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趣味ではじめる哲学研究

・前置き

 最近、色々な方とやりとりする中で、大学生や大学院生でない方々でも哲学に興味を持ち、勉強したいという方が意外に多いということを知りました。

 しかし一方で「どこからどう勉強したらいいのかわからない!」「何が書いてあるかわからーん!」という声も非常に多く耳にします。この記事で、そういう方たちのために「哲学とはどのように勉強するのか?」をテーマに僕の個人的な経験などから勉強法を提案してみます。

 「趣味で勉強ならともかく研究ってそんな大げさな…」と思うかもしれませんが、英語にしちゃえばどっちも同じstudyです。ベネットという近代哲学研究の大家のスピノザの研究書だってタイトルは「A Study of Spinoza's Ethics」ですよ。研究も勉強もいっしょです。そう、いっそのこと勉強じゃなくて研究ってことにしちゃえばいいんです。個人的には趣味で勉強(研究)する方だけでなく、哲学で卒論を書きたい大学2年生や3年生がどうやって勉強したらいいかなという指針にもなっていると思います。

方法①:専門にする哲学者を決めよう

 「専門だなんてそんな大げさな…」と思うかもしれません。しかし、格ゲーだってみんな「誰々使い」でしょ?そんな気分でいいのです。「専門」っていうとなんだかテンションもあがりますしね。

 以前、次のようなツイートをしたことがあります。

 Twitterの140字制限のなかで最低限書きたいことだけ書いたので「〇〇研究者になれ!」という風に誤解されて伝わったりもしましたが、「一旦なってみる」というのが大事です。別に合わなければやめたっていいですし、誰々研究じゃなくて自分自身の問いを哲学的に探究したい人がいたってまったく構いません。

 とは言っても、自身の問いを哲学的に探究したくたって、何の知識もない人がいきなり数学や物理学をできないのと同じように、哲学だって学問ですから、何も読まず勉強せず急に哲学をしはじめることは不可能です(『パイドン』によると、ソクラテスだってアナクサゴラスの著作を読み漁って、それで失望したという経緯があるみたいですよ)。また、自分自身の哲学とかにそこまで興味がない方でも「よっしゃ哲学勉強すっぞ!まずはプラトンの『国家』とアリストテレスの『形而上学』、アウグスティヌスの『告白』にトマスの『神学大全』に…デカルトの『省察』、スピノザの『エチカ』、カントの『純粋理性批判』、ヘーゲルの『精神現象学』も外せないな…おっと現代だったらベルクソンの『物質と記憶』とハイデガーの『存在と時間』に…」なんてやりだすと絶対挫折します。積読ブームの昨今ではありますが、お金だけたくさんかけて積読しちゃうのは流石に勿体ないですよね。それに趣味でやるのに挫折してしまっては元も子もない。我々の時間は有限です(ついでにお金も)。まずは専門にする哲学者を一人決めることをお勧めします。分析哲学など、「誰々研究」という風習があまりない領域でもこの方法はおすすめです(最近はそうでもないのかな)。

 では次にどうやって決めるか?正直どんな決め方でもいいです。僕は博士課程までいってスピノザを研究しましたがぶっちゃけ最初の理由は「名前がかっこよかったから」とかいう適当な理由です。上でも述べましたが合わなきゃ乗り換えたっていいんです。「自分にとって運命の相手を探さなきゃ…」なんて考えていたら決まるもんも決まりません。哲学者の名前がいっぱい載ってそうな哲学史の入門書かなんか買って「えいや!」と決めてしまっていいのです(僕は貫成人『図解雑学 哲学』で決めました)。国内では研究が盛んでないマニアックな哲学者だったりしたら意外と穴場かもしれませんよ。あっという間に趣味研究者のなかではトップランカーですよ。

方法②:研究する著書を一冊決めて、どの箇所(部、章など)を研究するかまで具体的に決めよう

 「よし!じゃあ俺はスピノジストになるぜ!さあ早速『エチカ』はもちろん『神学政治論』を読んで、『往復書簡集』も全部読んじゃうぜー!」

はい挫折します。絶対挫折します。「じゃあとりあえず『エチカ』一冊読破…」、それも挫折します。「え、じゃあとりあえず入門書から…?」、はい、実はそれも挫折します

 哲学書一冊を何の問題意識もなしに読み通すのって実はすごくしんどいんですよ。学術書ですから、何の問題意識もなければ「なんでこいつはこんな難しいことゴチャゴチャ言ってるんだ?」くらいにしか感じません。

 たとえば『エチカ』はその名の通り確かに倫理学の本なんですが、扱っているテーマは非常に多岐にわたります。もちろん研究として『エチカ』をひとつの繋がりを持った体系的な哲学書として解釈する、そういう研究はありえますし、大事だと思います。ただ、我々はまず趣味で哲学をしようとしていることを思い出しましょう。『エチカ』を読むにしたってテーマや箇所を具体的に決めなければ読めないです。ですのでまず、専門にしたい著書を一冊決める。そしてさらにその著書のなかでも具体的にどの箇所を専門にするかを決めます。『エチカ』だったら第一部とか、『省察』のようにそこまで長くない本でも第三省察とか、具体的に決めるのが良いです。短くて、数時間で読めるような分量をひたすら読むことからはじめましょう。わからなくなってきたら、その前後を読みつつ、決めた箇所と行ったり来たり。そうして勉強していたらいつの間にか読んでる箇所が増えていって気づかないうちに読破しています。無理せず楽に読書し、勉強するのが挫折しないコツです。特にラカンやドゥルーズなどの、初学者では何が書いてあるかまるでわからないような哲学者の場合(ラカンは精神分析家か)、特定の箇所をひたすら読み込むことから始めるというのは有効な手段だと思います。

 じゃあ読む箇所ってどうやって決めるの?と思うでしょうが、正直これも適当で構いません。僕は第三部の感情論と、第四部の規範に関わる倫理について中心に研究していましたが、それも今となっては何故そこを選んだのか覚えていません(確か「自由な人」という第四部後半の概念に興味を持ったのは覚えていますが…)。目次を見たりパラパラと流し読みしながら自分の興味関心に合いそうなところを探しましょう。具体的に読む箇所を決めることによって逆に自分の興味関心が見つかるというケースもあると思います。そもそも「趣味で哲学したい」と思ったということは何か関心があるのだと思います。こうした箇所を決める際、入門書に頼ってみると言うのも良いですが、いきなり入門書を読んだとしても、「スピノザやりたいからとりあえず入門書を通読します」だとその入門書も挫折しちゃうんですよね。僕は活字が苦手な人間ですのでそうでした。ですので、まずは自分の専門とする哲学者、著書、そしてその著書のどこを専門とするかを半ば強引に出も決めてしまいましょう。これは自身の専門の勉強を進めていって、他の哲学者の知識が必要になった時にも有効な戦略だったりします。

方法③:入門書や概説書、論文、研究書などを読みながら自分の決めた箇所をひたすら精読し、自分の研究テーマを決めよう

 ここにきてはじめて入門書の出番です。多くの入門書は広いスケールで対象の哲学者を扱っているので、自分の決めた箇所に関する解説も恐らくあると思います。研究書にしてもそうです。読破しようとすると必ず心が折れます。目次を見ればどこに何が書いてあるかわかるので自分の読んでいる箇所と関係がありそうな章をサクっと読みましょう。

 特におすすめなのは中央公論新社の『哲学の歴史』シリーズです。各哲学者ごとに簡単な伝記や各著作の紹介が読みやすいページ数でまとめられていますし、巻末の哲学者別文献リストが最強に役立ちます。2007~2008年のあいだに刊行されたシリーズなので情報としてもまだそんなに古くありません。専門にしている哲学者と時代が近い哲学者も同時に調べられるのも強みですね。古いものと新しいものが混ざりあってはいますが、清水書院の『人と思想』シリーズなんかも定番です。

 もうひとつおすすめなのは論文です。「えっ、論文なんて専門家が読むようなものじゃないの?」と思われるかもしれませんが、著作を片手にしっかり読めば意外と読めます。むしろ大体10~30ページで一つのテーマに沿って明晰に書かれているので入門書よりも遙かにお手軽です。

 最近はCiniiでお手軽に検索できるようになりましたし、pdfで読めるものも多いです。pdfがなければ、大学図書館にいけば大学や学会が発行している論文集なら大抵あります。

 そうやって読んでいくうちに「ははあ僕が読んでいる箇所は従来こういう風に読まれているんだな」とか「ここが研究でも問題になることが多いんだな」とかがわかってきます。ね?研究しているみたいで面白そうでしょ?また、「僕はここが疑問なのにみーんなこの問題については語ってくれないな…」なんてものを発見できれば儲けものです。そうすれば自分がこの本を読むうえで「気になる」「解決したい」というテーマが見つかります。研究テーマというと大げさですが、別に発表したり論文に書いたりと、文章にする必要はありません(したければ是非ともするべきですが)。そういった研究テーマが見つかるだけでどんどん読みたいものが増えて、どのような知識を自分はつけるべきなのかもわかってきます。そういうところから、その著作の他の箇所や、同じ哲学者の他の著作、影響関係にある他の哲学者の著作、そしてまたそれらの入門書や論文など…。そうやって読書量とは増えるものなのです(哲学の場合)。

方法④:読書会や勉強会に参加しよう、学会にも参加しちゃおう

 読書は基本的に一人でするものですが、一人だとなかなか集中できなかったり、また読めたとしても自分一人だけの視点になりがちです。ですので近所で行われている読書会や勉強会に参加するのは非常におすすめです。「みんなで読めば怖くない」という奴です。絶対に読みますし、挫折知らずの読書法です。

 最近ではZOOMの普及からかオンラインでの読書会や勉強会も増えてきました。それらを利用して自分が主催することも容易になりました。これを利用しない手はないです。

 また、学会というと「そんな畏れ多い場所…」と思われるかもしれませんが、一般の方への門戸は意外なほど広いです(所属書くときに戸惑うかもですが)。研究者の議論を生で見ることは非常に勉強になります。国内の学会に関しては、たとえば大阪大学の哲学・思想文化学のリンク集が網羅的です。他にもいろんなワードで検索してみるとたくさん見つかると思いますので自分の関心に合いかつ場所的にも参加しやすそうな学会を見つけましょう。

 近年はSNSでの告知も増えてきましたので、自分の知りたい学会情報などを周知してくれそうなアカウントをフォローして、常にアンテナを伸ばしておくといいと思います。

方法⑤:勝手に師匠を作っちゃおう

 簡単に言えば推しの研究者を一人作って、その人の研究書や論文、著書を全部読んじゃうことです。あれやこれや色々読むのは大変なので、一人に絞ってしまおうということですね。研究者の解釈って、論文や本は違っても要所要所で繋がったりもするので、その研究に関する理解もかなり深まります。読むだけなら誰にも迷惑がかからないので、勝手に弟子入りしちゃいましょう。

・さらに上を目指したい人のためのステップ

 ここまでやればもうあなたは立派な趣味哲学研究者です。ただ、それだけじゃ物足りない!もっと本格的にやりたい!という方のためにいくつかのステップを用意します。

ステップ①:SNSやnoteなどを使って発信する

 趣味で研究している人達はアウトプットの機会に恵まれません。ですので自分の読みが正しいかどうかがどうしても独断的になりがちですし、それにそもそもアウトプットの場がないのは寂しすぎます。そこでSNSの出番というわけですね。

 Twitterは140字制限が良い具合に働いて、読んで思ったことを整理し、要約してつぶやくのに適しています。文字にするとやっぱり記憶に残りやすいですし、文字にする過程で色々考えたり思いついたりすることもあります。noteやブログなど、長く書ける媒体にチャレンジしてみると、自分の思考を文章に起こす難しさを実感すると思いますが、実はその難しさは、今自分のなかにある思考を整理し、新たな思考を生み出す作業でもあるのです。生みの苦しみという奴です。

 ただ、「哲学の文章の書き方なんかわからーん!」って方もおられると思います。そういう方には戸田山和久『論文の教室』が定番です。

 もう一つ、僕のオススメとしては河野哲也『レポート・論文の書き方入門』です。こちらは参考文献の表記法や引用の仕方など、学術的な作法にも詳しく、テクスト批評という手法を用いて一本書き上げるという入門書になっていますので、テクスト片手にこの記事の方法を実践してみるのにもばっちり合います。

 SNSやnoteなどで公開しないにしても、単なる勉強メモを越えて、自分用にレポートのようなものを書いておくことは、自分の哲学的な思考力を鍛えることにも繋がりますし、何より良いのは後にそれを見返すことによって簡単に勉強した内容を思い出すことができます。やはり人間忘れがちですし、なんだかんだで自分の書いたものって後から読み返すとめっちゃ面白いです。そりゃそうなんです、自分のテーマ・関心に基づいて書かれた世界で唯一の文献なんですから。

ステップ②:原語・原書にチャレンジ

 西洋哲学の書物は、当たり前ですがもともと日本語で書かれたものではありません。多くの場合、皆さんも和訳を手に取って読んでいることと思います。

 「えー!原語なんて絶対ムリよ!ムリムリムリムリかたつむりよ!!」と思うかもしれませんが、原語で読めたらめっちゃ面白いですし世界が広がります。何も訳書に頼らず原書を一字一句精確に読んでいけと言っているわけではありません。たとえば『エチカ』を読んでいるとき「活動能力(畠中訳)」という語がでてきて、それの原語が気になった時、さっと原典を開いて「なるほどpotentia agendiか」なんて確認できたら研究者っぽくてかっこいいですよね?それにそこから「じゃあpotentiaってどういう語だろう」とか「agendiのもとのかたちはagoかー」とかがわかって、「それじゃあ伝統的にはどういう使われ方をしている単語なのかな」とか調べだすともうあなたは立派な趣味研究者です。訳書ありきでいいんです。

 原書の入手方法ですが、最近では著作権が切れてる古典であればネットで公開されているものも増えてきましたね。たとえば、冒頭で触れたベネットという研究者が運営しているEarly Modern Textsというサイトですと、近代哲学の英訳のテクストが非常に充実しています。

 本で入手したいのであれば、海外のペーパーバックで購入するのがお勧めです。フランスの出版社であればFlammarion社が出しているものや、points essaisといったシリーズが、お手軽でかつ質も高い印象です。対訳本も多いですね。多少値が張っても良いならVrin社やPUF社の出版しているものでもいいかもしれません。実際に大学の研究者が使っているものも多いです。購入方法としてはAmazo.jpにはないものも多いので、Amazon.comAmazon.frで検索してみることをお勧めします。アカウントを関連付ければ、Amazon.jpと同じアカウントで購入できるので、ログインしたら住所を海外向けに入力するだけです。原書に関する情報に関しても、先にも挙げた『哲学の歴史』にも詳しいです。

 また、英語以外の原書にチャレンジするとなると、当然新たに言語を習得する必要があります。でっかい文法書なんか購入した日にゃテンションは上がりますがまず間違いなく挫折しますので、個人的には「日常会話から文法を学ぶ」というコンセプトのもと、比較的平易に書かれている『ニューエクスプレスプラス』のシリーズをおすすめします。マニアックな言語まで手広く出版しているので、主要な言語は必ず見つかると思います。

 ラテン語やギリシャ語などの古典語の場合は日本語辞書が一番安いものでも結構値が張ったりします。そういう場合は英語の安いペーパーバックの辞書をやはりおすすめします。安く買えるし英単語の語彙も増えるし一石二鳥ですよ。

ステップ③:海外の研究書や論文に挑戦する

 「えー!外国語の研究書なんて絶対ムリよ!ムリムリムリムリかたつむりよ!!」と思うかもしれませんし、僕も英語も仏語も苦手です。しかし西洋哲学の本場はやはり欧米、日本でも海外に負けないレベルの高い研究は非常に多いのですが、本場は何百年にわたる積み重ねがあるため、やはり情報量に差があります。

 外国語で書かれた研究書や論文だからといって尻込みする必要はありません。方法③で述べたのと同様、気になる章だけ、気になる節だけ、気になるページだけ読んでも構いませんし、何も読まないより100倍良いです。また、Academiaというサイトではただで論文が読めますし(検索もできます)、Stanford Encyclopedia of Philosophyでは専門家が記事を執筆していますので、Wikipediaよりも遙かに情報量が多いです。

これらのサイトであればコピペして機械翻訳にぶち込むことも容易です。「えー機械翻訳なんかで読んじゃっていいの?」と思うかもしれませんが、読まないより遙かにマシです

 また海外の研究書に関しても何から手を出せばよいのかわからないケースも多いと思います。そんな時はやはり『哲学の歴史』が便利です。洋書のリストもバンバン載ってます。

 英語であれば、The Cambridge CompanionCambridge Critical GuidesThe Bloomsbury Companionといったシリーズの論文集が定番で間違いがないです。論文はやはり短いから良いですね。執筆者にも寄りますがこういったシリーズは世界中で読まれることを意識しているのか、少し平易な英語で書かれているように感じることも多いです(あくまで僕の印象ですが)。

 海外の研究に目を通すことができればアクセスできる情報が一気に広がります。外国語アレルギーを乗り越えて、勇気を出して一歩を出してみましょう。僕も外国語を読むのは苦手ですが、ヒィヒィ言いながらどうにかこうにか読んでいます。

おわりに

 非常に長くなりました。最後までお読みいただいた方、飛ばし飛ばし読んでここまでたどり着いてくれた方、お付き合い頂きありがとうございます。 最初に引用したツイートにも書いている通り、一人の哲学者に集中して勉強すると逆説的にそこから世界が凄く広がります。専門だとか研究だとか言っちゃうと話は大げさになりますが、それくらい言った方がモチベーションも高まります。ここに書いたことはやる気さえあれば、いや大してやる気がなくても誰でもできます。苦しまず楽な道を選ぶということは、挫折せずに長く続けられる道を選ぶということです。趣味で専門家ごっこ、研究者ごっこしちゃいましょう!

ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございました!質問等々ありましたら質問箱で是非受け付けております。

続編書きました!→「続・趣味ではじめる哲学研究~趣味で調べる哲学史~





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