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寒の入り

        九重文妃子

「少しだけ」と
遠慮しながらも御飯の追加を所望した
今さら拒んだところで歩ける訳ではあるまい
二つ返事で杓字の先にかかるほどの
おまけの御飯を入れると
それは嬉しい顔をした

それは  お腹を満たすというよりは
心を満たすことだったのだろう

あの笑顔を見せてくれたおまけの御飯を
あげてよかった  と  つくづく思う

     ※     ※     ※

前触れもなければ手加減もなかった
年明けの連休であり
人がそろそろ床に就く頃に救急車を呼んだ
担架に乗せられたままの命は
必死の施しも届かぬまま冷たくなっていき
気がつけば霊安室で手を合わせていた
芝居の一幕を見ているような  現実

     ※     ※     ※

あれよこれよと言う間もなかった
誰がそんなに急がしたのか
何を問うても目は閉じたまま
身じろぎもしない

白い旅着は寒くないか
何が始まったのか   終わったのか
止められない旅に出てしまった

※詩誌「爪」146号

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