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【書籍】矛盾の水害対策

谷誠先生の新刊を読了。

前著の「水と土と森の科学」(2016)は、森林水文学や砂防工学を学ぶ者にとってこれだけは読んでおいたほうが良い本の1冊であることは間違いないが、相当専門的なので気合が必要。

今回の「矛盾の水害対策」は、内容は専門的だけれど政治や政策の観点からも治水を論じているので、専門外の方でも読みやすいだろう。

ただし、内容はかなりもやもやする。

1997年の河川法改正で河川管理に環境保全の考え方が盛り込まれたこと、その前後の経緯についての解説が詳細にされているが、それは安全対策と環境保全の対立構造が出口の見えないトンネルのようになっていることを認識させるのに十分だ。

複雑系を扱う水害対策・土砂災害対策は、知能(答えのある問いに早く正確に答えを出す能力)だけではなく知性(答えのない問いを問い続ける力)が必要となるのに、それを知能で解決しようとするから(それを求めるから)様々な矛盾があるのだろうな、とは通して感じたこと。

帯に「世界は一気に解決することなどできないのだ」という書評コメントが載っていて、まさにそのとおりだなあという感想も持った。だからこそ昨今の世間では「多様性」というワードがしきりに取り上げられるのだろうが、それは"好き勝手やって良い"という意味ではない。

上が責任を取らないと現場は勝手に解釈しだすか、逆にわかりやすい基準を要求するか二極化していく。要するに知性の放棄だ。ご都合主義が蔓延しようとする時代に、自分はどう振る舞うか。自戒を込めてそんなことを考えさせられた。

森林土壌がもたらす効果の解説で、著者は獣害が土壌保全と治山治水に与える影響についても言及している。森林には土壌を作る機能があるが、そのスピードは極めてゆっくりであるのに対し、シカの食害等による下層植生と土壌の破壊スピードは深刻だ。

その項のまとめとして書かれている一文が、自分にとってはこの本でのハイライトだった。

「より良くすることは困難だが、より悪くすることは簡単なのである」

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