卒業

 窓を開けて、よし、と意気込んだ。今日から荷物の整理を始めると決めたのだ。

 三日前、高校を卒業した。春からは東京の大学に通う。憧れの一人暮らしだ。

 一つ一つ、ものを仕分けしていく。教科書は捨てる、このポーチは持っていく、アルバムは置いていく。机自体は捨てないけれど、いらないものは全てこの機会に捨ててしまおうと思う。新しい土地で、新しい自分になるのだから、古い自分とは綺麗におさらばするのだ。

 受験勉強に使った参考書の山が、どんどん積み重なっていく。辞書は重いから置いていこう。本棚から次々と取り出す。すると、一冊の白いノートに目がとまった。あれ、これは一年生の頃のじゃ…。

 ドサッ。そのノートを勢いよく取り出すと、挟まっていた小さな紙が床に散らばった。一枚手に取ると、そこには懐かしい、形の悪い文字があった。

「悠…」

視界が歪む。もう一枚手に取ると、今度は見慣れた、自分の丸文字が目に入る。

 赤ペン貸して。

 はいどーぞ!

 今日、ひま?

 ひま!カラオケ行こー。

 よっしゃ!

何気ない幾度ものやりとりが、ノートの切れ端に続いている。震える手で、最後の一枚を手に取る。今までのものより、少し大きい。

 俺、転校するんだ。だから、今日で終わり。今まで、お前の隣で楽しかったぞ!あばよ!

 私は驚いて横を見て、いつもどおりニヤッと笑うその顔に、力ない笑みを返すことしかできなかった。それから急いで前を向いて、歯を食いしばって耐えたのだった。この大切な紙片を、濡らさないように。

 今はもう、声を上げて泣いた。いつも隣の席でニヤッと笑って、千切ったノートを投げて寄越した、潰れたくせ字の男の子は、積み重ねた思いを告げる前にどこかへ行ってしまった。私の大好きな学ランの第二ボタンを、毟り取ることすらもさせてくれなかった。残したのは、私が大切にとっておいた、この紙片だけ。

 いつも心のどこかにいて、でも、忘れようとしていた。こんなところに、残っていたなんて。寂しかった、悲しかったよ。行き先くらい、教えてくれても良かったのに。

「悠」

私、卒業したよ。東京に行くの。新しい場所で、もっと素敵な男の子に会って、素敵な恋をするんだから。

…でも、ありがとう。

 一頻り泣いたあと私は、濡れてしわしわになった紙片を全てゴミ袋に入れて、固く縛った。

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