嵐の映画を観て息を吹き返した話

私は学生のころからの嵐のファンである。
映画ヤッターマンが公開され、テレビの音楽番組ではbelieveが流れていたころ、気がつけばファンになっていた。

私はまあまあこじらせたオタクでもある。
自分の感情がどうにかなってしまいそうで怖くて、きっと自分の心を揺さぶるであろうものほど遠巻きにしてしまう。

そんな私が映画館で、嵐のライブフィルムを観るまで長い時間を要したことは至極当たり前のことだと言えるだろう。

せっかくなら音のいい劇場で、せっかくならいい席で、休みがなくて、とか言い訳をしてみたが結局のところ…
私は5人が何かに区切りをつける姿をあらためて目の当たりにした時、自分がどうにかなってしまいそうで怖かったのだ。

公開前にムビチケを買い、財布に大事に仕舞い込み、そうこうしている間に5ヶ月が過ぎた。
いよいよ上映館も減り退路を断たれてやっと、遠くの、地方の小さな映画館を訪れた。

懐かしい、ドームで見たスワロフスキー。
5人の笑顔。
コールアンドレスポンス。
ペンライトの海。

人生で一番輝かしい瞬間が全て、スクリーンにつまっていた。

涙しつつも、嵐のこと、嵐と自分のことをたくさん考えた。

自分にとって嵐とはなんだろう。
ただの他人のはずなのに、気軽に「推し」と呼ぶことも躊躇う。
これはなんという感情なのか。

あの頃、私がファンになったのは残念ながら正直不純な動機だった。
当時は認めたくなかったけれど、今ならわかる。
先にファンになったのは母だった。
母が夢中なのを見て、少し悔しくて寂しくて張り合いたくて同じものを見たくて。
そうしてファンクラブの会員番号は私の方が母よりひと月ほど若い。
なんどもコンサートに足を運び、テレビ番組を見て、気付けば母なんて関係なしに嵐が好きだった。
けれど純粋なファン、という資格があるのか、ずっとわからず自問していた。

ひとに「たまに曲聞くくらいなんだけど、ファンを名乗っていいのかなあ」と言われたら「もちろん!ファンのかたちは人それぞれだよ!資格なんてないし!」と即答する自信があるが、自分が相手だとこうなってしまうのは不思議なものだと思う。

頭ではわかっていても、自信がなかった。

だが今、映画を見て、やっと自答できる。
この感情はいつからか、濃いけど不純物が取り除かれて透き通った、ぐつぐつに煮込まれた憧れだった。
それは紛うことなくひとつのファンの形だと今は思える。
私は嵐のファンとして生きてよいのだ。

そして、その煮詰まった憧れを持ちきれず、もてあますのが私の恐れのひとつだったのだろう。

嵐は、嵐が活動を休止しても音楽はずっとそばにいる、たくさん聞いて、とそんなことを言っていたように思う。
基本興奮しているときの記憶が曖昧なので自信はないがその時、聞くよ、と、音楽と共に待っているよ、生きていくよ、と思った。
しかし蓋を開けてみて、嵐が活動を休止した世界で私はあんまり嵐の曲を聞けずに生きてきていた。
私の中で嵐の曲はどれも5人が5人で立つ姿そのものだから、向き合い方が分からなかったのだ。

同じく昔のDVDを見たりするのも怖かった。

ファンを自負しながら自問し、そのくせ昔の5人にも今の5人にもまともに触れられず奇妙な時間を過ごしてきた。

映画を見た今、ふと世界にピントがあったように思う。別にこれまでだってぼやけていたなんて思わなかったのに、だ。
息ができる。聞こえる。見える。
血が巡るように嵐への思いがからだを巡る。

なるほど、と思った。

憧れも感動も興奮も、もてあまして持ちきれなくて、別にそれでいいのだ。
こんなに泣いたって、歩いて電車に乗り、傘をさし、明日になれば仕事に行く。
持ちきれなくてもどうってことないのだ。
別に爆発して死んで全てが終わったりしない。

コップが溢れるのを恐れて水を注ぐのをやめる必要はないのだ。


勇気を出して、嵐の曲を聞きながら歩いてみることにする。


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