域は、旅行前→旅行中→旅行後というプロセスでの観光者の心理過程にほぼ焦点が当てられていますが、その後、佐々木は、観光の社会心理学では、観光者、観光地域住民および観光事業者という三者の行動に着目するとした上で、次のようなアプローチについても言及しています(佐々木, 2006)。

1.観光地域住民への社会心理学的アプローチ・・・観光地域住民が観光者の受け入れや地域の活性化に取り組む行動、地域住民の観光に対する態度の変化、観光者と地域住民の社会的関係

2.観光事業者への社会心理学的アプローチ・・・サービスを提供する立場にある観光事業者としての活動や観光者への接遇、観光事業者のマーケティング・リサーチ、観光商品の特性とその訴求

3.地域住民と観光事業者に共通の問題(観光インパクト)・・・観光が地域社会に及ぼす経済的、社会・文化的、環境的影響

小口 孝司

同じく社会心理学者である小口孝司は、2006年に出版された『観光の社会心理学』の中で、観光と心理学とのかかわりについて次のように述べています。

心理学は人の行動や心の動きを、行動、認知、感情の3側面からとらえていくことが多い。人が旅に出て、写真をとったり、お土産を買ったりする。あるいは、ある景観を美しいと感じたり、史跡をみて歴史に思いをはせたりもする。こうしたことは先の行動、認知、感情の3つの側面に対応している。それゆえ、心理学から観光をとらえていくことが必要となる(小口, 2006, p.3)

続けて、

社会心理学は人と人とのさまざまなかかわりの一般法則を探究する学問である。それゆえ、旅をする人(ゲスト)ともてなす人(ホスト)との関係を明確にする際に、社会心理学は大いに貢献するであろう。さらに、社会心理学と関連が深い分野として産業・組織心理学があるが、これは企業と人とのかかわりを明らかにするものである。したがって、産業・組織心理学は、もてなす人(ホスト)と観光の産業や企業(広義のホスト)とのよりより関係を模索するのに貢献すると考えられる(小口, 2006, p.3)。

小口(2006)の記述からも、観光旅行の行動過程における人の心の働きに加えて、観光者と地域住民との相互作用や、地域住民と事業者との関係などが観光心理学の研究テーマとなることが分かると思います。


【引用文献】

藤原武弘(2014) 観光学の諸領域 心理学の視点 大橋昭一・橋本和也・遠藤英樹・神田孝治(編)『観光学ガイドブック―新しい知的領野への旅立ち』 ナカニシヤ出版 pp.58-63.

前田勇(1995) 『観光とサービスの心理学―観光行動学序説』 学文社

小口孝司(編)(2006) 『観光の社会心理学―ひと、こと、もの 3つの視点から』 北大路書房

佐々木土師二 (2000) 『旅行者行動の心理学』 関西大学出版部

佐々木土師二 (2006) 観光の社会心理学の構成 小口孝司 (編)『観光の社会心理学』 北大路書房 pp.10-26.

佐々木土師二 (2007)  『観光旅行の心理学』 北大路書房