見出し画像

2020/10/27 根津美でみた絵の話

ちょっと根津美の話していいですか?
長いから読まなくていいので。(定型文)

画像1

久しぶりに行った根津美術館で、思いがけずテンションが上がってしまったのです。
このご時世、入館制限は美術館によりまちまちですが、根津美は日時指定予約制になりました。予約時間どおりに入るのは大変だなあと思いましたが、行ってみたら人数が限られているだけゆったりみられました。滞在時間に制限があるわけじゃないし。

さて、今回の企画展は「モノクロームの冒険 日本近世の水墨と白描」。
これだけでもホイホイされそうなテーマですが、今回ポスターのビジュアルが蘆雪でしたからね。釣られたね。まんまと。
某駅の美術館ポスターの並びに、サントリーの応挙先生と並んで貼られていて、「師弟〜〜〜〜〜!!!!!」ってなったときがありましたね。うるさい。サントリーも行かねばですね。

1階の展示室ふたつ分のみのこぢんまりとした企画。作品数もぎっしりではなくゆったりしていて、その分1点1点を余裕をもってたっぷり味わえ、墨の余韻や間が、気持ちよく感じられる空間でした。
展示室入口を入ったら、まず水墨からスタートで、掛軸3点。牛の絵と鳥の絵。あらすてき。
ちらと先に目を向けると、その向こうに狩野尚信の潑墨の屏風がしれっと顔をのぞかせ、うわ……となって思わず一歩踏み出す、すると視界の隅に、もう蘆雪の赤壁図屏風が入ってきてしまう。
その瞬間、ふわーっと心をもってかれてしまい、身体も勝手に引き寄せられ、ふらふらと展示室の奥へ入っていってしまいました。なんか前にも根津美でこんなことあった気がする。光琳のときかな。
というわけで順番すっ飛ばして蘆雪からみました。展示順をがんばって考えてくださった学芸員さん、すみません。

近づいていくと、いや、なんか、思ったよりでかい。屏風だってわかってたのに、妙にでかい。よくみると普通の屏風より幅がずいぶん広い。
そしてこの赤壁の、墨がにじむ岩のボリューム、遠近や靄で濃淡の変化がついた木々、波と船、それらを包む空気のひろがり。
すごい。なんてダイナミックで、なんて気持ちいいんだろう。
それを豪快に、巧みに描きあげる蘆雪の墨の技がまたすごい。墨と筆という道具のやわらかさも、にじみも、垂れも、全部味方にしている。
それでいて、この風景全体の心地よさから一歩前に踏み込むと、波を描く線、木々を描く線とそのかたち、人や船を描く線の、なんとも蘆雪の手癖のにじみ出たゆるやかさ……!波の線なんて、よく老人を描くときについ描き込みすぎてるシワみたいじゃないの。なんか、波にしては曲線がたまになめらかじゃないし。
全体のダイナミック、墨の技、そして蘆雪の手癖の落ち着かなさ、こんなスケールでこれでもかと蘆雪のおもしろさを浴びせられる、こんな屏風を前にする心の準備が、ちょっと、ちょっとまだできてねえよ!!!……と気が遠のきかけましたがなんとか正気を保ちました。
考えればでかい蘆雪は久しぶりだったかもしれないです。いやサイズだけの問題じゃないんだけど。でも蘆雪らしい(とわたしが思っている)ぴょんと飛び跳ねるような感覚が画面の大きさにもはまっていて、蘆雪もたのしそうだった。
山水図などは、前にするとしばしば中に入って歩いてみたくなるのだけど、この絵は歩かなくていいかな。いや行きたくないとかじゃなくて、なんか転びそうだし。重力があんまなさそうだし。
ただ遠くから、この豪快な景色を、圧倒されながら眺めていたい。
たまに蘆雪の、描きあげて一瞬にやりとする顔がちらつくかもしれない。いやすみませんなんでもないです。でも蘆雪ってにやりとしてそうな絵をちょくちょく描いてないですか。いやすみませんなんでもないです。

蘆雪のことばっか書いてどうするの。
さてさて、それだけじゃなくて今回気になった絵が多かったのですよ。
狩野山雪の梟、この子は見たことある顔をしてたけど、対になった鶏の絵がありまして。その鶏がまた口をきゅっと結んだ、味わいぶかい顔をしていたのです。山雪こんな顔も描くのか。なんだかこの鶏は、梟よりも現代風の顔に見え、ちょっと世界線のずれをも感じる、その組み合わせの妙。ふしぎな絵を描くひとだなあ。
ちょっぴり先述した狩野尚信の山水花鳥図屏風も、潔く墨をはじけさせた自然の中に、ちいさな鳥がこまやかに描かれ、最高に気持ちいい。探幽の弟さんなんですって。出光でみた探幽の潑墨の屏風で、「いくつになったらここまでふっきれるんだ……」などと呆然としたことを思い返す。
曾我宗庵、というひとはおそらく曾我派関連なのだけど、鷲と鷹の絵、二直庵のような強さがあって、でも二直庵よりどこか現実離れしたようなところもあって、これもおもしろい。

渡辺始興やっぱり気になります。いい感じの寿老人の絵だった。
この人は流派で区切りづらくて、掴みどころがむずかしい。光琳に師事していたというが最初は狩野派であるらしく、作品も琳派におさまるかというとそうでもないような。
何より応挙先生の仔犬の元ネタの出処だと知ってから、放っておけない気がしている。もっとたくさん絵をみてみたい。

そしてですね、海北友松。友松ですよ。この人だんだんイメージ変わってきたぞ。かっこいい竜とか描くイメージだったのに……。
いやなんか、やけに間の抜けた仙人と鷺と鶴の絵があるから何かと思ったら友松だったんですよ。しかもその隣の、妙にへにょっとした禅画も。禅問答してるシーンらしいですけどこれじゃ世間話だよ(個人の見解です)。
最近、本で友松のちょっととぼけた蜆子和尚の絵をみたり、千葉市美でみた友松の猿とかうさぎとか(翎毛図)の絵がすごいふわふわでかわいかったりして、へえーと思ってたんですけど、やっぱそういうとこあったんですね。あったのね友松。禅の影響ですかね。
仙人の描写に、どことなく春の府中で見た橋本長兵衛に通じるものを感じたのですが、同じものをどこかでみている可能性とかあるんですかね。要研究です。
松村景文の絵にみとれていたら足をつりました。どうでもいい。景文の絵はやっぱりしみじみといいです。

さて。長いですね。
今回サブタイトルに「水墨と白描」とあるので、白描もあります。それはふたつめの展示室。
墨の線のおもしろさ。こちらもいい刺激がありました。

源氏物語や伊勢物語の白描画にはじまり、みやびな物語絵にぴったりな線のつややかさ、たおやかさ、繊細さにまずうっとりしてしまう。
伝住吉具慶の源氏物語画帖がすてきで(この絵は前にも根津美でみているかも)、ちまちまと人や草花を描き、つつと建物のまっすぐな線を引き、ふわふわと木の葉を描き、つるりっと稚児の垂髪をひと筆で書く、その美しい線を、目で追う快感ときたら!もっと近くでみたかったなあ。
それから鳥獣戯画の模本があり、こちらは一転たのしい線。みたことがないシーンでしたが、カメだかアナグマだかなんかよくわかんない生き物がちょっといてドキドキしてしまいました。かわいかった。

そして冷泉為恭!が4点でていまして、これがうれしかったです。春の府中市美でみた絵がよかったんですよ。美しさと軽やかさを併せもった、風通しのよい線がたまらんです。
「納涼図」すてきだったなあ。夕顔棚の庶民でなしに(テーマからどうしても久隅守景を連想してしまう)、泉殿の貴人らのみやびな納涼。同じ親子(かも)の納涼を描いた絵でも、細くさらさらした線、人々のしぐさ、間がつくる余韻でまた違った空気感になり、でも通じる幸福感があるのが素敵。為恭のことを知ってからこの絵をみられてよかった。

最後に安田靫彦が1点あり、これはすぐにわかった、というわけでもなかったのですが、「あ、これは明治以降だな」というのは感じまして。
そうするとしばらくその絵の前で、「この絵を明治以降だと思ったのはなぜだろう、江戸以前と何が違うんだろう」と考え込むのが、もはや恒例行事みたいになってますね。先日、千葉市美で清親の絵の前でも同じことをしたね。
人物の絵だったのですが、同じ墨と筆なのに、なんか西洋の立体表現が頭にある描写に思えるんだよなあ。今回は袖口の描き方あたりにそんなものを感じましたでしょうか。清親のときは肩かな〜と思ったけど。でもいつも確信がもてない。あと絵具のぼかし方にも一因がありそうです。

そんなところで、絵についてはひととおり書きました。もうじきおわりです。
今回、絵をみるたびにふわーっとした感動があって、だいぶ興奮してしまいました。ちょっとこんなにテンション上がると思ってなかったな。
ひとつひとつの絵のよさ、美術館の空間の気持ちよさ、墨やモノクロームの余韻が好きなこと、最初に蘆雪にやられたこと、きっといろいろ理由はあるのですが、日本の絵をみるときに感じる心地よさとかたのしさとかおもしろさを、とても素直に感じられてうれしかった。
日本のむかしの絵を集中的にみはじめたとき、よくこんな感覚をもらっていたように思います。いい体験しました。

しかし最近、絵を頭でみすぎてしまうのでは、というのがちょっとした悩みです。
今回の感想もかなり絵師でみていますけど、キャプションを見る前に脳内が絵師当てゲームみたいになってしまって、それはそれで楽しいですが、どうなんでしょうな。もっと感覚に任せて絵をみたい、という気持ちも捨てられない。
いろいろ本を読んだりして、知識を得られるのが嬉しい反面、私は単純なので影響されて頭でっかちに絵をみるようになりはしまいかと、ちょっと心配にもなります。
どちらもたのしいから、ちょうどいい塩梅でいたいのですけれど。

この文章を書いたら、展覧会の感想ノートがまた1冊終わりまして、
見返したらほぼ一年全然書いてない時期があり、今思うとその頃はいっぱいいっぱいでしたね。
好きなものを楽しむのに、心の健康は大事だなと思いました。
いまはちょっとタガが外れるくらい元気です。