死を想うという事

過去について、なんとなく、まぁ創作とでも思ってね

祖父と"最期"にあったのは確か中学最後の春休みで留守番中、突然祖父から「家の近くまで来てる、出てきてくれないか?」と電話がかかってきたのだ。戸惑った。祖父について母親から聞かされていたのは、飲んだくれて暴れて暴力を振るう粗暴な親。だから親元を離れ、縁を切ったのだと。僕も今まで数回しか見たことがない人だから「怖い人」だったのだ。「嫌だ、行きたくない」と言いたかったけれども、拒絶すると家まで押しかけてきて暴れそうだから覚悟を決めて会うことにした。

かつて現場監督をやっていた祖父はガタイが良く、鬼のような強面で実際対面してみるとめっちゃ怖くて僕は外に出たことを激しく後悔していた。そんな僕に祖父は「高校合格おめでとうな」とだけ言って5000円札を渡してくれた。たったそれだけ言ってボロボロの原付で帰っていった。え?それだけのために?ってのがその時の僕の感想、あと貰った5000円は使おうか、なんか使うの怖いから置いておこうか、親に相談しようかとか、そんなこと考えてた。

祖父が死亡したと警察から連絡があったのはそれから数週間後の話。首吊りだった。遺書などはないが水道ガス電気が止められた部屋で、荒らされてなく、所持金数十円しかないこともあり、生活苦を理由とした自殺だと断定された。死亡推定時刻はわからないけれどそんな経ってないと思う。粗暴な男の自業自得な最期。親戚もみんなそう言ってた。僕も5000円貰っただけの関係だし、どれだけ酷い男かは母親から聞かされていたから特に亡くなっても何も思わなかった

それでもふと祖父と最期にあった時の事を思い出して、もっと話していれば自殺しなかったのかなとか、偶に考える事があって、後悔する。母親は気にするなと言っていたけども。あの時僕は何も話さなかったから、祖父は会って僕の声聞きたかったんだろうかとか・・・そういう事とか色々ね。


で、今なんでこんな事書いたかって、僕も歳をとって30代に入り、これからの人生を考えた時、もしかして同じような結末になるんじゃないだろうかと考えてしまうんだよな。今は実家暮らし、生活に困っているわけでもないし、体はまだ健康。けれどこの生活が続く事は保証されない。自分が働けなくなったら?親の老後はどうする?そして、どうやら僕はこのまま一生独身でこの生を終えそうだ。親は子より先に死ぬ。体が動かなくなったら楽に死にたいな、とかね。そうなるとやはり祖父の最期がチラつく、あれは自分の未来じゃないかって思える。

生活保護を受ければいいじゃんって思うかもしれない。実際祖父の自殺を検分した警察官はなんでこんな状況で生活保護を受けなかったのかと聞いてきたらしい。母親もずっと生活保護を勧めていた。死んでしまうほど苦しんでるなら恥を捨てて受ければよかったのにと、けれど祖父は国の迷惑になるから嫌だ、とずっと拒絶してたらしい。

僕は別に国のためにとは思わないけど、そこまでして生きたくはないなと考える、無理やり生命維持装置をつけて生かされているなら死んだ方がマシだと。そうなってくるとやはり祖父と最期は同じだ。

そう思ったとき、考えるのは祖父の最期。どう自らの最期を決心し、残りをどう生きていこうかと考えてきたという事。くれたあの5000円札は最期を決めた祖父の「孫にしてやれる精いっぱいの事」なんだろう、碌でもない人だったんだろうけど、あの時の祖父は間違いなく立派な人だった。

僕にはそんなものはない、だからちょっとうらやましく思う。僕は最期まで自分のためだけに生きる事になる。そんな僕が情けなくなる。というだけのお話です、ここまで読んでくれてありがとうございます。次は楽しい話書きます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?