タロットとディオスクロイ(ディオスクロイが男女の双子たりえるかについての調査と疑問点)

今回は普通の神話とオカルトについての話です。

「ディオスクロイが男女の双子なのは根も葉もない話ではない。オズヴァルド・ヴィルトのタロットにおいてディオスクロイは男女とされるためだ」

意訳だが、ディオスクロイのカストール(カストル)とポリュデウケス(ポリュデウケース、ポルックス)を調べようとした場合に、こうした内容をみた人もいるだろう。

日本語版のWikipediaに次の一文だけ書かれており、この情報がいくつかのサイトに転載されているためだ。そこにはこう書かれている。

性別
  オズヴァルド・ヴィルトによると、ふたご座はタロットの太陽にあたり、通常同性とされるカストールとポリュデウケースは、タロットにおいては男女であるという
日本語版Wikipedia『ディオスクーロイ』

もしくはタロットの「太陽」のページにもこう書いてある。

オズヴァルド・ヴィルトは、太陽の下で共に幸福な時を過ごしている男女は、ふたご座とディオスクーロイを意味するジェミニに相当すると述べている
日本語版Wikipedia『太陽(タロット)』

この内容は海外のWikipediaや神話サイトには登場しない。日本版固有の情報である。おそらくはマイナーな記述にあたり、2020年4月19日に同じ編集者によって追加されている。

今まで私はこの内容について詳しく掘り下げたものを見たことがなかった。この記述がどのように生まれたのか、またそれに至る歴史はなんなのか。さらにこの記述はそもそも妥当性を持つのか。

今回はこうした内容を掘り下げることにしたい。

なお最終的にオズヴァルド・ヴィルトの文章を考察することになるが、なにぶん、事前に説明するべき内容が多いため、「1.タロットの歴史について 2.太陽の図柄について 3.占星術における太陽の呼応について」を説明してから本文の確認を行う。
話の結論だけ確認したい方は、それ以降の「オズヴァルド・ヴィルト『Tarot Of The Magicians』(1927)」の項目のみを読んでもらえたらと思う。

なお、タロットや神秘主義については門外漢のため、本記事を書くにあたり多くのサイトにて勉強させていただいた。あらかじめここでお礼を申し上げる。

1.タロットの歴史について

タロットの歴史を簡単に振り返ろう。
この手の内容は他のサイトにもよくある内容のため、本当に概要だけを追いたい。

この章は鏡リュウジ氏の『タロットの秘密』を特に参考とした。この本は神秘学的な情報源の多いタロットを歴史・文化学的な立場から切り込んでいるので読物としてかなり面白かった。
他には、裏付けとしてWebサイトを回って確認した内容が多く、書物は多くを確認していないことをあらかじめ述べておく。
もちろん今回参考にさせていただいた書物やサイトはしっかりした内容であり、信用性に疑問を持つわけではないが、書籍の情報が少ない場合には複数意見を拾いにくくなるため、どうしても異議が混ざる可能性が出てくることから最初にお伝えしておくことにする。

では内容を追っていこう。

①元来は貴族の遊戯用(1400-1600年代)

最初にタロットカードの原型はマムルーク朝のカードゲームより始まったという。
イスラム圏では偶像崇拝が徹底的に排除されていたことから、絵柄もまた象徴画的な内容にとどまっている。

このカードは、欧州に入ると現在の絵柄に近いものに変わり、一部の貴族たちの間でカードゲームとして流通するようになる。これらの時代のものは華美な一点ものが多く、また図象も多様である。
また現代にあるような「アルカナ」の連番もないなど多くのことが違っている。
この「トリオンフィ」は賭博などの側面も持ち、カトリック教会からは「悪魔の産物」であるとされ、トランプやサイコロなどと一緒に強い規制を受けていたという話が残っている。

②庶民の遊戯期(1600-1800年代)

これが一般に広まり出すのは17世紀のフランスにおいてだ。
活版印刷の普及とともにフランス・パリなどにて「マルセイユ版」や「ブサンソン版」と呼ばれるタロットカードが登場し、広く広まった。(ジャン・ノブレ版、ジャン・ドダル版など)

ここでポイントとなるのは、この段階ではタロットカードには「神秘主義」や「占い」、「占星術」といったような魔術的な側面は一切ないことである。
マムルーク朝のカードをはじめ、この17世紀のマルセイユ版に至るまで、現在のタロットのイメージである「占い」に使われるというようなことはほとんどなかった。(そもそもカード占い自体がまだ存在しない)
当然「カードに隠された意味」がある、というような話も出てこない。
この転換期を迎えるのは19世紀も半ばに入ってからである。

③遊戯としての衰退、エジプト起源説と神秘主義の発展(1800-1900年代)

タロットは19世紀ごろになると田舎臭いものだと思われ、かなり廃れていたようである。中心であったパリにおいても使うものは限られていた。
カードゲームとして廃れたタロットに新しい息吹を吹き込んだのはこの時代であると鏡氏は書いている。
カードを占いに使うような流行が始まったのはこの頃からであり、その中でまずジュブランという男が廃れていたタロットに目をつけた。そして誰も見向きのしなくなった不思議なカードに「古代エジプトから生まれたものである」というエジプト起源説を付与したのである。
次にこのエジプト起源説が広まった後、魔術師を名乗るエッテイラという男がエジプト風に体系を整理して普及させた。
さらに最後には著名な神秘主義者であったレヴィがヘブライ人のカバラ思想と結合させ、カバラ薔薇十字団などの多くの神秘主義者たちに影響を与えたことにより、ようやく神秘主義的なタロット占いが流行化し始める。
アルカナという名前がつけられたのもこの時代であり、オズヴァルド・ヴィルトもカバラ薔薇十字団の所属員だった。

※タロットと神秘主義の関連は、これ以降の話になることは理解しておく必要がある。なお神秘化に至るまでのそれぞれの発想は割と素朴なところからきているようだ。
「エジプト起源説」…エジプトの象形文字が判読できず神秘の国と思われていたこと、当時エジプト起源と思われていたロマがカード占いを多用したこと。
「カバラ思想との融合」…隠された意味を探るカバラとタロットの不思議な図柄の相性が良かったこと、ヘブライ文字とアルカナの数が一緒だったこと。

④「黄金の夜明け団」(1900年代-)

レヴィの登場以降、タロットは神秘主義や秘密結社と関わりを深め、よりその意味を深化させていく。
特に20世紀にも入ると「黄金の夜明け団」が多くの近代魔術の体系を整理し統合した。タロットもそのうちの一つである。
現在、最も影響を与えているのがこの黄金の夜明け団の体系であり、その中でも特にスミス=ウェイト版と呼ばれるアーサー・ウェイトらが作ったタロットである。
団員のアレイスター・クロウリーなどは独自の発想に基づき、タロットに固有の解釈を付与した。(トート・タロット)
現代のタロット占いはまず第一にスミス=ウェイト版タロット、次にマルセイユ版タロット、最後に変わり種としてのトート・タロットが主要であると言われている。

さて、以上のように、現在のタロット占いはこうした19世紀以降に始まった秘密結社と神秘主義の流派を組む流れが主流となっている。レヴィ以降複数の魔術師達がタロットを独自に解釈したが、直接的に後継とされるのはおそらく黄金の夜明け団といえる。
今回取り上げるオズヴァルド・ヴィルトは黄金の夜明け団の外の魔術師であり、現在のタロットの系譜からするとやや傍流の立ち位置になるだろう。
そして、今回の主題となる「タロットにおける双子座の男女」の話は、特に最後の19世紀末の神秘主義的な思想から組み込まれた占星術との融合が前提にあることを抑えておく必要がある。

参考:今回関連する学者・魔術師一覧

a.クール・ド・ジェブラン
  タロットのエジプト起源説を唱えた人物。数年後には否定されるが、単なるカードゲームであったタロット神秘化の先駆けとなった。
b.エッティラ
  カード占い師。「エジプト起源説」に影響を受ける。タロットは本来の意味合いを失っているとして独自のエジプト・タロットを作る。またタロットによる占いを普及させた。
c.エリファス・レヴィ
  「近代魔術の父」とされる著名な魔術師。タロットとカバラを組み合わせ、「タロットには隠された意味がある」という思想を強固に体系立てた人物。神秘主義化の直接のきっかけとなった。
d.ポール・クリスチャン
  アルカナという単語を使用し始めた。
e.オズヴァルド・ヴィルト
  カバラ薔薇十字団※のリーダーであるスタニスラス・ド・ガイタ卿の指示の下で独自のタロットを作成した。
f.パピュス
  初のタロットオンリーの魔術本を作成。カバラ薔薇十字団の一人。アルカナという言葉を普及させた人物。
g.アーサー・エドワード・ウェイト
  現代の主要タロットであるウェイト=スミス版の作者。黄金の夜明け団の一人。
h.アレイスター・クロウリー
  黙示録の獣と異名を持ち、独自の「トート・タロット」を作成。黄金の夜明け団員の一人だった。

※カバラ薔薇十字団はキリスト教の真理とそれ以外の宗教の真理の融合を目指した薔薇十字団の分派。薔薇十字団の伝説的教祖クリスチャン・ローゼンクロイツの名前を聞いた人もいるのではなかろうか。

2.タロット「太陽」の図柄

次に各時代のタロットにおいてどのような図柄が表示されていたかを見てみよう。

まずは「マルセイユ版」以前の時代。貴族によるタロットや擬似的なタロットカード。

①ヴィスコンティ・スフォルツァ版(1480–1500)

https://www.themorgan.org/collection/tarot-cards/the-sun

②マンテーニャ・疑似タロット(15世紀)

https://nipponkaigi.net/wiki/Mantegna_Tarocchi

③エステ家のタロット(15世紀中頃)

http://expositions.bnf.fr/renais/grand/048.htm


④ローゼンワルド・シートの太陽部分の抜粋(15世紀)

PD: Courtesy National Gallery of Art, Washington
https://www.nga.gov/collection/art-object-page.41321.html

続いて「マルセイユ版」「ブサンソン版」などの庶民用タロットより。

⑤ジャック・ヴィーヴル版(1650)

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10510963k

⑥ジャン・ノブレ版。(1659)
ここで太陽と男女のペアが描かれていることがわかる。

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b105109641

⑦ドダル版。
腰布を巻いた太い人と細い人。(1701-1715)

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10537343h

⑧ニコラ・コンヴェル版(1809-1833)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10513817z/f149.item

⑨ミンキアーテ版。(1763)

http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b105373422

⑩ブサンソン版の例。
腰布を巻いた太い人と細い人。(1820-1845)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b105160978/f149.item

最後に神秘主義者たちのタロット。

⑪占い師エッテイラのタロット。(Grand'Etteilla II :1875-1899)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b10543181f/f3.item

⑫今回の焦点となるオズヴァルド・ヴィルト版。文中に出てくる竪琴はこのパターンには描かれていない。(1889)

https://gallica.bnf.fr/ark:/12148/btv1b105110785/f1.item

⑬現在主流となっているウェイト版のタロット

※パブリックドメインではないためリンクにて掲載

さて、どう思っただろうか。
今回論点となる「男女の双子」についてだが、まず黎明期の作品にはほとんど現れない。現れだすのは活版印刷が盛んになりカードゲームが庶民の遊びとなった「マルセイユ版」からである。
ただし「マルセイユ版」においてもこの発想は絶対的ではなく、まずジャック・ヴィーヴルやミンキアーテ版はデザインからして異なる。また同じデザインでもジャン・ノブレ版は男女のようにも見えるが、ドダル版やコンヴェル版、今回参考にした「ブサンソン版」などは男女の区別がほとんど見えない。
神秘主義の草分けとなったエッティラにおいても同様であるし、レヴィのあとに主流となった黄金の夜明け団のタロット(ウェイト版)にいたっても同じだ。

※腰布を巻いているから男女のペアであるという話も聞いたが、これがどこからのものなのか、確認が取れていないので今回は割愛したい。

またタロットの図柄は普遍的ではなく、変遷を繰り返していることがよくわかるだろう。

これらの図柄の具体的な引用元や起源は今もわかっていないようだが、『タロットの秘密』によれば、おそらくは当時の人々の「誰もが知っている」寓話的表現からいくつかを選択されたものが始まりであると想定している。

先程述べた通り、最初は単なる賑やかしのイラストだったものが 変化していくのはエッティラの時代以降からである。彼らの思想によれば(現在では誤りだと判明しているのだが)、タロットの起源はカバラやエジプトの秘儀といったシンボリズムに基づいており、真理を秘めているものだとみなしている。そのため、現在のタロット占いでは単なる絵柄としてではなく、絵柄や数字に隠された意味の考察を行い、魔術や真理を類推するのである。
オズヴァルド・ヴィルトの書物で行われていることも同様の事象である。


3.神秘主義者による「太陽」の描写および「太陽」に照応する天体について

星座とタロットを結びつける取り組みは、歴史の項目で見た「③遊戯としての衰退、エジプト起源説と神秘主義の発展」の後半頃の時代から始まったようである。これを調査するに当たり、当時の魔術師たちの記したいくつかの著作を読んでみた。そこで記述のあった星座と太陽のアルカナの関係性について簡単に下記に情報をまとめてみる。

(1)オズヴァルド・ヴィルト(1889)
  今回の争点となるヴィルトは太陽の関連する星座は双子座であると書いている。
(2)パピュス(1889)『Le Tarot des Bohémiens』
  パピュスもヴィルトと同年に初のタロット専門書を公開した。しかしヴィルトとは異なり魚座こそ太陽に呼応するものだとしている。
(3)アーサー・エドワード・ウェイト(1900頃?)
  私が明確に発表年を見つけられていないが、黄金の夜明け団においては太陽の呼応する星は太陽自身であるとされる。
(4)鏡リュウジ氏
  『タロットの秘密』にて太陽は獅子座と関連すると書いてある。この話が元からどこから来た内容なのかは不明だが、国内外のタロットのサイトにて、太陽は獅子座と関連するという意見は散見される。

参考)エリファス・レヴィ
  レヴィは太陽は要塞の中で手を繋ぐ「愛と知をイメージする裸の幼子」あるいは「白馬に乗った双子」であると想像しているようだ。(おそらくジャック・ヴィーヴル版、ジャン・ノブレ版などを想定している)
  また太陽のタロットに関連するワードの中には賢者の石というような単語もあり、錬金術的なイメージもある。星座に関する記述はない。

参考)ポール・クリスチャン
  クリスチャンは無垢の子どもたちが花輪の中で手をつないでいるとある。同じくアルカナと星座自体を紐付ける記述はない。(厳密にはクリスティアンの『魔術の歴史』には惑星とアルカナとをリンクする情報が出てくるが、単純に指定できるものではなく複数の条件により変化するものとされているようで明確な答えを出せなかった)

他にもエッテイラなどの作品も読んでみたが、彼の作中にはそもそも占星術と呼応するタロットの情報は見つけきれなかった。
ただし下記サイトにはエッティラの占星術との呼応表があり、太陽(光)は金牛宮の相当であるという。

http://www.phgenki.jp/original13.html

https://archive.org/details/1889PapusTarotDesBohemiens

ほかにもwikipediaにおいては下記のように書かれている。

・星座:白羊宮説、双児宮説、獅子宮説、宝瓶宮説、双魚宮説
・惑星:太陽説、木星説、土星説、アポロン
日本語版Wikipedia『太陽(タロット)』

すべてを網羅するわけにはいかなかったが、照応する天体には数多くの解釈があることは見て取れる。
また、ここで表現されている天体(黄道十二星座)の記述は、元となるギリシャ神話についてではなく、あくまで天の運航について主眼が置かれている。

『Le Tarot des Bohémiens』(1889)より星座の照応表

タロットにおける占星術とは、あくまで星の運行によって真実を探り出すためのものであり、基となる物語や人物については副次的な意味合いでしかないと思われる。
完全に無関係とは言わないが、ほとんど象徴的な意味にとどまるだろう。


オズヴァルド・ヴィルト『Tarot Of The Magicians』(1927)

さて、では実際にヴィルトの述べた「太陽」のカードに関する記述を読んでみよう。「太陽の男女」に関して引用されているのはこの作品のまさに「太陽」のカードを紹介するページである。

The children, happy together beneath the Sun, correspond all the more to Gemini; seeing that this constellation affords us the longest days.
It is true that Castor and Pollux were of the same sex, whereas a boy and a young girl replace them in the Tarot.
The symbolism is not affected by this for the New Adam and the New Eve of arcana 19 could very well be in tune with the lyre which is the chief attribute of the sons of Leda, of the same issue as their sister Helen.
One might wonder whether Helen, the queen of beauty, has not been put in the place of one of her brothers by the illustrators.
The fact remains however that such a substitution is justified, as the Tarot is a teaching of how to completely unite maleness with femaleness.
『Tarot Of The Magicians』(英訳版)

ここに書かれている要旨をまとめると次のとおりである。

・太陽の子供たちは双子座に照応する。双子座には夏至が含まれる。
・カストル(カストール)とポルックス(ポリュデウケス)は本来同姓であるのは事実だが、タロットでは少年少女(新しいアダムとイブ)に置き換えられている。
 絵画師によってディオスクロイのどちらかが姉妹のヘレネに置き換えられたかもしれないが、男女の融合を図るタロットの立場からすると正しいことだ。

確かにこの文章を読む限りでは、単に星の運航だけではなく元のギリシャ神話の「カストールとポリュデウケス」のことも考察しているようである。
だが、待ってもらいたい。
果たしてこの文章をもとに、これが「男女のディオスクロイ」であると理解してもよいのだろうか。

彼が主張しているのは、カストールとポリュデウケスが男女とみなされた(regard)という話ではない。
双子座の象徴であるはずのカストールとポリュデウケスが別の少年少女に取って代えられている(replace)と言っている。(もしくはカストールとポリュデウケスのうちの一人をヘレネに変えられて描写されている)

他の文章もそうである。もし彼ら自身を男女とみなせる要素があるのであれば、最初からその趣旨の内容を書くだろう。また兄弟に対して夫婦であるアダムとイブというような表現も使うまい。わざわざ少年少女に置き換わっているとか、姉妹と置き換えた話など述べる必要がないにも関わらず、そうした内容を加えている。
これでは逆説的に元々のカストールとポリュデウケスのままでは女性とはみなしえないという話になる。

おそらく彼の主張は次のとおりだったのではないか。

・神秘主義者のヴィルトにとっては隠された意味を持つ「太陽の双子」に対し意味を考察する必要があった。
・彼は二人の子供であること、また双子座が夏至を含むことから、このカードを双子座の象徴とみなすことにした。しかし本来のディオスクロイがともに男であることを考えると男女に見えるタロットの図柄は歪である。
・ゆえに照応する星は「双子座」ではあるがタロット上ではディオスクロイではなく別の少年少女に置き換えられている、もしくはカストールとポリュデウケスのいずれか一人がディオスクロイの姉妹のヘレネに変えられていると考えた。
(おそらくはレヴィが賢者の石と例えたように)男女の性別の融合を図るタロットにおいてはこれが正しい描き方であるととらえる。

つまり「本来は双子座はカストールとポリュデウケスが象徴だが、タロットではカストールとポリュデウケスではない(またそういう認識でもタロットは問題ない)」という話である。
あくまでここで「a boy and a young girl」と述べられているのは「太陽のタロットにおける双子座(と象徴の子供たち)」の話であり、ディオスクロイそのもののことをしているわけではないと考えるべきだろう。

よって残念ながら、この記述のみをもって「男女のディオスクロイ」の論拠とするには無理があるように思える。少なくともこの英訳版からはそのような内容は読み取れない。
もちろん原文のフランス語版を表記が異なっており、Wikipediaの編者がそちらを元に項目を編集した可能性もゼロではないが、引用元として上げているのが英訳版であることからその可能性も低いだろう。

参考)竪琴(lyre)について
ヴィルトは、双子座とタロットのカードは竪琴というシンボルで結び付いている、と語っているが、先程参考にしたヴィルトの絵柄には竪琴は掲載されていない。別バージョンのもので男女の間に竪琴が置かれたものもあるのでこちらを指していると思われる。
ただしディオスクロイの象徴の竪琴というのは(少なくとも私は)見たことがなく、今回引用した歴代のタロットの図柄にもそれらしいものはないため、何を示しているのかは不明である。
一応ディオスクロイの一種とされるテーバイのアンフィオンとゼトゥスの象徴に竪琴が含まれるため、こちらを示している可能性もある(実際この後の文章でヴィルトはアンフィオンについて触れている)が、その場合なお一層、男女のカストールとポリュデウケスの話題からは外れてしまうだろう。

最後に

オズヴァルド・ヴィルトの意見とその背景をまとめてみよう。

まず本来は遊戯として発展したタロットにおいて、双子の男女が描かれた太陽のタロットは1650年頃に現れた。後の時代にヴィルトが参考にしたものは「男女」としているが、この時代のタロットカードの図柄は男女と思しきものもあるが違うものも少なくなく、一律的な表現はされてこなかったことが推測される。
またタロットの神秘主義的発展の立役者であった同じ魔術師のレヴィは、太陽について男女のペアであるという旨の発言はしていない。(ただし賢者の石という考えは記載してあり、対になる双子のイメージは持っていたように見える)

レヴィの影響を受けた神秘主義者の一人であるヴィルトもまたこのタロットの裏に隠された意味を探るべく、様々な意味を考察した。
彼は太陽の図柄を「男女の双子」であるとみなし、占星術的には夏至の日が含まれる双子座と関連すると考えた。(双子座と規定するのはヴィルトの考察であり、同時期のパピュスなどは魚座が相当すると考えているようだ)
双子座の象徴であるディオスクロイが男性の双子であることを触れたあと、タロットの場合は「彼らは少年少女にもしくは一人をヘレネに置き換えられている」という趣旨の内容を主張している。

以上のように捉えると、ヴィルトの記述をもとにカストールとポリュデウケスを男女とみなすにはいくつかの課題がある。

・「太陽の男女の双子」のタロットカードはおそらくディオスクロイを想定して作られたものではない。更に図柄自体も複数あるバリエーションのうちの一例であること。
・タロットの占星術の焦点が神話の解釈ではなく、天体運行そのものに主軸を置いていること。
・ヴィルトの「太陽のアルカナ=双子座説」は複数あった説のうちの一つであり、しかも現代においても主流というわけではないこと。
・そもそものヴィルトの意見が、ディオスクロイのカストールとポリュデウケスの性別を焦点に据えたものではないこと。むしろ双子座の象徴やカードのデザイン自体の話をするのみでディオスクロイの性別には言及していない。

これらを考えると、ヴィルトの記述を持って神話におけるディオスクロイの性別を考察するにはかなり遠い内容ではなかろうか。特にヴィルト自身の意見をカストールとポリュデウケスの性別論とは読めない以上、これ以上の話の発展は難しい。

残念ながら今の日本語版Wikipediaの内容は、カストールとポリュデウケスが男女のペアであったとする説明としては不十分と断じざるを得ないだろう。

余談 ローマのディオスクロイ

であるならば、男女のディオスクロイの話は他にはないのだろうか。

余談にはなるが「ディオスクロイ」に限って言えばないわけでもない。

The Dioscuri were male and female, one called Time, as being a Monad, the other called Nature, as being a Dyad; for from the Monad and the Dyad, all numbers which produce life and soul have sprung.

『Ancilla to the Pre-Socratic Philosophers』Kathleen Freeman(1948)

ここで「ディオスクロイ」は男性と女性とされている。一人は「時間」あるいは「モナド(単一)」であり、一人は「自然」あるいは「ダイアド(対)」と呼称している。
そしてこのモナドとダイアドからあらゆる生命と魂を生み出す全ての数が生まれた、という内容となっている。

この言葉は古代ギリシャ古典期の哲学者であるエピメニデスが言ったことになっているが、引用元の記述では誤りであるとも記載されており、実際には1~2世紀頃に活動した新ピタゴラス派が伝えた内容だという。
新ピタゴラス派は世界は全て数から生まれたと考えたローマ時代のいわば神秘主義者の集団であり、内容を見れば分かる通り、ここにいるディオスクロイはどちらかというと錬金術のアンドロギュノス的な「完全なるもの」「理想系」を意味する双生児なのだろうと思われる。

つまり、こちらの場合も神秘主義的発想であり、ディオスクロイのカストールとポリュデウケスを指すものではないということは同じである。

しかし、タロットの双子との共通点も多い。
近代魔術の父であるレヴィもまた「太陽の双子」を錬金術の秘奥たる賢者の石に例えていた。錬金術における賢者の石のシンボルの一つもまた男女一体の神(アンドロギュノス)である。
この新ピタゴラス派もまたディオスクロイの名前を対なる存在と捉え、万物の祖を表現している。
彼らにとって神の双子という概念は根本的で創造的な概念なのだろう。

ここで気にするべき点は、カストールとポリュデウケスの性別についてではなく、神秘主義者にとって「神の双子」の異名たるディオスクロイがいかに多元的な可能性を秘めているのかということに対する示唆ではないだろうか。

今回の話は以上です。

○ ○ ○

今回はずっと気になっていたタロットにおける男女のディオスクロイについて調査してみました。
この件は気になっていたものの忌避していました。なにぶん神秘主義や近代魔術といった内容については無知で、混沌に踏み込むのが恐ろしく、取り組みにはとても労力がかかると思っていたからです。タロットの歴史も今回調査するまで知りませんでした。

ですがいざ潜ってみると面白いものでした。
タロットの神秘化は多くの不思議を求める気持ちから作られた共同幻想な気がします。エジプトに不思議を求める心、謎のカードに秘密を求める心など、現代から見れば誤謬に満ちたものですが、その情熱とロマンとイメージの跳躍は見ていて気持ちの良いものでした。

一方で「男女のディオスクロイ問題」については否定的に書いています。引用元を読んで見ても、このタロットカードの成立までの過程を見ても、どうもギリシャ神話におけるディオスクロイの性別論にまでは読めませんでした。申し訳程度に新ピタゴラス派の話も引用してみましたが、こちらも同様です。
もちろん私はタロットの専門ではなく、今回の記事もきっとあらの多い内容と思います。なのでこの記事に対する否定意見も含めて、この内容の深化をはかれればということで今後の議論の活性化に期待しています。


タロット・神秘主義者に関する参考資料
タロットの研究にあたり、さまざまな資料を参考にさせていただいた。改めてここに謝辞を述べる。
今回は特に参考にした内容について掲載する。

鏡リュウジ氏『タロットの秘密』(講談社現代新書)2017
特にタロットの歴史についての内容を参考にさせていただいた。概要と成立までの背景がわかりやすく書かれている。

トリオンフィに関する記述:

http://trionfi.com/giusto-giusti

オズヴァルド・ヴィルトの概略:魔術師の確認には、下記のサイトが有用と思われる
http://www.elfindog.sakura.ne.jp/view.html

タロットの歴史については、以下のページも参考にした。

https://tarot-storage.jp/tarot_history-blog1/

http://www.phgenki.jp/original5.html

https://tsukikagejin.com/tarot-history/

http://www.unmeinosekai.com/tarot/history.html

エッティラの太陽のタロット。ここでは紹介していないが、顔のついた太陽のみの図柄も存在する。

http://etteillastrumps.blogspot.com/2012/05/cards-1-4.html

エステ家のタロット。今回紹介した他にもアレキサンダー大王とディオゲネスが語らいをするシーン(太陽を遮るから退いてほしい)を再現した太陽のタロットもある。

各時代のタロットの資料リンクをまとめられたサイト。直接的にはフランス国立図書館のものを引用させていただいている。

http://fiatlvx.web.fc2.com/papers/tarot/tarot_meibanlink.htm




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