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「楽しむ」よりも「面白がる」方へ
僕は、若いころから、周囲の人に「なんだか、いつも楽しそうにしてるよね」と言われます。
若いころは、「ヘラヘラしてる」と言われているように感じて抵抗がありましたが、50歳を過ぎたころから、誉め言葉と受け取れるようになりました。
特に最近は若い方から、「楽しそうに見える」ことの秘訣を聞かれたりすることもあり、きちんと答えられるようにしておきたいな、と感じています。
正直に言いますと、「楽しそうに」見えていると言われても、本人は「特に楽しくは無い」なんてことは多いです。でも、別に仕事中に笑っているわけでもないのに「楽しそう」と言われます。
では、本人はどんな感覚でいるのか?
「楽しんでいるか?」と聞かれると「うーん??」となることが多いですが、「面白がっているか?」と聞かれたら「はい!」と答えると思います。
仕事でも趣味でも、取り組む前は「気が乗らない」「面倒だなぁ」と感じていても、実際に手を付けると、だんだんと「面白く」なってきて、あっという間に時間が経っていた、なんて経験は日常的に体感しています。
多分、周囲の方々は、僕の「面白がっている」様子を見て、「楽しそう」と表現しているのかもしれません。
「楽しむ」と「面白がる」。
微妙な違いなんだと思いますが、そもそも「楽しむ」ためには、その前に「楽しめること」が目の前にあることが前提の気がします。
ただ、「楽しめるかどうか」は、経験しないと分からず事前に判断できません。例えば仕事のように、自分に選択権がなく、目の前に降りかかってくることを、最初から楽しむことはできませんし、やってみて楽しくなかったことは、その後、何度やっても楽しめないです。いくら自分に「楽しもう」と言い聞かせても、無理なことは無理なんです。
一方で「面白がる」は、どんなことでも、まずいったん自分で受け入れてみよう、と考える入口があって、楽しむとは違う気がします。
面倒な仕事で急に残業することになった、といったケースのように、いきなり自分に降りかかったことでも、それを良いこと悪いことと判断せずに、いったん受け入れる。
そうする中で、「ここには何か面白いことが無いかなぁ」と期待しながらまず取り組んでみる。そんなことではないのかな、と思います。
こう考えると、僕は、「面白がるポイント」が、人よりも多いのかも知れませんね。
ツラツラとそんなことを考えていたら、こんな素敵な言葉を見つけました。
「楽しむのではなく、面白がることよ。楽しむというのは客観的でしょう?
中に入って面白がるの。面白がらなきゃ、やっていけないもの、この世の中。」
これは、亡くなられた大女優・樹木希林さんの言葉だそうです。
そして、この言葉を受けて、スピードスケートの小平奈緒さんがこんなコメントをご自身のtwitterに残しています。
「楽しむのではなくて、面白がるのよ」樹木希林さんの言葉が腑に落ちて、楽しむの先にある面白さが今の私の原動力だと気づいた。
面白がるには、工夫や挑戦、時に自分の弱さを受け入れ、向き合う覚悟が必要。勝ち負けも、良い悪いも、好き嫌いもそこに「面白さ」を見つけられればどこまでも成長できる」
さすがに小平さんの境地には至れてませんが、まずは、日常のどんなことでも面白がってみよう、とする気持ちを持って過ごしていれば、「面白がる力」は上がるし、いつも楽しそうにしてる、そんな「ご機嫌なオジサン」で居られるのではないかなぁ。そんな風に、思っています。
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