憲治おじさん物語

私の美恵子おばあちゃんは6人兄妹の長女でありました。その弟の憲治おじさんの話であります。

美恵子おばあちゃんは私が小学2年生の時に亡くなり、あまり記憶がありません。その後、長野に行くとき、憲治おじさんのお宅に寄ることがありました。おじさんは毎回「泊まっていけ」と言ってくれていて、私と姉だけ泊まっていったこともありました。「昼飯くってけ」と言ってくれてもいました。しかし母と父は「悪いじゃない」と言ってお茶もそこそこお土産のお菓子だけ渡しておじさんの家を後にしていました。子供の頃は気が付きませんでしたが、母と父はおじさんの話について行けなかったのだと思います。憲治おじさんは政治の話をしていました。「野郎共、変な法案作りやがって」と言って話が始まります。私はよくわからなかったけれど、憲治おじさんに親しみを持っていました。

憲治おじさんは地域の老人会の副会長や地域のいろんな役職を受け持っていて、名刺がたくさんありました。そんな憲治おじさんは食道がんになってしまいました。義理の娘さんのA子さんの看病で自宅で治療を続けていたおじさん。せん妄の症状が出て来てしまいました。「A子、あれが見えるか」A子さんは戸惑いながらも「うん、みえる」と言ったそうです。するとおじさんは「ばか言え。からすが家のなかにいるか」と言っていたそうです。病気になっても頭がしっかりしていたおじさんでした。

私が成人しておじさんの家に泊まりに行きました。夕飯の時間になって、おじさんが私に尋ねました。「カノン、木が2つでなんて読む?」『林です』「木が3つは?」『森です』「じゃあ木が4つは?」『…わかりません』おじさんは嬉しそうに「ジャングルだ」と言いました。笑えます。

その夕食の前に、いつものようにおじさんと政治の話をしていて、いくらか私を見込んでくれたようでした。

おじさんの家にもっと遊びに行っておけばよかったなぁと思います。おじさんと話せばおもしろかったことがたくさんありました。東日本大震災のあと、おじさんと電話で話しました。「カノン、お前が何を考えてるか、おじさんと話そうや。こっちへこい」しかし、私は混乱の真っ只中で長野に行く余裕がその時はありませんでした。おじさんと話せたのは私の入院中。私は不安定になって埼玉からタクシーに乗って長野まで行ってしまったのです。そして夜間当番医だった病院に入院しました。

おじさんが面会に来てくれて、そこで美恵子おばあちゃんの実家の家の話をしてくれました。しかし私は『そんなことよりももっと大事な話がある』と生意気にも言ってしまいました。後にそれを後悔しておじさんに謝りました。しかし、その後はその話しはしてもらえませんでした。怒っていらっしゃったのでしょう。おじさんは私が描いた絵を見てくれました。「こんなの普通のヒトには描けないぞ。でかい絵を描け」と言ってくれました。しかし、私の心のサイズはサムホールなのです。おじさんに『郵便とアナログの電話の時代に戻れば良い』と私の意見を伝えました。おじさんは「だが、多くのヒトはそう考えない」。おじさんと二人だけで話せたのはこの時だけでした。

その後も埼玉から長野へ行く途中、おじさんのお見舞いに行きました。おじさんはケーキが好きでした。父がさくらんぼの箱詰めを持っていったときに、お勝手にいたA子さんに「ケーキもらったぞお」と言っていたのです。私は後で父におじさんのところに行くときはケーキを持っていこう、と提案しました。父は「和菓子じゃないの?」と言っていて、全くわかっていないようでした。

おじさんは「泊まっていけ」「昼飯くってけ」と言ってくれました。その度に逃げていた父は今、自分の孫が家に来ないことで、おじさんの家にも長居させてもらったら、おじさんも喜んだのになぁと気が付いているでしょうか。

憲治おじさんは警察官でありました。私のおじいちゃんも警察官でありました。私のおじいちゃんのことを「静三じい様」と言ってくれました。2人とも天皇陛下から勲章を頂いています。とても立派な憲治おじさんでありました。

今は亡き憲治おじさん。憲治おじさんを讃える言葉を伝えられたのがよかったなぁと思います。自宅で休んでいたおじさんに『私が病院に入院してたとき、お見舞いに来てくれたでしょ。看護師が村長みたいだって言ってたよ』「なんだ。山から出てきた猿ってことか」『長ってことだよ』おじさんは少し黙った後、しっかりした声で「ありがとう」。『じゃ、おじさんごゆっくり』私はそういったのですが、もっとゆっくり話したかったよ、という心が言葉を選んだのかもしれません。

厳格でありながらも、優しかった憲治おじさん。カノンの頼りになっていたおじさん。もっと遊びに行って、お話しできたらよかったなぁ。テレビのニュースを見てると、憲治おじさんを思い出します。


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