315.の晩餐

23歳の頃、社会人2年目くらいで、野沢という、駒澤大学駅と学芸大学駅の中間くらいにある世田谷エリアで一人暮らししてた。会社は西新宿にあって、仕事終わりはスーツ姿のままライブしにいくか、会社の人たちとの飲み会に参加するか、よく会社に来てたおじさんとクラブに踊りにいくかの生活を送っていた。

その夜はそのおじさんと、渋谷の焼き鳥屋に行って、12時になるくらいに「そろそろシンデレラになりまっか」とジョッキをドンと置いておじさんは席を立ち、その背中を追ってVISIONに行った。しばらく踊って、クラブ慣れしてないおれは「これが渋谷の女かぁー」とフロアを見ながらビールを飲みつつ、夜の渋谷のギャルズのその向こう側、最前で腰を揺らすおじさんを眺めていた。しばらくして、「今日は若すぎまんな」とおじさんは言った。「河岸を変えようや」と言うおじさんについてbunkamura近くのクラブに移動。そこは打って変わってアダルトなクラブだった。名前は覚えてない。音楽を聴きつつ、踊るおじさんを見つつ、踊りつつ、飲みつつな感じで朝5時。「わしのガラスの腰が砕けそうや」というおじさんの言葉でその日はお開きとすることにした。

おじさんは社長なのでタクシーの止め方がうまい。「こなれた人はこんなにスムーズにタクシーを止められるんだ」と感心しつつ、自分の手の挙げ方のぎこちなさを反省することとなった。国道246号を走り、上馬の交差点あたりで自分だけ降車。ありがとうございましたと頭を下げ、後部座席からこちらに目もくれず手を上げて去っていくおじさんの去り際もかっこいいなと思って見送った。さて帰るかと歩こうとすると、目の前に人影。上馬交差点は246と環状7号線が交差しているが、246の下を環七が通るアンダーパス（立体交差）となっている。

ここからはシリアスな話です。苦手な方は読み飛ばしてください。

人影の正体は寝巻き姿のおばあさんで、その人は欄干に手をかけて下をくぐっている道路を見下ろす形で前のめりになっていた。あ、やばい、と思った次の瞬間に足が欄干にかかり、おばあさんはぐっと力をかけてゆっくりだけど力強く重心を前に押し込んで行こうとしてるところ。急いで駆け寄って手を伸ばしたけれどほんの一寸足りなかった。おばあさんは道路したにどん、と落ちた。下を覗くと、道路におばあさんは倒れていて動かない。飛び降りることはできないので、急いで側道を走り、道路に出た。幸い早朝ということもあって、自分がいくまでの間に車は通らなかった。

夢中で駆けて、道路に出て、後ろからトラックが来たので、手を振ると察してくれて停まってくれた。

そこからのことはあんまり覚えてないけど、119番して、すぐに救急車と警察が来て、覚えてるのはパトカーの中。パトカーで家まで送ってもらった。落ちる前に止められなかったのが悔しくて、すごい泣いてたのを、警察が励ましてくれた。「君のおかげで無事だったんだよ」と言ってくれた。

あの時のかなしみは今でも言葉にならない。悔しさだけじゃなかったと思う。その人がどんな思いで飛び降りたのか、認知症だったのか、とか、その後無事だったのか、とか、家族がいたのかどうかも知る由はない。

正確な年はわからないけど、およそ10年前の話になる。
自分は力を持たない。
たくさんの人に届ける力はない。
ずっと100人のうち1人に届けること、10年後に改めて聴けること、を信念として音楽を続けている。

100人のうちの1人に届けるためには、きっともっとたくさんの人に届けなきゃいけないんだ、というのも少しずつわかってきた。

でも確かに、着実に届けていきたい。
それは夢や希望の話かもしれない。
自分にできるのは、少しずつ歌って届けることでしかないということもわかってきた。
コロナ禍でライブができない中開催してくれた各地のライブで物販に立ってきてくれた人と話してわかったことがいくつもある。
それはすべて自分の糧になった。
そこには重たーい恩義が自分にはある。
もしも子どもがいたら語れるくらいの大事な人と人の話がある。
それは売れるとか売れないとかじゃない、ビジネスや損得を超えたところにある。
このおかげで一生「体温」を忘れることなく歌うことができると思う。

少しずつ前に進んでいる。
まるで亀だ。
でも確かな一歩だ。
兎より足跡の数が多いことだけが、胸を張れることのひとつ。

いつか必ず、いまその言葉をそのメロディーで求めている君の耳を経由して心に到達してやろう。

その1年後に「うつくしいもの」という歌ができた。
そこにはまた別のストーリーもある。
人生というだけあって、あらゆる蓄積が今の表現に繋がっている。
さて、明日からはようやく初めてのバンドセットツアーがはじまる。
名古屋大阪東京で、いま蓄積されたものの集約を解放したい。