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マッカーサーはなぜ "I will return." と言わなかったか

太平洋戦争のはじめ、日本軍の急襲を受けたフィリピン駐留の米軍司令官・マッカーサーは、やむなく脱出を決意する。

このことについて、日本英語学の大御所・小西友七氏は、こう述べている。

「最高司令官のマッカーサーは魚雷艇で脱出をはかるが、そのとき有名な  “I shall return.”  (私は必ず帰る) ということばを残していく。

このことばが不思議な魔力を与え、フィリピン人を元気づけたらしい。

2年後、 “I have returned.” と、この約束を実現したことは戦史をひもとくまでもない。…

will がその時その場の意志をあらわすのに、shall は熟慮の上での判断または決意を表明していると言える。

してみると、マッカーサーのことばには、彼のいろいろな複雑な心情がこもっているとみることができる。」(小西友七『現代英語の文法と背景』研究社、1964年、20頁。太字は引用者)

少し補足すると、willとshall の違いは、次のようなことになる。

■will   サンスクリットまでさかのぼると、choose(選ぶ)に関係のある語(研究社『英語語源辞典』)。現代英語では、willは 話者の確信 (主語の確信ではない)をいう。

■shall  印欧語根までさかのぼる古い語で、原義はowe(義務を負っている。be obliged to)に通じている。つまり、「外からの力に縛られてそうなるしかない」という、現在の客観的状態についての話し手の確信をいう。

これでわかった。

日本軍に雪辱を期するマッカーサー将軍の言葉は、たんに話者の確信にすぎない "I will return." では迫力不足であり、熟慮を重々しく宣言する " I shall return." でなければならなかった。

そしてマッカーサーが敬虔なキリスト教徒だったことを考えると、私は帰ってくる運命を神に与えられているのだ、といったニュアンスも込めたのかもしれない。

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