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トレーナーへの道!学生編

こんにちは!
アスレティックトレーナーとして活動しているコンディショニングセラピストの早坂優一です。

今回の内容はトレーナーになるには?
今回は早坂の体験談も交えてお話しさせて頂きます。
興味ない?そんなこと言わず。。。

トレーナーとは?

私がトレーナーという職業を知ったのは高校の時。
実は私、横浜高校という強豪校で野球をやっていました。
甲子園なども常連で出場するようなチームで案の定レギュラーが遠かったです。ポジションはアルプススタンドです(笑)
そこで、甲子園などにいく際、レギュラーに一人サポートに着くことになり、もっと色々とサポート(当時のイメージはパートナーストレッチでした。)できないかな?と考えました。
当時、インターネットもでてきたばかりであまり情報がなく、どうしたらトレーナーになれるのか?と担任の先生に相談していました。

大学に落ちる

当時、アスレティックトレーナーの資格を取得できる大学が千葉の国際武道大学しかなかったと記憶しております。
どうしてもそのカリキュラムを受けたいと思いましたが、野球しかしてきてなかった私にその実力はなくあっけなく受験に失敗しました。

そこで専門学校のチラシなどを見つけヒューマンアカデミー東京校のスポーツトレーナー科に勢いよく入りました。

あれ?トレーナーって?種類あるの?

完全に情報不足。アスレティックトレーナーとストレングス&コンディショニングコーチの違いも知らず。。。こちらで取得するのはNSCA-CPTというパーソナルトレーナーとして働くための資格を取得する学校でした。また、ダブルスクールで短大の単位も取り他大学に編入し体育教師✖️トレーナーという同級生もいました。しかし、就職先はというと、、、スポーツジムで一般の方に運動指導をするという職業。私はアスリートをサポートしたい!という意気込みだったのでなんだかなというモチベーションでした。でも、勉強は後々役に立ちました。しかし、当時は若気の至りというか、勉強真面目ではなかったな(笑)

衝撃の同級生との出会い

そんなこんなでスポーツ現場のインターンにどうしても行きたかった私は説明会に出ました。ある社会人のラグビーチームのインターンの募集があり、男女1名ずつ。狭き門です。書類審査と面接ですがあえなく脱落。
そこで、他学校の女性の同級生に出会いました。
そこで、無茶振りされてテーピングのデモンストレーションをしてもらいました。それがまたかなり早くて、綺麗で、所作も美しく。。。

衝撃を受けました。なんだこの差は!

僕は悔しくて情けなくて、気がついたら卒業後この娘の出身の学校に入りました。
ちょうどアスレティックトレーナー養成校でした。

アスレティックトレーナーを目指す!

やっと目標も決まり、死ぬほど勉強してやると意気込みと、あの女性のようにテーピングを巻けるようになりたいとの一心でした。

湘南医療福祉専門学校のアスレティックトレーナー科に入りました。
そこで、その女性と再会しました。
その女性は優秀で講師として学校にいらっしゃいました。

そこでまず教わった事。

トレーナーじゃ食ってくのは難しいぞ!

専門学校あるあるだと思いますが、恩師に最初に言われました。

まず、受け皿が少ない。
トップチームの椅子の取り合い。
給料が安い。
尋常じゃない努力が必要。

というような内容です。
多分他の生徒がどう思ったか分かりませんが、僕にとってはそらそうだよね。っていうくらいでしたが、何人かは衝撃的だったようで、少し別の方向に意識が向く人たちもいました。

そこからは今までにないくらい勉強の日々。
トレーナー教本は丸暗記しろと言われ、夏休みにはトレーニング100個考えてこい。や、SAQのメニューを100種類作ったり、自分の担当した分野で100問4択の問題を作り、みんなが作った問題をひたすら解きまくり、小論文のテスト対策の文章を書きまくり、テーピングやアスリハのテストの予行練習。
でも、今までまともに勉強してこなかったので、勉強の仕方がわかった気がしました。
何が理解していて、何が理解できていないのか?をかなり突き詰めて勉強させていただきました。

また、社会人アメリカンフットボールチームで実習させてもらい、ストレッチ、テーピング、ウォーミングアップ、怪我の応急処置など色々と任せて頂けたおかげでその後の活動にかなり役に立たせていただきました。
その他にも、全日本綱引き大会トレーナーサポート、高校のバレー部のサポート、ビーチバレーボール大会サポート、高校東京選抜サッカーチーム、自転車競技競輪チームサポート、Etc...
本当に様々な経験をさせていただきました。
海外研修もロサンゼルスを中心にUCLAやLAギャラクシー、ドジャースのロッカーやレイカースの試合見学やPTクリニック、鍼灸院、様々なGYMでお話を聞かせていただいたり。濃い海外研修をさせていただきました。

目指す道!

いざ就職活動となると、本当はどういう未来を想像していたか。
ざっくりとアスリートをサポートしてお金を貯めて鍼灸を取ろうと思っていましたが、、、、
同級生にも鍼灸を持っている人もいましたし、進路面談で
プロ野球を目指すなら鍼灸を早めにとっておかないとスタートラインに立てないぞ。しかも取ってから何年か修行でもしないと使えないだろ。早い方がいいぞ。
とアドバイスを頂いて親に頼み込んで鍼灸も通わせていただきました。

治療家への道

僕の中では治療家になりたいと思うよりは、トレーナーとして生きていきたいと思っていたので、その数ある技術の一つにしたいと思っていました。
しかし、奥は深い物で、学べば学ぶほどゴールは遠くなるような、これは直したいなど欲も出てきますし、トレーナーと同じくして日々勉強だなと。
学生の間は、とにかく実技の練習は毎日学校に残ってクラスメートと行なっていました。それに付き合ってくださる先生。とてもありがたかったです。

アスレティックトレーナーの勉強とはまた違った勉強の質でしたがしっかりと勉強をする環境でクラスメート全体が必死に勉強するクラスでしたので僕もその勢いで、スポーツチームのアシスタントとスポーツジムのバイトの合間にしっかりと勉強できたのでみんなには感謝しております。

長きにわたり学生時代の思い出を見てくださりありがとうございます。
次回はトレーナーへの道、社会人編をお送りする予定です!
乞うご期待!



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