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《想像》のエクササイズ:ユージーンスタジオ『新しい海』

東京都現代美術館で開かれている『ユージーン・スタジオ展』の会期の終わりが近ずいている。

彼らはこの展覧会の中で、現代では最も私的な振る舞いである《想像》という行為の可視化と共有をする。そして、《想像》という行為を”二人称的な振る舞い”へと拡張することを試みる。

概念芸術というのは、作品の中に他者の自主性が入り込める余白をどれだけ担保するか。この塩梅がとても難しい。この調整を誤ってしまうと、現在散見されることの多い大量生産的なコンセプチュアル・アートのように、鑑賞者の感性や想像力に依存しすぎる作品になってしまう。しかし、それでは作品は美学的装置としてうまく機能しなくなってしまうのである。

もしかしたら鑑賞者の中にも、真っ白い空間とそこに佇んだ美しい風景にのっぺりした印象を受けてしまった方もいるのではないだろうか。そんな鑑賞者は、《想像》という行為を頭の中の”ふわふわした感覚”のものではなく、もう少し”プラクティカル”なものとして捉えるといいかもしれない。

彼らは、美術以外の広範な領域で単発の作品を提供しているように見えるが、実際は連続した地道な実践である。作品が人目に触れる”時期”と”場所”。彼らはこれを作品の中に、もちろん移植するのだが、それだけでなくその作品が外の世界とうまく接続される、この世界の多様なレイヤーと”プラクティカルに”に折り合いをつけるアジャストメントの力も洗練されているのである。そのため、作品そのものに注視しすぎるとそのインパクトは淡くなってしまう。

今会期中にワンデー公開された二つの短編映画がある。これらはMOTで展示されている作品を見るための、ある種の”イメージソース”として機能する。この二つの映像作品を眼にしてから、今回のペインティング作品に立ち会うとその淡さは少し能動的なものに見えたはずである。なので、彼らのイコンのように機能するモチーフも多く出てくるこれら二つの映像作品について少しだけ触れよう。まだ当分オフィシャル公開はされないと思うので、ほんとに触り程度である。



(From https://the-eugene-studio.com/ja/studio/ )


まず左の作品『PURPLE GREEN BLUE』で私たちが眼にするのは、多様性が実装された”あと”の世界の風景である。死期が近ずいている黒人の主人公とその同性愛的関係にいるアジアンのパートナー、そして彼らの盲目の養子の子供を中心とした物語である。プロットだけの印象では多様性の問題では向き合わざるを得ないマイノリティ構図の命題をいっしょくたにしたように思える。だがポイントは、前提に”実装”された世界があるということだろう。この映画の中で、主人公は、一般的な批評性を備えた作品のように《虐げられた者》や《地下を主戦場とするダークヒーロー》、あるいは同性愛的な描写を過度に前面に出すような体制化しつつあるマイノリティ表象からは守られている。彼が向き合うのはあくまで近ずく自らの死であり、そして自分がいなくなった後の世界に思いを巡らすための猶予を少しだけ与えられている。本当に、映画としては意識を通過してしまうほど”ありふれている”のである。彼らの長所はこの”透明度の高い実装”である。それがこの作品では垣間見ることができる。

一方の『LLAFRETAW』で輝るのは、世界の抽象による命題の可視化だろう。彼らはこれを本当にシンプルに行う。前作の物語という生成の技術によってこの世界にイメージが実装されるのとは対照的に、こちらではモノクロによる抽象化で外の世界からそのまま”ここ”へ風景を調達する。これは徹底的に目の前のイメージに寄り添う写真家の観察に親しさを感じる。デジタルシネマカメラによるモノクロフィルム。私はデジタルのノイズ感の薄いモノクロイメージを映画で見る機会などほとんどないのだが、思考を介在させないほど目の前のイメージに没頭させてもらった。おそらくカラーであったら、晴天の空がかえって鑑賞者に生理的な快活さを呼び込んでしまうし、”あの月”がパラレルな世界のような効果を生むこともなかったかもしれない。

これらの映画の他にも今回の鑑賞のための知見になるものは多い。ほとんど図書館や博物館と化している彼らのコーポレイトサイト、というよりポートフォリオサイトは見ることそのものを楽しめる。

これは余談的な話の部類に入るかもしれないが、彼らの作品がある種のイコンと化してインスタグラムやネット上で”振る舞っている”、この働きも彼らの作品の装置性を占めるものとして決して少なくないと思う。”淡い虹”や”輝く平面”が私たちのイメージソースとして”夢”の一部になるかもしれない。


長々となってしまったが、残り少ない開館日数ですが足を運べるならばぜひ。”ゆっくり”と立ち会えばいいかと思います。では。

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