12年生修学旅行レポート

これは私が1年前、修学旅行に行った後に書いた、修学旅行レポートです。1年経って見返してみると、あまりに支離滅裂でしたが、気の向いた方はこのコロナ外出自粛の間に読んでいた抱けると嬉しいです^^*

「2019年度 修学旅行レポート」

はじめに
私たち12年生は4月14日~5月1日にかけて、オーストリア(ウィーン、ハルシュタット、リンツ)、スイス(ドルナッハ、バーゼル)、フランス(セントオディール、コルマール)、ドイツへ修学旅行に行ってきました。このレポートは、その時の体験から考えたことなどをまとめたものです。

Youthconference ISC19とは
スイス、ドルナッハにあるゲーテアヌムに、世界各国のシュタイナー生が集まり、「勇気」をテーマに勇気についての話し合いや、芸術活動、様々な交流などを行うカンファレンスです。隔年で開催され、毎回違うテーマが設定されます。
↓↓カンファレンスの際に撮影された映像です。
https://www.facebook.com/internationalstudentsconference/videos/443190816239924/

Youthconference ISC19

Courage comes deep from you heart
Sometimes you have to be strong
Being different is always hard
Trust your heart it can’t be wrong

We are go out in the dark
Soon things become clear
All you need is just a sperk
Courage will overcome fear

byAaron.Benjamin.Gabriela.Hina.Honoka.Joaquin.Jonas.Milla.Moritz.Paula.Rob.Ronan.Rose.Samuel.Vince.Nicole

これはカンファレンスの時、私たちが参加したWorkshopで作った歌です。1人1人「勇気とは何か」を考えて、それを歌詞に一つの曲を作りました。英語の説明などはわかることがとても少なかったのですが、カンファレンスの期間内で一番楽しかった時間でした。Workshopのメンバーには、自分からみんなに話しかけ、連絡先を聞いたり、簡単な話をしたり、今まではできなかった自分からコミュニケーションを取りに行くことが出来ました。彼らのおかげで私はカンファレンスを楽しむことができ、彼らのおかげで、英語を話したいと思えました。本当に心からWorkshopのみんなに出会えたこと友達になってくれたことに感謝します。


カンファレンスを通して…
SteinerとPublicの違いとは
これはある意味オイリュトミーと同じ類の問いなのではないかと思います。シュタイナー教育を知らない人にシュタイナー教育と公立との違いは何かと聞かれたら、あなたはなんと答えますか?
オイリュトミーは私は一言で簡単に答えられる答えなどないと思います。ただしウィキペディアによると「オイリュトミーとは、オーストリアの神秘思想家、教育家であるルドルフ・シュタイナーによって新しく創造された運動を主体とする芸術である」と書かれていますが。
では、シュタイナーと公立の違いは。おそらくこちらは容易に答えが見つかると思います。なぜなら違いははっきりとあって、しかも違いを書き連ねてそれを見せてもたいがいの人は分かってくれるのではないでしょうか。ただそれは教育方法の違い等であって、通っている生徒たちがどう違うのかは説明されないのではないかと思います。
私は今回のカンファレンスで、シュタイナー生は自分の考えを常に持っていて、シュタイナー教育とはその1人1人の考えを尊重し、世の中に送り出す手助けをしているのではないか、と思いました。これは公立の子が自分の考えをしっかり持っていないと言っているわけではありません。公立学校はみんなが同じ考えを持つように、誰かだけが違う意見を持つことを抑圧しようとする傾向にあるのではないかと思います。

シュタイナー生の方が、自分の意見を強く持っていて、それを共有することに長けているのではないか。

カンファレンスに参加している子の大半は自分の意志で参加していますし、しかも発言する場を見つけてはいろいろな話をして、議論して、自分の意見を、他人の意見を尊重していると思いました。そしてなにより人は100人いたらみんな違うんだ、ということを実感させてくれました。

「世の中は8割の黙ってついていく人と、2割の引っ張っていく人で構成されている」

これは8割を悪く言っている比喩ではありません。自分の意見をもって引っ張っていこうと積極的に働きかける人と、そうではなく言われたとおりに笹船が川を流れるようについていく人を簡単にまとめたまでです。
もし逆にして船にたとえてみると、8人の船長と2人の乗客がいて、船が8方向ばらばらに行こうとしていることになります。船長は2人くらいがちょうどいい。ただシュタイナー生はみんな2割の引っ張っていく人になる可能性を大きく持っている。それが私のカンファレンスを通しての答えです。

What is courage?

The courage I think is about whether I can communicate with others.

I always have various ideas,but I can’t tell it to another person.

I need courage to share my thoughts to people.
It’s challenging to communicate with others in English.

I have lost many opportunities to meet people,because I was concerned

about my English.It’s courageous to communicate with various people without being 

shy I want to talk with lots of people.

I like to find my courage in Goetheanum and keep it with me for my future.

これは Scholarshipを、受けるためにゲーテアヌムに送った今回のカンファレンスのテーマ「Courage」についての文です。

この文章を考えた時はまだ11年生の後半に差し掛かるころで、「勇気とはなにか」という問いをあまり深くは考えていませんでした。少なくともその時は、「うーん、一体何を書いたらいいんだ?!」くらいしか思っていませんでしたし、テーマについてそんなに悩まずさらっと書いてしまいました。
修学旅行を終えて思うことは、勇気とは何か、本当の答えが今だ見つからない、と思っています。
確かに私が書いたこの文章も私にとって、勇気であることには間違いありません。

でも何かもっと別の答えがあるんじゃないか。

何かもっと自分でも気づいていない何かが絶対にある。

このテーマ、カンファレンス、修学旅行は、私にとってもっと物事を深く考えるきっかけとなってくれました。
文章があまりに要領を得ないので、わかっていただけるかわからないのですが、ぜひ読んでくださった方には考えてみてほしいです。


What is your courage?

私が今回の修学旅行に期待したこと

ウィーンで本物の音楽に触れること、自分のこれからにつながることを見つけること

英語を使って、コミュニケーションを取ろうと自分から動くこと

今までより広い視野を持てるようになること

ハプスブルク家の歴史を知る

訪れる国の生活や政治、その国特有のこと等を知る


実際得られたもの、できたこと

自分から、コミュニケーションを取りに行くこと(少し…)

ハプスブルク家の歴史に割と深く入り込めたこと

確実に視野が広がったこと

訪れた国で生活や政治を見たり聞いたりできて、日本との違いとか、その制度のいいところ悪いところ、こんなところは日本も見習った方がいいとか、いろいろな視点で見ることが出来た。

・今回の修学旅行を通してやりたいと思うようになったこと、興味をもったこと、考えたこと、印象に残ったこと

1、International issues

国際問題には元々興味があって、いつかどういう形でかは触れてみたいと思っていまし た。そんな中で今回の修学旅行では、EUやそれに伴うなぜEUが出来たのか、という話、 国境や強制収容所などから見えてくる第一次世界大戦、日本にいたらまったく知らなかっ たかもしれないヨーロッパの難民事情、そしてなにより日本では体験できない国境の身近 さと弊害や利点、スイスやフランス、ドイツなどの生活や政治、金銭事情…。実際に見  て、触れる機会を持てたことで、得たことは多かったと思います。

2、English Conversation

「なんで私は、今まで英語をちゃんと勉強しなかったんだろう!」
ゲーテアヌムでのカンファレンス2日目の私の思ったこと。英語を話すことが出来れば、ここにいる大勢の子たちと思う存分話して議論して…なんだってできるのに!なんて勿体ないんでしょう。こんな楽しい機会はもうあるかわからないのに。
私の修学旅行を終えてやりたいと思ったことの一つは英語です。でも本当に今回のカンファレンスが勿体無かったかはこれからの自分次第です。ここで悔しいと思った思いを忘 れずに勉強できれば、それは勿体なくない。むしろ一歩前進するいい機会だったと言えま す。事実、私は今回のカンファレンスで英語をこんなに話したいと初めて思いました。

目標:一年以内に今回カンファレンスで友達になった子たちと話せるようになること

3、Youthsection

  いつかやってみたいこと:youthsectionで働いてみたい!カンファレンスを企画する側 になりたい!我ながら壮大な夢です。私は昨年、実行委員の一人としてARMを企画しま した。あれを世界中から?!楽しそうだし、いろんな刺激を受けられるし、すごく興味が あります。でもその前にまず英語を…ね?

4、Tax(Politics)

  単刀直入に、いま日本では税金の使い道が余りに不透明で(ある意味手に取るようにわ かるとも言えますが…)適当で、無駄遣いも多く、しかも私たち国民に還元されているという実感があまり湧かないと私は思っています。しかし私たちが訪れた国々は、まず主食やその他生活必需品が安い。電車が安い。道のいたるところにゴミ箱が設置されていたり、犬の糞を入れる袋が道端に設置されていた  り(これは犬の飼い主から徴収する税金によって賄われています)、使われているところが日本より明確でしかも国民に還元されていると思いました。これはスイスに住んでいる方に聞いた話で「生活必需品には7%の税がかかる。ただしその他なくても生活できるものには19%の税がかかる」聞いた時、日本は何でそれをしないんだろう?と思いました。結論:日本政府の怠慢日本はまず政府機関が国民とある意味完全に別物、見えない隔たりがあって普段から大 半の人にとって「あーまたなんかやってる」みたいな、遠くてしかもよくわからない物体 でしかないのではないでしょうか。つい先日、去年ニュージーランドで起きたモスクの襲 撃事件の時にその襲撃の様子が、16分間にわたってFasebookでライブ中継されたことを受けて、ニュージーランドの首相がSNS各社の代表を集めて会議を開いた、というニュースがありました。そのニュースの映像で首相が襲撃されたモスクを訪れ、犠牲者の家族と会い、泣いている女性を抱きしめて声をかける場面がありました。
確かにいいところしか映していないでしょうし、よくないところもたくさんあるのでしょ うけれど、日本の政府機関にそんなことが出来るでしょうか。東日本大震災のことを話し ていた閣僚が都市部じゃなくて田舎でよかった。都会だったらどれだけ被害が甚大だった かなどと言ってしまう政府に。
日本から出てみて、日本は特に政府が遠く若い人が政治に関心を持たないのも仕方がな いと思いました。

5、Communication

コミュニケーションは話さなくてもとれる。これは8年生の時に思ったことです。台湾の言葉はわからないのに、一緒に歌ったり、駆けまわったり、笑ったり。今思い出してもあの時、私は何であんなに普通に生活できていたのか訳が分からなくなります。言葉がわからないのに、いつの間にか友達になって、一泊お泊りに行って何があったか思い出せな いけれど転げまわって大笑いしていたのを思い出します。

  コミュニケーションとはそもそも何でしょうか。

修学旅行を通して変わったこと

私が修学旅行を通して一番変わったことは、色々なことについて考えるようになったことです。そして何より、その考えたことを人に知ってもらいたいと思うようになったことです。
例えば、今、私が考えていることは”言葉”についてです。”言葉”の中でも、人が人に投げかける言葉についてです。
私は小さいころから様々な時にこのことを考えていましたが、今回がひとに伝えるのは初めてです。私は言葉というものは、とても重要で力のあるものだと思っています。誰かから暴力を受けた傷跡は、ひどいものでなければいつかは消えます。しかも見ておかしいと思った人が気づいて助けやすくもあります。しかし、言葉は見えません。自分から勇気を出して発言しなければ誰も気づいてくれませんし、やっと助けを求めたとしても大概は相手にしてもらえません。何故なら、証拠が残らないし、何より言葉を発した本人は何とでも言うことができるし、すぐ忘れてしまうからです。
私は今日、ある大人の人が私に向かって発した言葉が理解できませんでした。もちろん内容が理解できない訳ではなく、言葉の選び方に対してです。その言葉を言われたとき、私のすぐ近くには小さい子がいました。最初はその子にこんな言葉を聞かせたくなかった、と思うと同時に、なぜそんな言い方しかできなかったんだろうとしか思いませんでした。
あとで友達にそのことを話したら、「人としてそんなことを言ったら行けないと思う」と言われ、はっとしました。
有名人の発言でよくTwitterなどSNSが炎上するのはなぜでしょうか。それは言葉にそれだけの影響力があるからです。そして言葉は「あ、やっぱそれなし!」と言っても、言ってしまった事実は消えません。
言葉は人間が進化の過程で身に着けた最高のものの一つだと思います。そして私たちのあらゆる行動に影響を及ぼし、また様々な民族の文化を今日に伝える素晴らしいものです。
ただ使い方を誤れば人を傷つけてしまう難しいものでもあります。だから自分でも気を付けると同時に、ほかの人にもそれを知って考えてもらいたいです。
人に知ってもらいたい、自分の考えを人に伝えたい。この気持ちはおそらくゲーテアヌムでのカンファレンスの際、英語で自分の考えを人に伝えたいのに伝えられないことからの葛藤から来たのではないかと思います。私は修学旅行前、ゲーテアヌムに送るレポートに「恥ずかしがらずに、自分の意見を人に伝える」のが、勇気だと書きました。英語ではまだまだできませんが、自分の考えたことだったり、誰かに何かを言われて傷ついたことを一人で抱え込まずに誰かに話してみることだったり「伝えること」を大切にしたいと思いました。

おわりに

 いろいろ書きたいことはあるのですが、時間不足で書けなかったこともあり、今後公開する機会があれば、もう少し書き足したいです。ただ雑然とした内容ではありますが、私が修学旅行中に考えていたことや、今後考えたいこと、皆様にシェアしたいことは一部書けたのではないかと思います。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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