極右の世界のBGM/スキンズ、RAC、Fashwave の話
「ダークウェブ・アンダーグラウンド」の著者・木澤佐登志氏による Vaporwave の記事が話題になっている。
初出では「オルタナ右翼を魅了する奇妙な音楽「ヴェイパーウェイブ」とは何か」というタイトルになっており、Vaporwave シーンから抗議めいた声があがった。Vaporwave にはオルタナ右翼にとって魅力的な要素が満載であるかのように受け取れるタイトルなのは確かだが、愛好する音楽とオルタナ右翼を紐づけて語られることに対する抵抗もあったのではないだろうか。
しかし好むと好まざるとに関わらず Vaporwave がオルタナ右翼を魅了していることは事実である。2016年には Vaporwave のアーティストらによるナチズムと闘うためのディスカッションも開催されている(追記・下記ニュースサイトはフェイクニュースサイトで、実際にこのような会合は開催されていない)。
音楽と極右が結びつく事態は、音楽史においてたびたび見られる。ここでは「音楽と極右」をメインテーマにして話をしてみよう。
極右とパンクロック
「極右のための音楽」は fashwave が最初ではない。日本でも街宣車は軍歌を鳴らしているし、ワーグナーやシュトラウスなどのクラシック音楽は今もネオナチに愛され、また政治的論争の火種でもある。
中でも特筆すべき音楽は、ユース・カルチャーとして勃興し、現在でもシーンを築いているスキンヘッズと彼らの音楽だ。
スキンヘッド・ミュージックはその名の通り、スキンヘッズと呼ばれる坊主頭のパンクスが愛する音楽を指す。1960年代にイギリスの労働者階級から現れたスキンヘッズ。彼らの風体はもちろん坊主頭。フレッドペリーのポロシャツをサスペンダーで留めて、ドクターマーチンはチェリーレッドの8ホールでキメる。イギリスの国技であるフットボールをこよなく愛し、ビールを飲んでは大暴れ。ブルー・ビートのリズムにのせて、大きく足を踏み鳴らしてダンス(ムーンストンプ)する。
ルード・ボーイ(不良)と呼ばれた彼らの素行不良は悪名高く、経済的退行を続けるイギリスにあって、仕事を奪うアジア系の移民を排斥する差別主義の色を帯びていく(パキ・バッシング)。そんな背景から70年代以降、反人種差別を掲げる2トーン・スカが登場するのだが、ここでは時代背景を捉えるだけにしておこう。
スキンヘッズ・ムーブメントは80年代にリバイバルする。イギリスから若干おくれてドイツで花咲いたスキンヘッズ・シーンが、イギリスのスキンヘッズと合流、また同時期にドイツで起きていたネオナチの組織化などが結びついて生まれたのが RAC である。
RAC とは Rock Agsinst Communism、すなわち反共産主義の思想を持った音楽なのだが、現在ではほとんどネオナチと同義に思われる。イギリスの極右政党 National Front との関係の中で British Movement、Blood and Honour、White Power などの白人純血主義のもと、ナチズムを掲げる音楽シーンが生まれ落ちたのだ。
これらの RAC 系の音楽シーンは過去のものではなく、ドイツでは RAC 系のフェスが開催されるほどの規模があり、映画「帰ってきたヒトラー」でもその一端を垣間見ることができる。
ちなみに日本でも British Movement に倣い、Japanese Movement や Samurai Spirit Skins といったムーブメントがあり、代表的なバンドとしては鐵槌や桜花、雷矢が挙げられる。とくに鐵槌は海外での評価も高い。
誤解のないように付け加えると70年代に2トーンが現れたように、反人種差別、Skin Heads Against Racial Prejudis を掲げるバンドも多く、スキンヘッズ・イコール・人種差別主義者というわけではない。
RAC 系のバンドはスキンヘッズの音楽に倣い、 Oi パンク、ストリートパンクを基本にしながら、メタルへの接近がかなり強い。どういう捻れ方なのかわからない(マンガ「HELLSING」を連想すると、なんとなくわからんでもない)がネオナチのブラック・メタルすらある。彼らはネオナチらしくミリタリーのイメージが散りばめられたデザインに包まれ、メタリックで力強いビートに乗せてヒロイックなムードで団結とマッチョイズムを歌い、鳴らしている。
Trumpwave の台頭
fashwave や Trumpwave から我々は、かつて政治家の鈴木宗男を茶化した日本のインターネット・ムーブメント「ムネオハウス」を連想してしまうが、インターネット・ミームとドナルド・トランプというキャラクターの相性がバツグンなのは明白にしても、ことはそう単純でもなさそうだ。
fashwave の代表的アーティスト Cybernazi(CYBERNΔZI)の活動は、観測できる限り、2015年11月12日に YouTube にアップロードされた「Galactic Lebensraum」が最初である。日本語に訳すなら銀河生存権。これはナチスの掲げた東方生存権のパロディだろう。
この当時はまだ Trumpwave ではなく、Hitlerwave の呼称が用いられている。ナチスを意識した曲名からも適切な呼称だが、アップロードのタイミングからはドナルド・トランプへの意識が感じられる。
ドナルド・トランプが合衆国大統領選挙への出馬を表明したのは2015年6月16日。トランプの移民の強制送還、国境への巨大な壁の建築などの移民政策に対して各方面からの非難が高まっている中での楽曲発表である。
Trumpwave が本格的に盛り上がり始めるのは2016年11月6日、大統領選挙の一般投票開始と同時期だ。
しかし、実は fashwave/Trumpwave を標榜するアーティストの数はさほど多くはない。いや、ごく少数とすら言える。Cybernazi の「Right Wing Death Squads」は2019年2月10日現在で34万再生を伸ばしているが、その他の楽曲は平均して1万再生そこそこである。
オルタナ右翼がヘヴィに再生している音楽は fashwave だけではない。オルタナ右翼へ向けられたラジオ局 Black Sun Radio では fashwave と共に、むしろ Synthwave が熱心に発信されているのだ。
Synthwaveの(負の)拡散史
Synthwave がどのような音楽なのかを知る前に、その拡散について考えてみよう。オルタナ右翼はどのように Synthwave を発見し、どのように広まったのだろうか。
もっとも早い掲載はオルタナ右翼のニュースサイト Daily Stomer による2016年8月13日の記事である。記事では Daily Stomer 創設者 Andrew Anglin 自ら「fashwave/Synthwave はオルタナ右翼のサウンドトラックである」と称賛している。
また、記事に先駆けて2016年2月21日にオルタナ右翼のラジオ局 Black Sun Radio が開設されている。開設当初より Cybernazi へのリンクが貼られ、ロゴでは Synthwave のラジオ局であることが掲げられている。
2016年12月13日に掲載された「オルタナ右翼のための電子音楽の作り方」と題された Buzzfeed の記事は、特に大きな反響があったようだ。Cybernazi を取り上げながら fashwave の動向について解説している。注意深く、テキストの最後には New Retro Wave のオーナー Ten.S による憤りを伝えているが、記事には Synthwave シーンからのネガティブな反響があったことは後述する。
2016年12月15日の Vice マガジン。オルタナ右翼が fashwave を通して映し出すヒトラーの影に警鐘を鳴らしている。12月19日の大統領選挙一般投票前夜のタイミングを意識した掲載だろう。
2017年1月30日には同じく Vice が Trumpwave を取り上げている(現在は削除済み)。
Vice の記事はオルタナ右翼に対して批判的な論調だが、Vice media の co-founder である Gavin McInnes がかつてドナルド・トランプの支持を表明したことは留意しておく必要があるだろう。
メディアによる Synthwave とオルタナ右翼の関連付けについて、2016年12月28日の時点で、ある Synthwave ファンが苦言を呈している。
「Buzzfeed は Synthwave に呪いをかけた」と題されたこの post には、オルタナ右翼が Synthwave を称揚するのは甚だ迷惑な話だが、それ以上にメディアが取り上げることが迷惑であること、しかしまた同時に、パンクミュージックが RAC と戦ってきた歴史と同様に Synthwave のファンも「Synthwave はネオナチの音楽ではない」と説明する必要がある、と述べている。
対抗するように Daily Stomer もまた「fashwave friday」と題する fash/Synthwave の紹介記事を2016年8月19日から2017年7月21日までの期間、連載を続けている。この連載、タイトルでは fashwave を取り上げているが紹介されているアーティストの大半はネオナチとは無関係の Synthwave である。
Daily Stomer 以前の目立ったメディア掲載を見つけることは今のところ、できていない。オルタナ右翼はどうやって Synthwave を発見したのだろうか。
2014年4月29日の時点で政治について議論する 4chan/pol にて pepe アイコンのユーザが Synthwave への愛を表明している。スレッド全体はおだやかなもので Synthwave 以外にも様々な音楽を推薦しあう、牧歌的な光景である(そこに pepe さえいなければ……)。また Daily Stormer、The Right Stuff、National Policy Institute の掲示板でもこのようなやり取りは今も続いている。オルタナ右翼は自ら Synthwave を発見したことは改めて強調しておきたい。
「荒らしの相手をするやつも荒らし」は古くから伝わるインターネットの伝統的しぐさだが、日本ではスマイリーキクチ氏、最近では余命三年ブログによる大量懲戒請求のように、そのスタンスの有効性はもはや否定されたと私は考える。海外でもまた、エンジニアの Kathy Sierra が「荒らし」の被害にあっている。翻訳家 yomoyomo 氏による全インターネット・ユーザ必読のテキストを添えて、この章を終えることにする。
Synthwave とゲームの世界
「Synthwave と Vaporwave はどう違うのか?」がたびたび話題になっている様子はインターネットで見かけられる。その差異は明確に存在するのだが、ここでは踏み込まない。そんな疑問がたびたび生まれる程度には近しい音楽であるということだけ意識しておきたい。
さて Synthwave がどのような音楽か、と問われた時にまず挙げられるのはゲーム「Hotline Miami」のサウンドトラックだ。他にも「Far Cry 3: Blood Dragon」「VA-11 Hall-A」など、ゲームのサウンドトラックが挙げられる。
ゲーム音楽と Synthwave は相互に参照し合ってるため、その影響関係には慎重な調査が必要だろう。ここで指摘するべきことは Synthwave と「Hotline Miami」「Far Cry 3: Blood Dragon」「VA-11 Hall-A」などのゲームの位置関係にある。
これらのゲームはタイトル・ロゴを見れば明らかなように Synthwave の世界観そのものだ。メタリックなロゴや、ネオンの色彩、SF とレトロ……これらの世界観を一言で言い表すインターネット・ミームが存在する。「Outrun」である。
インターネットを覆う Outrun
「Outrun」はご存知の通り 1986 年に発売されたセガのゲームタイトルだが、現在では Outrun っぽい世界観……つまり上記のゲームタイトルの世界観、Synthwave の世界観、レトロ・フューチャーの雰囲気を持った音楽や画像にタギングされるインターネット・ミームと化している。
この Outrun、Reddit のsubscribe がなかなかすごい。
あくまでも音楽のカテゴリである Vaporwave/Synthwave と比べて、その内包する要素が多いのだからファンが多いのは道理なのだが、それにしても26万件(2019年2月10日現在)と Vaporwave とも倍以上の差をつけている。
Outrun のスタイルはそもそもゲームから出発しているのだから、ゲーマーに愛されないわけもなく、Outrun スタイルのゲームは数多く発表されている。
オルタナ右翼とゲームといえば「ゲーマーズゲート事件」を連想しないわけにはいかない。
meme team による駄コラが Call of Duty のパロディであることにも注目せざるを得ないだろう。
ここで安直に「ゲーマーは Synthwave のファンでオルタナ右翼」などという対立を生むだけのくだらない話をしているわけではないことは、あえて述べておこう。先に挙げた「Far Cry」シリーズは現代のアメリカを風刺的に描くことに成功している作品でもあるのだから。
ゲームから出発した Outrun の世界観は現在、人々を広く魅了し、インターネット・ミームとしてそのビジュアルを増殖させ続けている。その世界観、いや、もっと曖昧な「ムード」のようなものが Synthwave のファンやゲーマー、ついにはオルタナ右翼まで、いわばミレニアルの世界観と一致しているではないだろうか。
極右の世界のBGM
Daily Stormer の創設者である Andrew Anglin は fashwave/Synthwave を「Whitest Music Ever」と評価した。おそらくスクエアでジャストなリズムを「黒人音楽からの影響がなく、白人的である」と言っているのだと思うが、これはこじつけに思える。
オルタナ右翼の指導者的存在である Richard B Spencer が Depeche Mode をオルタナ右翼のオフィシャル・バンドであると公言し、Depeche Mode から激怒され、発言は冗談だが自身は Depeche Mode の熱烈なファンであることを表明した。同様に、オルタナ右翼はただ純粋に Synthwave のファンでしかなく、音楽からイメージされる世界観が彼らの背後にあるのだろう。そして好きな音楽に、自身の思想を注入して fashwave/Trumpwave を作ったのだ。
いつの時代にもどんなジャンルにもナチズムを称揚するスタイルはある。テクノにすらナチ・テクノなんてものがあるのだから。しかし fashwave が問題とされるのは、それらの音楽の演出するムードが、ナチズムを共有しない人々にも届きうる予感がするからではないだろうか。
fashwave/Synthwave には、RAC の鳴らした力強くドラマティックなサウンドとは全く異なった響きがある。民族の団結を謳い、純血を志す RAC の音楽は、どこか人間を鼓舞させるヒロイズムをまとっていたが、Synthwave と現代のアメリカを重ねて鳴らす時、そこに人間の詩はなく、無人のテーマパークと、主なく動き続ける機械の虚無が幻視される。
かつて想像された未来、そしてそんな未来が訪れる日は決して来ないとわかった現在からかえりみる、過去に存在する未来、レトロ/デッド・フューチャー。機械の鳴らす、憂鬱でダウナーなチルアウトが、オルタナ右翼が世界に鳴らすバック・グラウンド・ミュージックなのである。
参考
執筆にあたり、以下のエントリにはとても助けられました。ありがとうございます。Outrun や Synthwave に興味のある人はこちらのエントリを読むとより深く掘り下げられると思います。