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Amazonは「世界統制官」か―米書店の反Amazonキャンペーン―

10日前の記事だけど、これも一応読書ニュース扱いで行こうと思う。

記事概要

今年10月、アメリカの独立系書店が協力して、反Amazonキャンペーン"#BoxedOut"が行われ、10月の独立系書店の売上が26%上がったという。

他にも、書店による対Amazon戦は行われていて、利益の10%が独立系書店に還元される仕組みになっているeコマース・プラットフォーム "Bookshop.org" がサービスを開始している。

こうした書店のAmazonに対する挑戦的な行動は、書店ビジネスの特殊性に背景があるかもしれない。
1つは、本はニッチなカテゴリーであり、書籍購入者は自分がどこで買い物をするかを非常に意識していること
もう1つは、Amazonの餌食になった業界第1号であること

こうした反Amazon戦の結果、2019年9月から2020年9月の間に、Amazonに対して肯定的な見解を表明した個人の書籍購入者の割合は36.6%からわずか22.7%に減少した。

こうした書店の努力の結果が、別業界にも少しずつ波及している。フランスでは、苦境にある中小企業がAmazonから市場シェアを取り返そうと連帯して立ち上げた独自プラットフォーム、アンジェ・ショッピング(Angers Shopping)を開始したり、
ブルックリンを拠点とするシンチ・マーケット(Cinch Market)は、何十もの地元の家庭用品店、ホームセンター、ベーカリーから商品を配送するサービスを提供している。

こうした変化は、消費者たちが、自分たちがどこでお金を使うかが、ダイレクトに近所の店が営業を続けられるかどうかに影響することを理解し始めていることの表れだという。

Amazonへの態度が日米で違う

今回この記事をネタにしようと思ったのは、そういう業界の生存戦略に関して、こんなに直接的なアンチキャンペーンをするんだ、とちょっと驚いたからだ。

日本でも、書店がどんどん閉店している現状を嘆く声は大きい。これは主に「Amazonに食われた」と「大規模書店の寡占化が進んでいる」の2点がポイントになるけど、大規模書店もAmazonの魔の手(?)から逃れ生き残るために必死だったりするので、結局根っこにはAmazonの影響が大きいだろう。

私自身は一消費者でしかないので、別に反Amazonというわけじゃないし、書店で本を買う機会が多いとはいえ、都合によってはAmazonを使うこともある。

直接Amazonを攻撃するアメリカの書店

上の記事を読んでもらえばわかるが、アメリカの書店が取っている対Amazon戦略は、比較的直接的だったりする
#BoxedOut では具体的にどんなことがされたか。ストランドやパウエルズ等のアメリカの独立系書店が連帯し、みんなで次のような宣伝を行った。
(パウエルズは先日出した記事<書店のにおいがする「香水」>の店だ)

「不気味なアルゴリズムではなく、実在の人間がキュレーションした本」
「Amazonの『すばらしい新世界』を受け入れない」
「1兆6000億ドル(約176兆円)の企業を、さらに金持ちにすることに違和感を覚える人は、ほかにいない?」

これに "#BoxedOut" のタグをつけて店頭やネット上でメッセージが拡散された。さらには、店頭を茶色い包装紙で覆って見たり、店先に配送用段ボールを山積みにしたりしてパフォーマンスを行った。

めちゃくちゃ直接的なAmazon叩きでしょう。そしてここでの叩き方がちょっと興味深い。

顧客に対するAmazonのネガティブイメージとして「AIに基づくレコメンド機能」を批判し、「人間の目でおすすめしている」ことが書店の魅力だと押し出している。
Amazonで書籍を購入する様を『すばらしい新世界』に模している。これは、意味としては「Amazonの最適化された書籍のおすすめによって、みんな自分の読みたい本がAmazonによって調整されているのよ」ということだと思われる。

上記3つのメッセージの内2つがAmazonのレコメンド機能に対するアンチテーゼだというのが、なるほどなあと思った。

AIによる自動レコメンドの長所と短所

この点は確かにそうで、Amazonは
・ページ内の行動履歴
・閲覧ページ
・購買行動
・何を「買いそうになったか」(カートに入れて削除する等)
・欲しいものリスト

等のデータを分析し、その関連本を提示するという形でレコメンドを出してくる。
そのため、Amazonでいろんなページを閲覧すればするほど、欲しいものリストに書籍を追加すればするほど、そしてAmazonで実際に書籍を購入すればするほど、レコメンド機能は学習し、より一個人に最適化されたおすすめを紹介するだろう。

しかし、この結果、もともと自分の興味のある本ばかりがおすすめされて、それを購入するというサイクルが生まれ、新しいジャンルとの出会いが少なくなるというデメリットがある。

なお、もしAmazonにへんてこなおすすめをされる、と思っている方は、Amazon上でのあなたのデータが少ないということだ。Amazonにアクセスすればするほど、そのおすすめの精度は上がっていくだろう。

書店の対抗策とは

一方書店は、AIレコメンドのような個人に最適化されたおすすめ機能はほぼない
大きな書店では、取り寄せ等に使われるカウンターで書店員と会話をする中で、こんな本はいかがとおすすめされる機会があったりするらしい。時折書店員さんのTwitterやマンガ等でそういった話を見かける。

なので、個人おすすめの機能が0だというわけではないのだろうが、来ている客全員に対して細かく話を聞いておすすめを提示したり、書店員と顧客で担当みたいな制度を作って「あ、○○さんですね、今日はどんな気分で?」みたいな相談を受ける体制になっているわけでもない。
その意味では、個々人へのおすすめの最適化という点ではAmazon(というかAI)にはなかなか勝てなかったりする。

だが、そんな書店では、むしろ個人に最適化されないからこそのメリットがある。
それは、「偶然の出会い」ができるということだ。たまたま書店で平積みされていたその本が、今まで全く興味のなかったジャンルなのに、なぜか惹かれる。そして買ってみたら大当たり、という摩訶不思議な経験をした読書好きは少なくないだろう。

私も最近そういうことがあった。
読んだことのない作家の、タイトル的にはさして面白そうでもなかった本。
何となく装丁に惹かれ、裏のあらすじのB級感に不安を覚えつつも購入してみたら、ちょうどその時に感じるものが多くて、結果大好きな本になった。

なので打ち出す価値としては、書店側の出せる有効なメッセージだったと思うし、それをAmazonを直接こき下ろすことで、消費者視点からは「これを見てからAmazonで本を買うの、なんかちょっと罪悪感……」という感情が芽生えたことだろうと思う。

こういう宣伝手法に好き嫌いはあると思うけど、アメリカではそんなキャンペーンもあるんだな、と思った。

関連本紹介

なんとなく終わり方が分かんなくなったので、この話題に関連する本をば。

オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(ハヤカワepi文庫、2017年)

アメリカのキャンペーンに登場した本。ディストピア小説というジャンルで名高いSF作品。

この世界では、世界統制官と呼ばれる存在によって社会が完璧に管理されている。
人々はそれぞれの階級ごとに最適化された状態で生まれ、仕事をし、死んでいく。ストレスの捌け口には「2分間憎悪」「ソーマ(麻薬)」「セックス(フリーセックスとして、誰とでもやれる)」の3つが用意され、寝ている間も今いる世界の良さを刷り込まれる。
これにより、人々は自分の境遇、仕事、将来について何も疑問を抱かず、自分のいる場所こそが自分の最適解、幸せだと感じるようにセッティングされている。

そんな社会でずっと鬱屈とした感情を抱き続ける落伍者「バーナード」と、バーナードがその世界の外側に出た時に見出した異界の青年「ジョン」が前半と後半の主人公を務める形で、「中からみた管理社会」「外からみた管理社会」をそれぞれ描いている。

自分の幸せの基準まで全て管理された社会ということで、この社会を良いと思う人もかなりいるし、嫌悪感を抱く人もかなりいる。
多くは、「その社会の中で生まれ育ったら疑問を持たないだろうな」という意味での「状況を想像した上での肯定」と、
「今私たちが生きている社会と比べて、こっちが良いとは思えない」という意味での「メタ視点からの否定」の2種類の立場に分かれる。

他にも、メタ視点からの肯定派もいるが、「状況を想像した上での否定」はなかなか見ない気がする。

みなさんはこの本を読んで、こんな社会が良いと思うだろうか。詳細に語ることはここでは避けるけど、めちゃくちゃ面白いのでおすすめ。

今回の反Amazonキャンペーンで出てきたのは、世界統制官とAmazonを紐づけて、人々が自身の階級や仕事に満足「させられている」という様をAIによる自動レコメンド機能と相似形のものとして提示している、ということだ。

ディストピア小説はこういう形で現代社会でよく引用されるというのも面白いポイントだよね。

ということで、おしまい。

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