英語と日本語は対応している?
言語学の池上嘉彦氏(東京大学名誉教授)が、こう書いている。
「大学での毎年の入試答案の採点、それから通常の授業や期末テストでの学生の応答ぶりー
こういったことを通じてしばしば得る印象は、英語の単語の一つ一つにそれぞれきちんと対応する意味を持った日本語の単語がいちいち存在するとでも思っているのではないか、ということである。
まさか、と思ってはみるのであるが、そういう機会が余りにも多すぎる。」
(池上嘉彦『英文法を考える』ちくまライブラリー、1991年、227頁)
こういう学生が多いとすれば、ひとつの原因は受験で使う英単語帳だろう。あれは、いかにも英語と日本語が「いちいち」対応しているというイメージを与える。
じつは、この「いちいち」対応というイメージは、半分正しいところがある。
近代日本語のボキャブラリは、英語の単語の翻訳を通して形成されたからである。英語と一対一で対応するように近代日本語を作ったのだから、「いちいち」対応するケースが多いのは当然である。
しかし冷静に考えてみれば、言語がちがうのに単語のひとつひとつがすべて対応することはありえない。
とくに、それぞれの言語の骨組みをなす基礎語となると、どうしてもぴったり対応しない。そこで無理やり、it, the が「それ」で、a(n) が「ひとつ」といったうわさ(?!) が生まれ、日本人の心の深いところで、それが根強く信じられるようになった。
じつは、言語がどういう仕組みでできており、日本語と英語はどうちがうかといった根本的な部分は、まだ解明されていない。
学問のそういうレベルを反映して、英語と日本語が「いちいち」対応しているとか、the が「それ」だとかいうイメージが一人歩きした。
この状況が、近代日本人の英語力を限定することになった。
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