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「少年よ大死を暴け」本編

キキーンッ!ドシャッ!
「いやぁーー!」
空に浮かぶ雲を貫くような悲鳴がどこからともなく聞こえてくる。
さっきまで笑顔で喋っていた彼女のどこか分からない肉片が俺の頬をかすめる。
信号無視をした乗用車が俺の彼女である桃瀬美奈をヒトではない別の生き物のような姿に変えてしまった。
「美奈!」
一瞬息を飲み、叫んだ瞬間、黒く禍々しい靄が俺の目の間に降りてきた。
「どうもぉ!赤村紫苑くん!!死神ちゃんですっ♡」
俺は呆気に取られ1、2秒ほど硬直した時にそいつは続けてこう言った。
「あれあれ!?反応薄くな〜い!?ボクちゃん出てきた意味ないじゃ〜ん♡」
「どけよ!美奈!」
そう言って駆け寄ろうとしたが、そいつに遮られた。
「もう遅いよん〜!分かってると思うけど即死じゃんっ♡」
「どけよ!」
「これからキミの大切な人を皆殺すよ」
「は?」
「だ〜か〜ら〜〜キミの大切な人をボクちゃんが全員殺すってこと♡」
もう何がなんだか分からず、頭の中がグチャグチャになっていく。美奈はどうなった?即死なのか?いや、こいつの嘘に決まっている。さっきまで元気だったはずだ。何で嘘をつく?こいつの目的は何だ?何で俺の名前を知っている?・・・てかこいつは誰だ??
周りにいる人がこの光景をパシャパシャと記録し始めた。
そのスマートフォンから漏れ出るシャッター音でふと我に帰る。
「誰か!救急車呼んでください!」
「赤村くん、もう遅いって〜」
「いいから早く呼んでくれよ・・・」
泣いているのか自分でも分からないが情けない声が漏れ出た。
「悲しいのは分かるけどさ〜もっと被害は拡大するよんっ」
「お前は何でこんなことするんだよ!てか誰なんだ!!」
「え〜最初に言ったじゃ〜ん!死神ちゃんですっ♡」
「死神・・・?」
「そうだよんっ!訳あってキミの大切な人を殺さなくちゃいけないんだ〜」
「だから何でそんなことを!」
「それは今は言えないよ・・・悔しかったら止めてみなっ!」
そう言って”死神”とやらは高校の方に向かって行った。
本当に訳が分からない。何であいつは美奈を殺したんだ。そもそも車に轢かれたんじゃなかったのか?それも全部あいつの仕業なのか?もしあいつの言ってることが本当なら・・・?
考えても仕方がない。感情はすでにグチャグチャだったが、俺も高校に向かって走った。
「待て!」
「おっ!やっと追いかけっこする気になってくれたの〜?」
そう言うと死神は黒い靄とともに姿を消した。
「どこ行きやがった!」
何かを考えるよりも今はとにかく足を動かすことに集中した。
そうするうちにほんの数十分前に出たばかりの校門をもう一度くぐり抜けた。

校門を抜け、辺りを見渡したがあいつの姿はない。
「ハァハァ、どこに行きやがった・・・?学校にいる俺の大切な人・・・昴か!」
黄谷昴とは小学校からの幼馴染で中学校では3年間同じサッカー部で活動していた。小学生の頃は2人でイタズラや悪さばかりする問題児として先生の世話を焼かせた。高校に入り、俺はサッカーをやめてしまったが、昴は今も続けていて、2年生にも関わらず唯一レギュラー入りしているほどサッカーが上手い。部活に入らなかった俺と距離を取ることもなく、今でもテスト勉強など一緒にすることが多い。
距離を取るといえば、俺と昴と一緒にこの高校に入学した藍木蒼。中学校では俺たちと同じサッカー部で、昴と3人で仲良くしていた。
高校への入学も3人で決めるほど仲が良かったが、俺が美奈と付き合ってから徐々に疎遠になってしまった。藍木は俺や昴と話すことが少なくなり、俺は藍木が何を考えているのか次第に分からなくなってしまった。そして藍木のことが分からないまま特に気にかけることもなくなった。
「昴は部活だからグラウンドか!」
一息もつくことなく、グラウンドへと足を運んだ。
グラウンドは野球やサッカーのボールが校舎へ飛ばないように大きなフェンスで囲まれている。
そのフェンス越しに部活をしている昴を発見した。
「昴!」
周りも部活中でガヤガヤしているのか俺の声は昴へは届いていないようだが、いつもと変わらない昴の姿を見て少し安堵した。
「あいつ・・・俺のことをからかいやがって」
ピィーと笛が鳴り、サッカー部は少し離れたベンチで休憩を取り始めた。
昴も他の部員と同じようにベンチに向かい、水分補給を始めた。
その瞬間、昴の近くに黒い靄とともに大きな鎌を手に持ってあいつは現れた。
「昴!」
再び大きな声で呼びかけたが、またもや気付かない。水分補給を終えた部員たちはスマホを眺めたり、ドリフトしたりと各々時間を潰している。
死神は休憩中の昴目掛けて大きな鎌を振り下ろした。
「やめろ!」
俺の声は届くわけもなく、さっきまで汗をかいてサッカーをしていた親友の頭が土埃で汚れているベンチの横へと転がる。
「昴・・・」
俺は足の力が抜け、思わずその場に座り込んでしまった。そんな俺を見てあいつはニヤッと笑いながら校舎の方に向かって行った。
「まだ誰か殺すのか・・・?」
校舎の渡り廊下をスマホを見ながら少しダルそうに歩いている人に死神は近付いた。藍木だ。
「藍木・・・!藍木!」
こんな所に座り込んでいる場合ではない、あいつを止めなくては。
そう思い、変わり果てた親友の姿を背に俺は藍木の元へと走った。
藍木はスマホを見ながら少し驚いた表情になった後、笑みを浮かべた。こんな時でも藍木は何を考えているのか分からないと感じたが、俺は大きな声で呼びかけた。
「藍木!逃げろ!」
スマホに夢中なのか藍木は俺の声に気付かない。
しかし、死神は藍木に対して鎌を振りかざすことなく、俺を見てこう言った。
「赤村くん、帰宅部なのによく走ってるね〜」
「もうやめろ!」
死神を掴もうとするが避けられる。
「彼女もサッカー部の彼も残念だったね♡」
さっきまでのグチャグチャだった感情はいつしかこいつへの怒りに変わっていた。
そして今この瞬間に溢れ出た。
「俺がお前を殺してやる・・・!」
「えぇ!怖すぎ〜赤村くんの笑顔ちょうだいっ♡」
「ふざけるな!絶対にお前を殺す!」
拳を握りしめ殴りかかるがまたもや避けられる。
「次は家族でも殺っちゃおうかな〜」
そう言うと死神は黒い靄とともに再び姿を消した。
「待ちやがれ!」
ここであいつを逃すわけにはいかない。美奈も昴も殺させたままでいいはずがない。俺はどうなってもいい。とにかく今はあいつを止める、殺す。
時刻は17時前。妹の絵里が家に帰って来る頃だ。
俺の家までは高校から徒歩20分。おそらく死神は妹を狙いに行ったに違いない。
そう考え、俺は学校を後にした。
何が起きているのかなんてさっぱり分からない。考えても仕方がない。今はただあいつへの怒りだけを糧に動くしかなかった。

こんなに走ったのはいつぶりだろうか・・・。サッカー部を辞めてから運動不足なのは感じていた。
最近は家族と話すことはほとんどなく、「いってきます」や「いただきます」、「ごちそうさま」等の言葉すらも長らく交わしていない。いわゆる反抗期ってやつで高校でサッカーを続けなかったのも一種の反抗のようなものだった。
母親は俺に話しかけ歩み寄ろうとしていたが、無慈悲にも俺は”無視”という手段で払いのけてきた。学校で友達や美奈と一緒にいる方が楽しかったし、楽だった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
普段は家族のことなんで1ミリも考えていないのに、今は何故か家族の安否を気にしている。頼むから無事でいてくれ。そう願い、とにかく走った。
家までの最後の曲がり角を曲がった時、懐かしい後ろ姿が見えた。
「絵里!」
100メートルくらいはあるだろうか。俺の声は聞こえていないみたいだ。
一足先に絵里は家に入って行った。
「生きてる・・・!」
俺も走って後を追う。妹の姿を見つけてこんなにもホッとして、嬉しく思うのなんて初めての経験だ。そう思うと同時に、これからはもっと兄らしく優しくしてあげたいと感じた。
「ハァ・・・着いた!」
勢いよく玄関を開け、リビングに入った。
「え?」
いつものリビングとは違い、赤黒い液体がカーテンやフローリング、ラグをまだらに染めている。ソファーにはスクールバッグが雑に置かれており、そのすぐ横に驚いたような表情をした妹が横たわっている。身体中の至るところが切り裂かれそこから液体がトポトポと流れ出ている。その液体がリビングを染めているのだと理解した。
「絵里!!」
呼び掛けるが当然反応はなく、妹から出た液体により足元が浸る。
「少し来るのが遅かったね〜」
俺の後ろに死神が現れたが、妹に声をかけ続けた。
「絵里!絵里!!しっかりしろ!」
「妹ちゃんも即死だって〜分かってるんでしょ??」
死んでいることは分かっていたが無我夢中で声をかけた。
どんどん冷たくなっていく。流れ出る液体を止めようと必死に傷口を抑えるが一向に止まる気配はない。
「もう無駄だっ・・・」
俺はクルッと振り返り、そう言いかけた死神の左頬を強く握りしめた右手で殴った。
殴られた死神は少し体勢を崩しこう言った。
「いったぁぁ〜〜いいパンチ貰っちゃった♡」
俺はすかさず左手でも殴りかかろうとするが、死神はすぐに体勢を戻し避けてくる。
「暴力なんて野蛮な男♡嫌いじゃないよんっ♡」
殺す気でいる俺の拳をいとも簡単に避け、茶化してくる。
「何でこんなことをするんだ!目的はなんだよ!!」
「死が招く素敵なキセキをお届けしてるんだよんっ♡」
「何が素敵な奇跡だ・・・お前はただの人殺しだ!」
キッチンにある包丁を取り出し、死神に向かって突き刺そうとした時、黒い靄が出て姿を消した。
「どこ行ったんだよ・・・」
彼女、親友、妹が死んだ。全部俺のせいなのか?俺が何をしたんだ。家族に反抗した罰が当たったのか?ごめん。俺のせいなら謝るから、何でもするから、だから、俺の大切な人を奪わないでくれ・・・頼む。
「・・・母さん・・」
まだだ。俺にはまだ大切な人がいる。ここで終わってはダメだ。俺が守る。何とかするんだ。あいつを殺す。次こそ絶対に殺す。
包丁を強く握りしめ、俺は心も体も満身創痍ながらも家を後にした。
母親である赤村苑子は駅前にある家から5分ほど離れたスーパーでパートをしている。週4?5?くらいで働いているようだが詳しいことは分からない。
「・・・母さん!」
スーパーの外から窓ガラスを通して店内を見渡した。
「母さん!!!」
笑顔でレジ打ちをする母さんの姿を見た瞬間、何故だか涙がこみ上げてきた。
生きてる。母さんは生きてる。絶対に殺させない、これ以上あいつの好き勝手にはさせない。
そう心に誓い、涙を拭った時あいつは現れた。
「ハロー!赤村くん!」
「殺す!!!」
俺の攻撃は当たらない。だが何度も何度も包丁を突き刺す。
「そんなにカマってほしいの〜?それならこの鎌でカマってあ〜〜げるっ♡」
そう言うとさっきまでふざけていた死神は俊敏な動きに切り替え、大きな鎌を俺の首元に振りかざしてきた。
殺られる・・・!鎌が自分の首に触れる寸前、咄嗟に目を閉じた。

「・・・?」
目を開けると自分の部屋に立っていた。本棚には大好きな漫画の単行本がズラリと並び、机には開きっぱなしの数学の教科書。ベッドは起きた時の状態でグシャグシャに乱れており、身体についていた土埃や液体は綺麗になくなっている。
「夢だったのか・・・?」
そう思った矢先、目の前に黒い靄とともにあいつが現れた。
「おはよう!赤村くん」
「!?」
さっきまでの死神への怒りが不思議と消えており、ただただ何が起こったのか分からずボーッとしていた。
「はい!これどうぞ!!」
そう言うと死神はスマートフォンを俺に渡し、見たこともないアプリを起動した。
「何だ?」
そこには道路で泣き崩れる美奈の姿が映っている。
「・・・美奈?」
死神が横にスワイプすると、次は校舎裏で大号泣する昴が映し出される。
「昴!」
再びスワイプするとリビングの隅で座り込み、肩を揺らしている絵里が映る。
「絵里・・・?なんだよこれは・・・」
スワイプするたびに、悲しそうな表情を浮かべる担任の先生や今にも泣き出しそうな父さん、今まで聞いたことのないくらい大きな声で泣くおじいちゃんとおばあちゃん、そして過呼吸になるくらい息を切らしながら涙を流す母さんの姿が映った。
「・・・そうか。そういうことだったのか・・・」
俺はそのアプリを何度も何度も見返してから死神にスマートフォンを返した。

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