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文科系のための情報科学 授業資料(6)

コンピュータは脳の補綴

コンピュータは、操作する側にリテラシーを必要とする道具でした。
操作部と機能部が分離しており、操作の習熟は、そのままコンピュータの機能の利用を意味していないというのが、最も大きな点です。
そうした道具に対しては、教育とマニュアル、そしてデザインという、3つの手段によって、リテラシー獲得の支援がなされています。

支援

結論から言えば、機械とその操作だけで完結する問題ではありません。
道具の操作について考えていた時に、ある履修者の方から、こういう意見を頂いたことがあります。
エレベータの操作に関するものです。エレベータそのものは、ほぼリテラシーを不要とする道具です。
自分が行きたい方向を押して到着を待ち、中で自分が希望する階床ボタンを押すだけの操作だけで使うことが出来ます。しかしその学生さんは、自分の行きたい方向ではなく、カーゴを動かしたい方向を押してしまうことがあるということです。

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必要なのはマニュアルなのか、リテラシーなのかという問いかけでしたが、この場合、エレベータの開発者が抱いているエレベータの操作ためのモデルと、実際のユーザが抱いているモデルが違うということを意味しています。
それは単にモデルの違いというだけでなく、もっと根本的な問題を含んでいるように思えます。
簡単に言ってしまえば、自分の意思をエレベータに伝えるのか(これが開発者のモデルです)、あるいは自分がエレベータを操作するのかの違いで、おそらく前者の場合は、エレベータをブラックボックスと見做していると言うことではないでしょうか。
後者はエレベータを操作対象とみなしているわけで、少なくともどこの階床にいるのかという情報が必要になってきます。
余り知られていませんが、エレベータのコントロールは、「エレベータアルゴリズム」として高度に洗練されており、各社が機能を争っているそうです。単純に最も近い階床のカーゴが来るだけでは無いそうです。ですので、自分が操作する学生さんのモデルは、その場合は不要ですね。

しかし、コンピュータは、明らかにエレベータよりも多くの機能を果たします。さらにデザインとしても、操作をする部分であるユーザインタフェースは、かなり複雑です。
何より、道具そのものが、完結して動いていないので、どうしても対象を「操作」するということが必要になってきます。
そのため、コンピュータのリテラシーとは、この学生さんのように、操作の対象がどういう状態になっているかを理解することを含んでいます。

もう一点、指摘しておきます。
最近はデジタルサイネージがいろいろなところにあります。
画面をつい触って操作したくなりませんか?

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実際に、テレビの画面をしきりに触っている子供を見たことがあります。
これは明らかに、技術の進歩による機械の操作の変化を意味しています。

昭和41年1月25日に公開された、「事務の機械化すすむ」と題されたニュース映画を見てください。これは川崎市の広報によるもので、事務の現場にコンピュータが入り込んできた時のものです。
操作をしている人も、コンピュータを扱っている人の様子も、今とは大きく異なっています。

つまり、道具を扱うためのリテラシーは、時代によって変わってくるはずです。技術の変化や、社会、経済の変化、人々の働き方、暮らし方など、様々な要素に影響を受けるでしょう。

以上を受けて、レポート課題の前提として、考えて欲しいことを提示します。

「新しい時代の「情報リテラシー」とは何でしょうか?」

言い換えれば、あなたが、情報系科目を履修する目標は何でしょうか。情報系科目を学ぶことで、どういう能力を身に付けたいと思っていますか?

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しばらく、考えてください。

おそらく多くの方は、「Computer Versus」というイメージで考えていないでしょうか。能力を身に付けて、Computerに負けないようにする、こういうニュアンスの考えが多いように思います。
まだComputerならばわからないでもないのですが、他の道具で考えてみてください。

例えば、Versus飛行機を考えてみましょう。多分、こういうことになりませんか。出典は書きませんが、わかると思います。

これがいかにおかしなことかわかると思います。

では、それを考える上で、重要なキーワードを示します。

   Prosthesis

余り馴染みの無い言葉ではないですか?
どういう意味でしょうか。調べてください。

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1970年代の後半に、小型コンピュータが登場したころ、パソコンは、こう呼ばれてたこともありました。

   Personal Computer is Brain Prosthesis.

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Prosthesis、日本語では補綴物と訳されます。
人工物で、人が持たない能力や機能を補うこと、義足や義手などがその典型例ですが、眼鏡や補聴器などもその範疇に入ると思います。
眼鏡と戦っている人はいないでしょう。眼鏡と共同して、あるいは協調して、モノを見ていますよね。
全ての補綴物は、人と対抗しません。
結論的に言えば、コンピュータは、人間と対抗するために生まれてきたわけではありません。人間が、それを使うことで、本来持っている能力を超えて、できないことをやるために生まれてきた道具です。
人間と、共同し、連携する道具だと考えて欲しい。

課題です。

コンピュータと人間が「協調」や「連携」、あるいは「補綴」となることで、新たな「価値」を生み出すようなシステムのアイディアを提案してください。

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グループで、アプローチしてください。
ポイントは、①「協調」や「連携」、あるいは「補綴」という手段を取ること、そして②新たな「価値」を生み出す、という結果を得られること。

一つ、例を示しておきます。

CAPTCHAとreCAPTCHA

図のようなボックスを見たことがありますか?
これは、CAPTCHAと呼ばれているプログラムで、オンラインのユーザが実際の人間であり、プログラム(ボット)ではないかどうか判断するためのものです。

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ユーザである被験者は、プログラムでは識別できないような歪んだ文字を読んで、正しく入力する必要があります。
ログインフォームや、アカウント作成、電子商取引のチェックアウトページなどで使われていました。

しかし機械学習など技術の進歩により、高度なプログラムは、これらの歪んだ文字を識別できるようになって行き、それに対応するために、人間の認識が困難になるほど難化した文字になるなど、本来の目的を果たせなくなる場合が出てきました。

さらにもう一つ、このCAPTCHAを容易に破る方法が使われるようになります。この「CAPTCHAを容易に破る方法」とは、どういうものでしょうか。
考えてみてください。
まずここに、機械と人間の関係に関する一つのヒントがあります。

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こうした事情から、新たにカーネギーメロン大学の研究者によって、reCAPTCHAという新たなシステムが開発され、2009年にGoogleがそれを買収しました。

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reCAPTCHAは、ユーザのマウスカーソルがチェックボックスに近づく時のカーソルの移動を判断するそうです。

「人間による操作には、微視的なレベルで必ず一定の不確定性があります。これはボットが容易に模倣することができない小さな無意識の動作です。この予測不可能性がカーソルの移動に含まれている場合、テストはユーザーが恐らく人間であると決定します。」 CAPTCHAの仕組み

この技術によって、すくなくとも歪んだ文字を判別するという処理は不要になりました。Googleは従来のCAPTCHAを、このreCAPTCHAに置きかえて行きました。
しかし、図に示すように、やはり難読文字を使ったものが多くありました。

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なぜ、この文字の解読が使われているのでしょうか。これは、システムが新たな価値を生み出すことのヒントでもあります。
さらに、図のように、文字だけではなく画像の判別を行うものもあります。
これは、何を目的にしているのでしょうか。

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次回まで、考えてください。


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