占いは発見と納得の儀式


何かテーマを決めて長々と書こうとするといつまで経っても進まず毎日更新ができないの、気質が文章を書くのに向いてないかもしれないな。


コロモーに今日の運勢コーナーができていることを恐山さんのツイートで知ったのだが、さっきまで忘れていた。

バーグハンバーグバーグという団体が作った占いって、めちゃくちゃ逆張りしてそうだなというか、絶対結果をランダム抽出してるだろ……と思いながら見た。

運勢は適当じゃないの?


これを見ながら、そういえばめざましテレビとかの占いはどういう風に決めているんだろう、と疑問に思った。

ちらっと調べた感じでは根拠らしい根拠は見つけることができなかった。月の位置がどうこうとかいろいろあるらしいが……
あんなデカいメディアで全く根拠のないランダムな出し方はさすがにしないと思うので、おそらく何かしらの理屈がちゃんとあるのだろうと思う。占いに詳しくないのでふわふわしたことしか言えない。


私は占いを信じているかというとあまり信じてはいない。
ただ、朝テレビを見ていた時代には占いを見てなんとなくラッキーアイテムやラッキーカラーを身に付けたりしていた。

今日の運勢に限らず、たぶん占いというのは自分のことや今日のできごとについて「いいこと」を拾い上げたり、理解した気分になって納得するためにあるんだろう。
運勢が良かったときは、なんとなくいいことがあるのではないかと予想する。そうすると、多分普段だったら見逃してしまいそうなちょっとラッキーな出来事でも拾い上げて幸せな気分になれる。
運勢が悪かったときは、悪いことがあっても「まあ12位だったし仕方ないか」と考えて納得する。
手相占いとか血液型占いなんていうのも、人間いろんな側面があるのを結果と結びつけて「自分のこういう面があって、それはこれのせいなんだな」と知った気分になる。
人間は誰もが「物事に理由をつけたがる」という性質を持っていると思うので、そこに占いという難しくなくて感覚的に理解できる概念を持ってきて安心するのだろう。

それが悪いことだとは決して思わない。
科学的根拠がなかろうが、小さなことから幸せを感じたり、自分自身や世の中の理不尽さに納得するために利用するならば、きっと正しい使い方なのだ。
それに、よく分からないことをよく分からないものとして捨て置くよりも適度に楽しんだ方が人生はおもしろいじゃないか。

コロモーの今日の運勢もそういうことを伝えたくて設置されたのかもしれない。


違う気もする。

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