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現在完了はわからない?

以前、英語教員の研究会に参加したとき、コメンテーターとして来ていたかなり著名な言語学者が、次のように発言した。

現在完了というものが、私にはどうにも理解できません。だから私は英語を書いたり話すとき、現在完了をいっさい使いません。

この学者は反骨の人のようで、「わからないものは意地でも使わない」と強調していた。

三島由紀夫が「彼女」という近代につくられた言葉に抵抗があって、どうしても小説で使えなかったという話がある。

なるほど、納得できない表現は使いにくいし、使いたくないと思うのもわかる。

だが、外国語の場合、それを使って生活している人がいるのだから、「わからない」のは外国語のせいではなくて、自分の理解が足りないと思ったほうがいいのではないだろうか。

英語の現在完了 have ~en は、主語の行為 ~ はすでに終わっている -en が、その影響を今も主語が保持 have していることを表す。

He has read the book.      (read the book という過去の行為の影響を he が今も保持 has している → 読んだばかりだ、読んだことを今も覚えている) 

すでに済んだ動態 ~en の影響を、以前の時点で主語がまだ保持 had していたなら、過去完了 had ~en を使う。

He had read the book by then.  (read the book というそのとき以前 by then の行為の影響を、 he がそのときも保持 had していた → 読んだばかりだった、読んだ経験をもっていた)

主語は、動態の「保持 」という静かな努力を行っている。だからbe(静止的動態詞)とdo(変化的動態詞)の中間の、 have (保持的動態詞)が、現在完了にはぴったりなのである。

現在完了も過去完了も、主語による<動態の保持>という概念だが、日本語でこれに近いのは、古文の「けり」であろう。

むかし、をとこありけり  (伊勢物語 第二段)


「けり」は「以前の事象が、現在など、あとの場面へ流れいる」こと、つまり「以前」と「現在」が複合していることを表す(藤井貞和『日本文法体系』ちくま新書、2016年、72頁)。

これは英語の完了形に似ている。

ただし、「けり」は文を語っている話し手(その存在は文中で直接表現されるとは限らない)にとっての、以前の動態・状態の「継続」をいう。

「むかし、をとこありけり」なら、文を語っている人にとって、「あり」がいまもつづいているわけである。

それにたいして、英語の have ~en は、文の主語が、動態を静かに「保持」している。

He has read the book. なら、主語の he が、 read という動態をいまも保持 has している。

動態を保持しているのは、「けり」のように文を話している話し手ではなく、その文の主語である。

そこのちがいに注意しつつ、「かれ、かの本を読みけり」のような気分で "He has read the book. " と唱えて練習すれば、完了形は使いやすくなるかもしれない。

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