馬鹿の天秤

 「芋が食べたいなら芋食べれば良くない?」

みんなの顔がこちらを向く。え、何言ってんのこいつ、みたいな目だ。ばりばりとお菓子を噛み砕く音が響く。

「いや、だって普通にさ、じゃがいも買ってきて揚げればそれになるわけだし。なんなら蒸して塩かけたほうが美味しいって」

「はは、馬鹿だなー花楓は」

油でギトギトした手がティッシュに擦りつけただけで綺麗になったと思っている大馬鹿者が言った。

「それが面倒くさいからみんなポテチ買うんじゃん」

ほれ、と一枚差し出されたのを、私は無視して立ち上がる。

「その手間と健康と、天秤にかけてみなさいよ」

ぽかんと口を開けて私たちを見る皆と、はは、と乾いた笑いを続ける義人と、彼らを馬鹿だなあと思いながらトイレに逃げる私。割といつもの光景である。拗ねるとどうでもいいところに適当に文句をつけて、その場を去る。ほっとけば機嫌が直るとわかっているから、みんな見てるだけ。でも今回のはさすがに、無理やり過ぎたかしら。

「でもねえ」

毎回私の家で散々遊び散らかして帰っていくのに、絨毯にポテチのカスとか落ちてるのに、みんな悪びれもせず、自分の家みたいに寛いでいるんだもん。何も考えずに触るから、色んなところ、ベタベタするし。ちょっとさすがに、頭にきたわ。

 蓋をした便器に座って頭を冷やす。何も言わずに怒ったってしょうがないよね。言おう。掃除手伝ってって言おう。あと、あんまり騒がないでって言おう。猿じゃあるまいし、自制くらいできて当たり前でしょう。もう少し気を遣ってほしいって、言おう。

 でも、と思う。足をブラブラさせていると、何かにぶつかって蹴っ飛ばしてしまった。腕を伸ばして拾い上げると、トイレットペーパーの芯。何で落ちているの?人が来る前には必ずトイレ掃除してあるのに。これくらい捨てられないの?

 あの人たち、注意してもわかってくれないかもしれないな。また花楓が怒ってるよ、くらいにしか思わないかも。はあ、面倒くさいなあ。次から、もう参加しないことにしようかな。結構居心地良くて、みんなといるの楽しかったけど、仕方ないかなあ。

 突然、うぃーーーん、と音が鳴り出して、それから、ごおおお、という音に変わった。え、何、これ。

「何してんの!」

飛び出して行くと、義人が絨毯に掃除機をかけていた。

「ほらお前ら、どけどけ」

「えー、ちょっと待ってよ」

「仕方ねえな、三秒数えてやる。三二一はいアウトー」

「ちょっと義人」

音がうるさいからか、掃除機を一度止めた彼はこちらを振り返ってにっこり笑った。

「何してんのよ」

「何って、掃除。汚してんの、俺らだし」

どした?と顔を覗き込んでくる義人の頬を、つねる。下を向いたけど、気づかれたかもしれない。ぎゅぎゅぎゅ、と力を込めて、思い切り、つねる。

「痛いよ、花楓」

「掃除機、勝手に出すな。それに、絨毯の毛流れに沿ってかけてよ。もっと綺麗にして。もっと、ちゃんとしてよ」

あんまり肉のついていない義人の頬に、私の爪が食い込む。下を向いているから、表情は見えない。

「いつも散らかすばっかりで、私がやってんだよ、そういうの。私だけ、大変なのに」

ぽとり、ぽとりと、絨毯に涙が落ちる。ああ、引かれたかな。もうみんな、遊んでくれないかも。義人、痛いだろうな。いつもへらっと笑うのに、何で今は何も言わないの。

「義人ー、花楓ー、手洗ったし先ゲーム始めとくよー」

「おー、ちゃんと石鹸使ったか?」

「もちろん、てかお前は父ちゃんか」

「はは」

力を込めた右手に、すっと義人の手が重なって、思わず顔を上げた。目が合って、慌てて何か言おうと口を開いた。

 ん、?

 口に何かを差し込まれて、試しに噛むと、ばり、と音がして、コンソメ味が鼻を抜けた。

「うまいだろ」

にやりとして、義人が言った。

「俺ら馬鹿だけどさ、花楓もじゅうぶん馬鹿だと思うぞ。我慢しないで言えよ。でもごめんな、これから気をつける」

何だか腹が立って、ばりぼりとポテチを噛み砕いて、嬉しそうな義人を睨みつけてやった。

「じゃあきちんと掃除機かけて。見てるから」

ひい、なんて言いながらも丁寧に掃除をやり直す彼を見て、なんだか本当に、何でも言えるような気がしてきた。義人なら全部、受け止めてくれるように思えたから。

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