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具態の概念的解説

夭折した英語学者・宮下眞二(1947‐1982)が冠詞の本質を論じた文があるので、メモしておく。

あらかじめ用語を簡単に説明しておくと、

その概念が表す対象(物質でも観念でもよい)のすべてが共有している universal な属性を、普遍性 universality という。概念は、対象の普遍性(種類としての側面)を把握した認識である。

同時に概念は、その対象が他の同名の個体とは異なる、独自 individual な属性の認識を含んでいる。概念が表すこの属性を、個別性 individulality という。

以下の宮下の文は、英語の冠詞 a(n), the  が、この「個別性」を表現する概念であることを指摘したものである。

さらに、概念の対象の全体ではなく、ある範囲に限定された同名の個体について考えた場合、その範囲にあるすべての同名の個体が共有している一般的 general な属性を、一般性 generality という。

逆に、ある範囲の同名の個体のなかで、その個体だけがもっている特殊的 particular な属性を、特殊性 particularity という。

これらの関係を図で表すと、次のように描ける。



                    個別性

               ①     |     ②

               一般性 ―  実体 ― 特殊性

                     |

                                                                          普遍性


「個別性」は対象の独自性の認識であるが、ある範囲に限定された認識においては、一般的な(共有されている)個別性と、特殊的な(独自の)個別性という、二種類が考えられる(上図の①と②)。

ある範囲に限った認識において個別性を表現するとき、一般的(共有的)な個別性 ① を a(n) が表し、特殊的(具体的)な個別性 ② を the が表す、というのが、以下の宮下の文の主旨である。

それでは、宮下の文を紹介する。


「すべての実体に共通な抽象的属性の一つに、実体が他の実体とは異なる独自の個体であるという側面、すなわち個別性がある。

定冠詞も不定冠詞もこの個別性を取り上げている。

ところで個別性は、他の属性と同様に、他の実体にはない独自の個別性という側面すなわち特殊的個別性と、どの実体もそれぞれ個別的存在であることから、すべての実体に共通の個別性すなわち一般的個別性との両面をもつ。

この特殊的個別性を表すのが定冠詞であり、一般的個別性を表すのが不定冠詞である。…

冠詞の本質が明かになれば、冠詞の一見多様な現象も、じつはそこに冠詞の本質が一貫していることがわかる。

一般に初めて名詞で表現する場合に不定冠詞を冠するのは、聞手が初めて認識することを考慮に入れて、実体をまず一般的に捉えて表すためである。

同一物を再表現する時に定冠詞を冠するのは、聞手がすでに一般的に認識している物だから、いっそう特殊的に捉えて表すためである。」

(宮下眞二「変形文法の展開とホーキンズの冠詞論」三浦つとむ編著『現代言語学批判 言語過程説の展開』勁草書房、2004年、111頁。太字は引用者)


ここでキーワードである「特殊的個別性」と「一般的個別性」について宮下が補足した部分も次に引用しておく。


「定冠詞が一群の対象を『総括的に』表すと解釈されているのは、特定の集団全体の特殊性を定冠詞で表すためである。一つの集団は全体で一つの個体と捉えることができるから、集団全体の個別性を定冠詞が表し得るのである。

他方、不定冠詞は…一個体の個別性を同種の物に共通の個別性として一般的に表す」(同上書、111頁)

なお、別のところで宮下は、定冠詞があらわす特殊的個別性を「実体の具体的側面」といいかえている。これも「特殊性」の意味を理解するのに役立つだろう。112頁。

宮下は、

「定冠詞と不定冠詞とはどんな実体にも用いる」(同上書、111頁)

とも述べている。すべての実体(→名詞)に個別性を認識することが可能だからである。

以前私は、アメリカ人に「a はどんなときに使うか? countable かどうかなのか?」と聞いた。

彼は

"You can count anything."

と即座に答えた。

...

以上の宮下の把握は、西洋哲学の普遍/個別、一般/特殊というカテゴリー(多くの概念を包摂する大概念)に直接よっている。

これは伝統的に鍛えられたカテゴリーによって英語の冠詞をとらえたという良さがある。

宮下が言うように、英語の冠詞 a(n), the が表す一般性と特殊性は、その文における概念の個別性を基盤にした認識である。

ただもう少し、他の言語とは異なる英語の独自性や、英語の文法(規範)全体のなかの冠詞の独自性に即して把握したほうが精密になり、実用性も高くなると思われる。

私の考えでは、英語の実体認識(名詞として表現される)は、宮下の言うように、文のなかではその一般的な個別性が a(n)  で表現される。この一般的個別性は、英語では形態性(個・回・種)の認識によって序列化されている。

文のなかの実体の特殊性(世界・場面・概念場における唯一性)の認識は、 the によって表現される。

一般的な個別性(a(n) で表す)であろうと、特殊的な個別性(the で表す)であろうと、対象たる個体が複数あるとき、それらに共通する普遍的な一般性を  -s で表す。それらに共通する普遍的な特殊性は、the -s で表す。

なお、文の中であろうと外であろうと、概念の普遍性を直接の基盤にした認識は、英語では無冠詞(ゼロ記号)で表現される。

以上は、次のように描ける。


                 個別性                                     a(n)   |     the

            一般性 ―  実体 ―  特殊性

             -s       |     the -s
                 普遍性
                 無冠詞


注:-s と the -s が表す普遍性は、個別の文中での普遍性、すなわち個別的普遍性である。
 文中・文外を問わない普遍性(普遍的普遍性)は、英語では無冠詞で表す。


私のトランス・グラマーでは、a(n), - s, the を一括して、「具態」という英語独自のカテゴリーととらえている。

TransGrammar 暫定サイト;  https://note.com/ymiura/m/m692d6f6108f1


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