YETIのバイクについて
YETIは1985年の創業以来沢山のバイクを製造しました。John ParkerがYETIにいた1997年までのバイクの中でいくつか紹介します。
89年 YETI C-26
EASTON C9パイプを使い重い鉄の前三角を合金チューブに置き換えることに成功した。
EASTONのC9チューブの採用により1ポンド(500g)程の軽量化を達成
YETIの従業員Chris Hertingによりラグの中は段付き加工がされラプライマーボンドとチューブがしっかりと接続されるよう細工をした。鉄の半分の軽さで強度は鉄の2倍を誇る
(ということになっている)
リアのサンプレックスエンド、71度のシート角、ヘッド角が筆者の気になるポイントです
89年 ULTIMATE
マウンテンバイクアクションとYETIのタッグで実現した雑誌の企画で一度限りの製作の予定でしたが、雑誌にかなりの反響が寄せられのちに市販されYETIのベストセラーバイクになりました。
この時期Chris Herting
はC-26とULTIMATE
両方の企画を掛け持ちして作業していた。
YETI Allsop
Chris Hertingが新しくチームに加入した
John Tomacの為に作ったバイクです。
彼は結局これには乗らず、初期はF.R.O.でレースを行い、途中でC-26に乗り換えることになった。
90年 YETI A.R.C.
YETI C-26 はカーボン+アルミニウムの二重構造に鉄ラグを組み合わせた接着フレームだったがこれはPro-Gram 7000と呼ばれる
EASTONのアルミニウムチューブのみでつくられたYETIの新しいバイクでC-26ではまだリアは重たい鉄のままでしたが、全てがアルミニウムになり大幅な軽量化を達成した
画像の仕様で21ポンド(9.5kg)
BMXのようなフラッシュマウントを採用しているカムが内蔵されておりクイックを締め込むことによって締まる
90年のショーバイク
リアは単純なカンチレバー式モノショックにYETI ULTIMATE の前三角をつけたような風貌荒削りだがYETIらしさを感じるデザイン
リアサスペンションが効果的に
機能しなかったのだろう
このYETIバイクは盗難されたようで現在は行つ方不明になってしまった。
HEAD1000/1100
90年 Head SportはMTB部門に力を入れており
中でも革新的なレースマシンを開発する
YETIにフレーム製作を依頼をすることになったこのアルティメイトを搭載したHEAD1000は50台限定で生産された
HEAD1000
HEAD1100
HEADが生産を依頼した1000に続くHEAD1100と呼ばれるバイクDH向けに開発したYETIの軽量チューブを使用との記載がある
恐らくバリライトアルミニウムであろう
リアがループテイルではなく、通常のトライアングル形状のリア三角を溶接している
リアエンドはココペリとは異なる
このHEADだけについているものだ
価格は日本では40万円
1100も全世界で50台限定で販売された
92年ショーバイク
この機構はクランク込みで3.6キロと非常に重たい為YETIはクランクアームを丹下のスチールパイプで作り直し軽量化を行った。
YETI ARC AS(prototype)
YETI A.S. L.T.(兼用フレーム)
YETI A.R.C.A.S.LT (CARBON)
航空宇宙産業のKaiser Aerospace との協力で作られたYETIのカーボンバイクLTの軽量化版2台〜3台製造がされた
カーボン熱可塑性フレームで時代を大きく先取りしていたが、乗ると壊れる代物だった。
95年 GIANT ATK 890
GIANTに移籍したジョン・トマックの為だけにYETIが製造したバイク
YETI クロスケーブルルーティング
シートの直付け台座を備えており従来のATK890とは異なる仕様になっている
販売はされなかったようだ
96年 Lawwill Trophy Legend
モーターサイクルレースでは伝説的な
スーパースターMert Lawwillが考案した
フルサスペンションバイク
彼は他にゲイリーフィッシャーのFisher RS-1
等様々なバイクのサスペンションコンセプトに関わってきたが96年から正式にYETIと協力関係になった
John Parkerとはレース仲間だったようだ
彼について詳しく知るには
Mert Lawwill
上記のサイトをチェックすることをオススメする
96年 YETI Lawwill
このバイクが何台作られたのか実際の所は
不明だが台数はそう多くはないだろう
先程紹介したLawwill Trophy LegendにYETI
らしさを加えたようなバイクでリアはLawwill
のままだが前三角を作り替えてると思われる
YETIチームはこのバイクをデュアルスローラムで好んで使用していた
元々Mert LawwillはTrophy Legendのリアストロークは不足気味だと感じていて新たなマシンの開発をする予定だったが資金不足でフレーム開発を断念していた
そんな中YETIが現れ協力関係を結んだ
Mertは資金提供をYETIに求めた
幸いにもこの時のSCHWINN/YETIには
マネーがあったのでDH向けマシン
Lawwillシリーズの開発を急ぐことになる
YETI Lawwillはシリーズ最初の一台となりDH4.DH6.DH8.DH9まで彼らとの協力関係は続いたようだ
(数字は増やしたストローク量を指す)
参考文献
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