特別を隠して

 前髪が伸びてきたなあ、と思う。もう真っ直ぐに伸ばすと目を覆い隠せてしまうくらいだ。

 それに、横の髪の毛もだいぶ伸びてしまっている。最近は一つ結びをするとき、耳前に垂らす髪の毛の割り当てに五分くらいかかっている。

「触角は命なのよ」

「ふうん。女の子は大変だなあ」

私の思いも知らないで、のんびりと彼が言った。髪を切る用の鋏を取り出して、私を鏡の前に座らせる。スーパーのビニール袋を胸の前で広げて、私は目を瞑った。


「気付きなさい」

と、私はよく言われてきた。

「視野を広げなさい。周りに気を配りなさい」

ってね。怖い顧問の先生だった。笑うと、もっと怖かった。機嫌のいいときは何かと絡んでくるから、何か失敗しないかってびくびくしてしまう。細かい先生だった。些細なところによく気が付くし、同じように気付くことを求めてくる人だった。

 私は、私たちは、視界の隅々まで目を光らせて小さな変化を探した。

 先生が何か荷物を持っているとか、先輩がモップがけをしているとか、私たちは怒られる前に急いで替わらなければならなかった。先生がどんなに小さな声で集合、と呟いても、近くにいる誰かがそれを聞き取って大声でみんなに知らせ、ダッシュで集まらなければならなかった。一つでも間違ったことがあれば、ダッシュ三本がメニューに加えられた。必ず全員に与えられた。ダッシュ三本は少しでも遅いとどんどん追加されていくから、底なし沼のようなメニューだった。

 それはよく考えたら当たり前の礼儀で、大切なことだったんだと思う。でも当時中学生の私たちは不満を垂れ流していた。

 思春期の女の子たちが一番気に食わなかったのは、髪の毛に関することだった。

「邪魔なら切れよ!」

別に邪魔ではなかったけれど、私たちは次々と髪を切った。何人か、意地を張って切らなかった。練習中に髪の毛が顔にかかってそれを振り払ったりすると、必ず先生から激が飛んだ。バスケ関係ないじゃん、とかぶつくさ言いながらも、最終的にはみんな、下を向いても微動だにしないくらいつんつんしたベリーショートでお揃いになった。

 厳しい先生だった。みんな先生が嫌いだった。そんな先生に怒られないように、私たちは視野の広い人間を目指した。確かによく気が付いて、部活のときだけでなく授業の合間の先生の手伝いや来校者の案内などなんだって率先してやっていたから、いつの間にか先生方からも頼られるようになって、女バスは偉いねえ、なんて褒められるようになった。体育祭や合唱コンクール、学年行事も、必ず誰かしら活躍していた。学級委員や生徒会も、すっかり女バスの配下だった。私たちは短い髪の、公認の優等生軍団だった。

 でもそれは、小さな中学校で、仲間がいたからできたことであって。

 私たちは高校生になった。ばらばらの道に進んで、私は一人ぼっちだった。新しい環境で、それでも私は今までどおり動いた。気付きなさい。視野を広げなさい。そんなこと言われなくたって嫌でも目に入るほど、高校は間違ったことで溢れていた。

 例えば体育の授業でバスケットボールをやるとき、先生がボールのかごを持ってくる。先生が笛を吹いても走って集まらない。先生のお話の最中に、ボールを落とす人がいる。誰も返事をしない。話の内容を理解せずにぼんやりと聞いていて、指示に従えない人がいる。例えば、部活を休んでも怒られない。先輩に敬語を使わなくても怒られない。

 私だけが、せかせかしていた。心が狭い人みたいだった。かつて私たちが先生を疎んだように、周りから私が疎まれるようになった。手を差し出した相手の先生たちも、いやぁいいよこれくらい、なんてぬるい事を言った。

 なんだかだんだん、こんなものなのかな、と思えてきた。これが普通。私たちが異常。考えてみれば、確かにそんな気がした。中学校の頃だって、私たちは特別だった。特別を理解してくれる人もいない、分かち合える人もいない、だったらいっそのこと、普通に埋もれてしまってもいいだろう。

 先生に会いに行った。高校の話をした。たくさん勉強して憧れの高校に入ったけど、みんな何にもできない人だった。頭も良くて楽しい人たちだけど、目上の人への礼儀とかとっさの行動とか、とにかく気が付かない人たちだった。私は憤りながら語った。世間はきっと勉強ができる人を教養があると言うんだろう。でもあの人たちは、女バスのみんなより、全然何もできないじゃないか。悔しい、失望した、先生に教えてもらったことを忘れたくない。でも、私にはできない。一人ぼっちで戦う勇気はない。青春全部かけて掴み取った自分を、私は捨てた。世界なんてこんなもんだと割り切って生きることにした。だけど、忘れないで。先生だけは、今こう感じることができた私を忘れないで。泣きじゃくりながら訴えた。先生は、

「菜美は先生の言うこと、全部ちゃんと理解してくれて嬉しいや」

と笑って頭を撫でてくれた。

 私は髪の毛を伸ばした。中学校にあがるまでもずっと肩につく程度の長さだったし、中学生の間はベリーショートだったから、髪の毛のアレンジができることが嬉しかった。でも一つに結んでしまうと、視界が開けて見えてしまう。担任の先生が教材の入った大きなダンボールを抱えて一人で歩いていくところが見えてしまう。私は友だちと他愛もない話をしながら、見て見ぬふりをするのだった。それはとても辛いことだった。

 ある日、触角なるヘアスタイルを、私は見つけた。耳の前に髪の毛の束を少し下ろして、顔の輪郭を細く見せるというものだった。真似してやってみると、横が髪の毛で見えなくなって安心した。髪の毛が、私が頑張って広げてきた視界を遮ってくれる。次の日から私は、分厚い触角を作って登校するようになった。

 そうして見ないように、あるいは見なかったふりをして、私はだんだん気付かなくなった。すると、何もできなくなった。先生が誰か手伝って、と言っても、ほら、行ってあげなよーなんて言うようになった。勉強だけは一丁前に頑張って、あの日自分が失望したつまらない人間になってしまった。

 私の触角はみるみるうちに少なくなって、今ではほんの少し、耳にかかる程度の長さのがあるだけだ。もうきっと、触角なんかなくたって何も気付けないんだ。だけど、これがあれば安心する。電車の端っこの席で目的地に着いて立ち上がった瞬間に、ドアの角のところに寄りかかっていた女性の鞄にマタニティマークかあったことに気が付いても、ごめんなさい、でも気が付かなかった、触角で見えなかったんです、なんて心の中で言い訳をできる。


 じょき、じょき、じょき、と大胆に彼が切っていく。ベリーショートのときは前髪を自分で切るなんて考えられなかったな。じょき、じょき、じょき。ビニール袋に、濡れた髪の毛の切れ端が、すとん、すとんと落ちていく。彼の細くて骨ばった指が睫毛に触れるたびに、心がびくんと動く。

「はい、できたよ」

目を開いて鏡を見て、私は息を呑んだ。私の大事な触角が消えている。外側が少し下がって目尻に合わさった、眉毛をやっと隠せるほどの長さの前髪があった。

「ねえ、触角は?命だって言ったじゃない」

「そんなに小顔に見せる必要もないと思うし、夏だし、爽やかだし。良くない?」

茶目っ気たっぷりに言ってのける台詞を聞き流して、私は溢れ出すものを感じた。私だ。中学生の私がいる。あの頃よりずっと成長して、妥協を覚えて、目を背けて生きてきた私。ぽろぽろと涙が落ちた。

「泣くほど嫌だった?ごめん、なんとかするよ」

私は首を振った。いつか、切らなくちゃいけなかった。だって先生が言っていた。今の時代は視野の広い人が必要とされているって。社会には八割の普通の人と、一割のすごい人と、一割のだめな人がいるんだって。先生はだめな人がいるだなんて言わないで欲しかった。でもそれが逆に現実っぽかった。私たちには、一割のすごい人になって欲しいんだって。暑苦しく言っていた。うっとおしかった。だけどあの頃の私は、確かに一割のすごい人だった。特別だったんだ。

 先生、先生、と言いながら、私はビニール袋にぽたぽたと涙を落とした。

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