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Silent Spring  ...なぜ冠詞がないか

レイチェル・カーソン Rachel Carson の『沈黙の春』は、1962年の出版というから、いまから半世紀以上も前の本。

いち早く環境破壊を警告した名著で、邦訳も出ている。

ここでは、この本の内容ではなく、タイトルのことについてちょっと考えてみたい。

ある人(日本人)が、このタイトルを "the Silent Spring" と紹介しているのが目にとまった。

調べてみると、カーソンがつけた原題には the がなく、たんに "Silent Spring" となっている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Silent_Spring

とはいえ、英語ネイティブにも、the をつけて呼ぶ人がいてもおかしくないようにも思える。

これは the という冠詞(トランス・グラマーでは「具態」のひとつで、心の場面で体ー表現して名詞ーがすでに定着していることを表す)の問題になる。

the は、心の場面(文)のなかで、その体(表現して名詞)が、<全世界・個別場面・概念セット>のいずれかの場で、すでに以前から定着していることを表す。

silent spring に the をつけた場合も、<全世界・個別場面・概念セット>という三種類の場のいずれかにおいて、その体がすでに定着していることを表す。

この場合だと、他の概念との関係がつくる<概念セット>、たとえば snowy summer, blazing winter,  のような、やや風変わりな季節概念のワンセット(概念場)があって、the silent spring とは、そのなかの silent spring を指定しているという意味かもしれない。

あるいはもっと単純に、著者のそのときの心(意識)という<個別場面>のなかで、silent spring というものがすでに定着しているということかもしれない。

どちらの場合も、the silent spring と表現することになる。

あるいは、話し手の心のなかで silent spring が何回か、あるいは何種類かあり、そのなかの一回分、一種類という意味なら、a silent spring もありうる。

もし、何度も、何種類もあるという意識なら、silent springs もありえないわけではない。

英語のルールからいうと、 the silent spring も a silent spring も silent springs も、ありうるわけである。

では、原題に the も a(n)も -s もないのは、なにを意味するか。

これは、Silent Spring という詩のように見事な概念の組み合わせを、大文字かつ無冠詞にすることによって、それじたいを単独の固有名詞(トランス・グラマーでは、この世に一回だけ登場する体を表すととらえ、独体と呼ぶ)として力強く打ち出しているということである。

こういうことが可能なのは、本のタイトルというものが、もともと固有名詞(独体)的だからでもある。

そしてカーソンの Silent Spring は、そのねらい通り、英語の世界ではいまや固有名詞とみなされ、無冠詞・大文字で表現されることが多い。


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