見出し画像

考えられないことを考える――台湾有事(海上封鎖)について


1 はじめに

 5月20日の台湾での総統就任式における頼清徳総統就任演説を受け、中国は、「懲罰」のための軍事演習をその3日後から2日間行った。
 当該演習に対する台湾内、日本等の世論は概ね平穏であったように見えた。その約2年前にあったペロシ米下院議長(当時)訪台時の軍事演習に比べ、演習の中身が抑制的に見受けられたからなのか、「中国はまた威嚇しているだけで本気で戦争することはない」と受け止められたからなのか、そういった受け止めが大勢であったのだと思う。
 中国が今回及び過去2回(昨年4月の米下院議長と台湾総統の米国での面会に対応した演習を含む。)実行した軍事演習というオプションは、ハーマン・カーン米ハドソン研究所創設者(故人)が著書『考えられないことを考える(Thinking about the Unthinkable)』で示した、「エスカレーション・ラダー(仮訳:事態悪化の段階)」16個段階のうちの第4段階「力の誇示」にあたる(全ての段階は以下の図を参照していただきたい)。今回、同時に第5段階「控えめな動員」も採られていたかは不明だが、その次の第6段階は「実力行使」となっている。しかも今回は中越戦争で使用した「懲罰」という名目で「力を誇示」した。3度の「力の誇示」で誇示された台湾周辺の「海上封鎖」が、いつか「実力行使」された場合を考えると、あまり悠長に受け止められないように感じる。
 本稿では、「実力行使」された場合の様相と影響を考えてみる。

図:エスカレーションのはしご(カーン『考えられないことを考える』230頁)

2 「実力行使」としての「海上封鎖」の様相

(1)中国が行う海上封鎖の一例

 「海上封鎖」の意味は、参考文献を確認されたい。ここで中国が行うであろう海上封鎖は、台湾政府に中共政権への従属を受け入れさせることを狙いとした本気度の高い実力行使であることから、第3国船舶の台湾入出も阻止・制限する「戦時封鎖」を行うと考えることが妥当である。また、本気度の高い実力行使であることから、中国は米国に対し、ハーマン・カーンが示した第7段階以降のエスカレーションに至ることも想定して実力行使を行うものとする。
 これらを前提に、中国が行う海上封鎖の様相(一例)を以下のようにまとめた。

表:中国の実力行使(海上封鎖)の様相の一例(筆者作成)

 上表の様相に関し、①と②の細部を補足したい。

① 台湾に対する戦時封鎖
 石油等物資の輸入・半導体等製品の輸出、航空機等による人の往来、通信・サイバー空間による情報のやり取り等を、海軍・海警、空軍、戦略支援部隊等をもって、遮断・統制を図る。具体的には、石油タンカー等を臨検・拿捕して中国本土に連行したり、台湾に飛来する民間航空機を中国本土に強制着陸させる等、努めて撃沈・撃墜以外の捕獲措置を行う。
 また、サイバー等部隊や台湾に潜む工作要員等を用いての混乱拡大や高官暗殺等も行われる。
 この際台湾軍は、対処行動の結果として対中武力行使を行うことになるが、これに応じた中国による対台武力行使も、努めて軍事目標に限定して行う。

② 米国等台湾支援勢力に対するA2AD威圧等
 米国等の対台支援や介入をあきらめさせるため、対艦弾道ミサイルや航空機、空母・潜水艦・ドローン・サイバー・電磁波・宇宙戦力等を駆使した威圧・妨害行動、場合によっては核の恫喝を行う。先の2回の「力の誇示」を、より大規模化したものになる。
 他方で、できるだけ米国にエスカレーションをさせる選択肢を与えないようにするため、また、日本や韓国等との交戦も努めて避ける観点から、米国等に対する武力の行使は自衛的に行う。
 米国等が、「航行の自由」や台湾海峡安定を名目に、軍事介入・対中武力行使を行った場合やそれに付随する経済・外交等の措置を行った場合、主に外交努力・情報戦と長期戦に持ち込むことにより、米国や同盟国を少数派化させたり、米等の各国の介入負担・各国内の不満を増大させるように仕向ける。

(2)各アクターのポイント

 まず中国にとっては、米国等が行う各種の対抗措置(軍事的エスカレーション、経済制裁、外交的な包囲網形成の阻止等)に対抗し、国内の安定を維持できるか否かが最大のポイントであろう。
 台湾にとっては、中国の戦時封鎖に意思上と能力上、どこまで耐え得るかがポイントになる、ウクライナのような耐え抜く覚悟の有無が特にポイントとなるだろう。
 米国や日本等同盟国・同志国にとっては、台湾の覚悟を前提に、同盟の結束・国内の強力な支持を維持できるか否か、国際的な支持を得られるか等がポイントであろう。

3 日本はひるまないでいられるか?

(1)各種混乱の現実化・不安感の急激な拡大

 まず、海上封鎖によって、バシー海峡等台湾周辺の海域を往来する民船・旅客機は影響を受け、また半導体等の物資の流通も影響を受けることから、日本の経済等の混乱がある。中国との緊張関係が生起することから、対中経済関係上の影響も受ける。
 加えて、在台邦人、在中邦人をどうするか、南西諸島の国民保護をどうするか、難民や他の外国人の一時退避等にどう対応するか、国内の治安悪化や大規模サイバー攻撃等が起こった場合どうするか、対米支援への対応等様々な課題が表面化し、国民の不安感の急激な拡大が起こるだろう。

(2)中国の硬軟使い分けた奇手による国論分断のおそれ

 米国の日本国内・周辺への展開、その後の対中限定武力行使等に伴い、在日米軍基地等が攻撃される事態にいたったりする。更には、ミサイル試射・戦闘機飛来等威圧、核の恫喝、インフラ等に対するサイバー攻撃、各種工作活動、三戦等もある。日本国内の動揺が激しさを増す中、こんな時に中国が、「米国の在日米軍基地使用を慎重にし、かつ本件で中立を宣言したら、日本を攻撃しませんし、経済的な保証も約束しますよ。」と日本政府にささやいてきた場合、政府は誘惑に乗らないとしても経済界や国民は政府を支えきれるだろうか?

4 おわりに――考えられないことを考える。

 冒頭に紹介した、ハーマン・カーン『考えられないことを考える』にある、以下の文章を紹介したい。

 「熱核戦争は、『考えられない』と考えるだけで、戦争をおこらなくすることはできない、というのが第一章の主題であった。この第二章では、「考えない」でいると、疑いもなく存在する死の道具が使われる確率や、使われた場合には必要以上に破壊的になる確率が、かえって高くなるかもしれない、というのが主なテーマである。」(45頁)

 戦争も、大地震等の災害と同じように、国レベルか国民レベルに至るまでの「備え」が必要な事象である。先日中国が行った「力の誇示」が「実力行使」に至り得ることに、あらゆるレベルで備えておく必要がある。
 そして何より、「実力行使」に至らせない努力が必要である。上述の中国の実力行使(海上封鎖)の様相の一例において中国が試みる手が封じられれば封じられるほど、実力行使の確率を下げることに繋がる。
 台湾に対する中国の姿勢が軟化する兆しはない。むしろ緊張は今後高まっていくように見える。よって、今後の中国の軍事的な動きにより関心をもって見ていき、紛争回避の努力や備えを進めることが必要と考える。

【参考文献】

ハーマン・カーン著、桃井真・松本要訳『考えられないことを考える : 現代文明と核戦争の可能性』ぺりかん社、1968年
(国立国会図書館デジタルコレクションより、オンラインでの閲覧が可能)

コトバンク「海上封鎖」:「日本大百科全書(ニッポニカ) 「海上封鎖」の意味・わかりやすい解説」(宮崎繁樹)から引用;
https://kotobank.jp/word/%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E5%B0%81%E9%8E%96-457619#goog_rewarded

(敬称略)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?